13億円超の遺産はどうなる?紀州のドン・ファン事件、元妻の刑事裁判の影響は
「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家の男性を死亡させたとして殺人罪などに問われている元妻の初公判で、検察は元妻が遺産目当てに完全犯罪をもくろんだと主張した。この刑事裁判の結果によっては、13億円超とも言われる男性の遺産の行方にも大きな影響を与えることになる。
法定相続分と遺言書
すなわち、男性には子どもがおらず、両親も他界しているため、その遺産の法定相続人は元妻のほか、男性の兄弟姉妹になる。法定相続分は元妻が4分の3、兄弟姉妹が合わせて残り4分の1となる。兄弟姉妹はそれをさらに頭数で割るわけだ。
ただし、これは男性の遺言がない場合の話である。男性が全財産を和歌山県田辺市に寄付するという趣旨の自筆の遺言書を残していたとして、現在、田辺市と男性の兄らとの間で民事裁判が続いている。
男性の会社の元幹部が保管していたもので、A4判の用紙に赤色のサインペンで「いごん」「個人の全財産を田辺市にキフする」などと書かれ、男性名義の署名の下には男性の実印まで押されている。2013年2月8日付であり、元妻と男性の婚姻が2018年2月、男性の死亡がその年の5月だから、この遺言書はそれから約5年前のものということになりそうだ。
本物か偽物か…
民事裁判の争点はズバリ本物か偽物かであり、筆跡鑑定などを経て、一審の和歌山地裁はことし6月、男性の自筆による本物に間違いなく、有効な遺言書だという判決を下した。男性の兄らが控訴したため、高裁での審理が続いており、最終的な司法判断はまだ先になる。
もしこれが偽物で無効なものだとされたら、男性の遺産は先ほどの原則論に従って分割相続される。一方、有効なものだとされたとしても、男性の兄弟姉妹と異なり、元妻には民法で「遺留分」が認められている。故人との関係などを踏まえ、法律で最低限保証された取り分だ。遺産の2分の1がその金額となる。
そうすると、元妻は遺言書が無効であれば13億円超の遺産の4分の3を、有効だとしても2分の1を取得できるというのが原則だ。
「相続欠格」の規定がある
しかし、これには例外がある。民法の「相続欠格」と呼ばれる規定により、故意に被相続人を死亡するに至らせ、または至らせようとしたために刑に処せられた場合には、相続人になることができない決まりとなっている。殺人罪はこれに当たる。
「刑に処せられた」とは、有罪判決を受け、懲役刑などの言い渡しを受けて確定したことを意味する。執行猶予が付されたか否かを問わないが、遺産目当てに覚醒剤を飲ませて殺害した計画的な殺人事件だと認定されれば、間違いなく実刑になるはずだ。
したがって、元妻が殺人罪で有罪判決を受けて確定したら、相続人にはなれない。その法的効果は相続開始時にさかのぼって生じる。遺留分も相続人であることが前提だから、これを手にすることもできなくなる。
もしそうなると、先ほどの遺言書が無効なものだとされたら、男性の兄らが男性の遺産を全額相続する。一方、有効なものだとされたら、兄らには民法で遺留分が認められていないから、遺産は田辺市が全額譲り受けることになる。
相続税はどうなる?
このように、遺言書が本物であろうとなかろうと、元妻からすると無罪判決さえ得られたら莫大な財産を相続できるわけだから、元妻にとっては刑事責任の有無とともに、民事的な面でも刑事裁判の行方が極めて重要となる。
しかも、配偶者には相続税法上の税額軽減制度があるから、1億6千万円までか、法定相続分に相当する金額までは相続税が非課税となる。この事件の場合は後者が適用されるので、元妻が無罪を勝ち取れると、相続税を1円も納めることなく相続できる。
男性の遺産の行方を巡っては、遺言書を巡る民事裁判だけでなく、元妻の刑事裁判の推移をも見極める必要がある。一方で田辺市は、男性の遺産の使い道について、市民全体に還元できるような行政活動に活用していきたいと述べているところだ。(了)