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時速194キロ衝突、遺族が亡き弟の「死亡診断書」公開。全身骨折、シートベルトもちぎれて…

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
時速194kmの車と衝突し大破した車。運転していた小柳さんは死亡した(遺族提供)

「私が駆け付けたとき、弟の遺体はシートでくるまれ、その上から浴衣を着せられていました。そのため弟の手を握ることも、身体に触れることもできませんでした。刑事記録には写真もあったようですが、弁護士さんからは『見ない方がいいです』と……。あまりに悲惨すぎて遺族には見せられない、つまり、そういうことです」

 2021年2月、大分市の交差点を車で右折中、時速194キロで走行してきた対向車と衝突し、車外に放出されて亡くなった小柳憲さん(当時50)。上記は、大分県外に住む憲さんのお姉さんの言葉です。

「弟はシートベルトがちぎれるほどの衝撃を受けました。大破した車から身体だけ後方に飛ばされて後続車の目の前に落下しましたが、幸い二次衝突は免れました。よくぞ、その車が止まってくれたと、感謝しかありません」

加害者(当時19歳)が運転していたBMW・シリーズクーペ(遺族提供)
加害者(当時19歳)が運転していたBMW・シリーズクーペ(遺族提供)

■全身に骨折。死亡診断書に記載された弟の最後

 以下の写真は、小柳憲さんの「死亡診断書」です。

「時速194キロという速度で衝突されると、人の身体はこんなにも酷い状態になるということを、ぜひ多くの方に知っていただきたいのです」

 お姉さんがそう言って送ってくださいました。

この事故で亡くなった小柳さんの「死亡診断書」(遺族提供)
この事故で亡くなった小柳さんの「死亡診断書」(遺族提供)

 まず、搬送時の状況については、以下のように記されていました。

《2021年2月9日、午後10時50分頃、交差点において右折する際、対向車線を直進中の相手車両と衝突事故にて、当院救急搬送となった。シートベルト装着していたが、事故の衝撃で車外に放出され道路に仰臥位の状態だった》

 そして、「症状の経過」については、

《胸部/骨盤部Xp施行し右気胸と安定型骨盤骨折を認めた。血圧低下し始め、緊急輸血を開始。その後、意識レベル低下し呼吸は下顎呼吸様になった。脈拍触れなくなり波形はPEA、胸骨圧迫を開始した。救命処置を継続したが改善得られず、蘇生は困難と判断した。2021年2月10日午前1時34分、死亡確認となった》

 と記録されていました。

「多くの方は、即死だったと思っておられるかもしれません。でも、これを見ればわかる通り、弟は胸骨、肋骨、骨盤骨、大腿骨、両下肢に多数の骨折をしながらも、事故から約2時間半あまり、懸命に生きていたのです。先日、検事から聞いて初めて知ったのですが、事故直後、問いかけに対して自分の名前は言えなかったものの、うめき声での反応はあったそうです。それを聞いたとき、一緒にいた妹が思わず声を上げて泣きました。脳は無事だっただけに、最後を迎えるまでの時間、どれほど苦しかったことでしょう……」

 衝突の瞬間、エアバッグが開いたため、頭部は守られたのでしょう。憲さんのお顔はとてもきれいだったそうです。

運転席がむき出しになった小柳さんの車。エアバッグが開いている(遺族提供)
運転席がむき出しになった小柳さんの車。エアバッグが開いている(遺族提供)

「亡くなった後に対面した弟は、いつもの穏やかな表情をしていました。最後に顔を見てお別れできたことだけはよかったと思います。それだけに、加害車の速度がもう少し遅ければ、そして衝突の直前に少しでもハンドルを切って避けてくれていたら、このような悲惨な状態で亡くなることはなかったのではないか……、そう思うと悔しくてたまらないんです」

死亡診断書に記載された受傷部位。CT検査の結果、小柳さんは首から下の主要な骨がほとんど骨折していたことがわかった(遺族提供)
死亡診断書に記載された受傷部位。CT検査の結果、小柳さんは首から下の主要な骨がほとんど骨折していたことがわかった(遺族提供)

■まっすぐ走れていれば「危険運転」ではないのか?

 本件事故の詳細については、今年8月、以下の記事で報じました。

<一般道で時速194kmの死亡事故が「過失」ですか? 大分地検の判断に遺族のやり切れぬ思い(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース(2022.8.14)>

 検察は事故から1年半後、被告を「危険運転」ではなく、「自動車運転過失致死罪」で起訴しました。その理由は、「事故直前まで直線道路をまっすぐに走行できていた=制御不能な状態ではなかった」というものでした。

 この判断に納得できなかった遺族は、8月14日に記者会見を開き、その直後から、起訴内容を「危険運転致死罪」へ変更するよう求める署名活動を展開。10月11日には、全国から集まった2万2141人分の署名を大分地検に提出し、その模様は新聞やテレビでも大きく報じられました。

大分市内で行われた署名活動(遺族提供)
大分市内で行われた署名活動(遺族提供)

 小柳さんの遺族はこの日、検事にいくつかの質問を投げかけました。その回答の大半は、「捜査途中なので、回答出来ない」「訴因変更については、今の段階ではどちらになるとも明言出来ない」というものでした。

「私たち遺族は、ただ時速194キロだから危険運転にしてほしいと言っているわけではありません。普通なら前方に危険なものがあれば避けるはずです。加害者は『どれだけスピードが出るかを試したかった』と供述していますが、結果的には『制御』ができないままノーブレーキで衝突し、弟の身体にあれほど酷いダメージを与えたのです。直線道路でまっすぐ走れるのは、車の性能上当たり前です。ぶつかるまでまっすぐ走れれば、事故を起こしてもいいのでしょうか? 後続車は目の前に突然飛んできた弟を轢かずに停止しました。これこそ制御ができたということではないでしょうか。『制御』の解釈には疑問符だらけです」

 ただ、検事も実際の事故現場は観察しており、遺族に対して「194キロは誰が考えても異常な速度。被害者は右折車だったが、全く落ち度がなかったことは明確。本件はきちんとした裁判をして、適切な処罰が判断されるよう公判検事として努力する」と答えたそうです。

 また、遺族が「時速194キロが本当に制御可能な速度かどうか、一度プロドライバーに実証してもらい、検事には助手席でそのスピードを体験して欲しい」と言ったところ、「はい」という返事も返ってきたそうです。

 事故現場での検証が難しければサーキットを利用するなど、遺族としてはなんとか実際の速度で実証実験を行ってほしいと願っているところです。

<支援者が作成した動画を以下の記事で紹介しています>

●これが「一般道で時速194km」のリアルだ! 事故現場で撮影したシミュレーション動画を公開

事故現場と衝突の状況(井上郁美さん作成)
事故現場と衝突の状況(井上郁美さん作成)

■過去の判例だけに頼らない判断を求めて

 今回の署名活動には、過去に飲酒運転で息子を失った佐藤悦子さん、佐藤さんが代表をつとめる「ピアサポート大分絆の会」のメンバー、東名高速で飲酒運転のトラックに追突され幼い2人の娘を失った井上保孝さん・郁美さん夫妻など、法令違反の危険な運転で大切な家族の命を奪われた遺族の方々が協力。記者会見のセッティング、シミュレーション動画の作成なども手伝い、親身になって支えてきました。

 小柳さんの家族は言います。

「皆さんのご協力を得ながらこうして闘っています。しかし、遺族が叫ぶだけでは動かせない『法』という闇に遭遇しました。どんなに悔しく悲しい思いをし、日常の生活がままならなくなっても、加害者を裁き、刑罰を決めるのは、遺族ではない『他人』です。命がもう戻らない以上、妥当な罪など存在しないのかもしれませんが、検事さんには過去の事例にあてはめるのでなく、一人一人の大切な命に向き合い、一緒に闘って欲しいとお伝えしました」

 次は10月24日、全国から追加で集まった署名を大分地検に提出する予定です。

 この日、検事は捜査の進捗状況を遺族にどのように語るのか。注目したいと思います。

この事故で亡くなった小柳憲さん(遺族提供)
この事故で亡くなった小柳憲さん(遺族提供)

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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