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【時代錯誤】所沢市長「保育園に入りたいと子どもは思っていない」の欺瞞

小川たまかライター
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■時代に逆行する所沢市の新制度「育休退園」

埼玉県所沢市が導入した新制度に対して、保育園へ子どもを通わせる保護者たちが反発している。新制度は、保護者が第2子の出産に伴い育休を取得した場合、第1子が0~2歳の場合は退園を促すというもの。第2子の育休が終了した際の復園は、入園選考指数に100点加算するかたちで担保。「通常60~70点台で入園できるため、復園を確実に担保する弟や妹も同じ園に入れるように100点を加算し、優先的に同じ園に入ることができるようにする」(産経ニュース・6/12) という。

0~2歳児は1人あたりに必要とされる保育士の数がそれ以上の年齢よりも多く、預かりコストがかかる。そのため、どの園でも0~2歳の枠は少なく、激戦だ。この枠を少しでも広げるための措置と思われる。ただ、点数加点での復園は担保されているとはいえ、ただでさえ待機児童が多い中、ようやく子どもを入園させた保護者からすれば本当に復園できるかは不安だろう。テレビ朝日の報道によれば、所沢市が定義している「待機児童」は約20人だが、実際にこの4月に認可保育所などに入所できなかった子どもは約100人(※1)。今年育休退園の可能性があるのは約90人だという(※2)。このほかにも、保護者たちが批判の声を上げるのには、いったん慣れた園を退園させ、環境を変えることへの不安があるからだ。現場の保育士からも「年度途中で何人も仲間が入れ替わってしまっては集団の育ち合いが保障できない」(埼玉新聞・5/25)と指摘されている。

(※1)「待機児童」の定義は自治体によってさまざまであるため、自治体の発表が実態を反映していない場合が多いことがこれまでも指摘されている。

(※2)所沢市が定義している通りの待機児童数であれば、90人も育休退園させる必要はなく、矛盾を感じる。

これまでも自治体によっては第2子育休で退園という事例があった。このために「3年空けて子どもを産む選択をした」という声も聞くが、この弊害はこれまでも指摘され、改善される方向にあった。少なくとも待機児童問題に関心の高い保護者たちはそう感じていたはずだ。

今年4月からスタートした子ども・子育て新制度では、これまで保育所入所の基準として「保育に欠ける要件」と定義されていたものが「保育の必要性」と正された。そして、記述のなかった育児休業取得中の扱いについて、新制度では下記のように記述されたのだ。※これは、「(育休退園は)復職に当たり、改めて保育所を探すのは保護者にとって負担であるとともに、第2子出産を躊躇する要因にもなっているのではないか。こうしたケースでも継続して利用できる仕組みとすべきではないか」といった指摘を反映してのことだ。

現行制度における取扱いを踏まえ、保護者が育児休業を取得することになった場合、休業開始前に既に保育所に入所していた子どもについては、保護者の希望や地域における保育の実情を踏まえた上で

(1)次年度に小学校入学を控えるなど、子どもの発達上環境の変化に留意する必要がある場合

(2)保護者の健康状態やその子どもの発達上環境の変化が好ましくないと考えられる場合

など市町村が児童福祉の観点から必要と認めるときは、継続入所を可能とすることとする

保育の必要性の認定について

「市町村が児童福祉の観点から必要と認めるときは」と幅を持たせているが、「継続入所を可能とすることとする」と明記されたことは大きい。内閣府作成の「子ども・子育て支援新制度 なるほどBOOK みんなが子育てしやすい国へ。すくすくジャパン!」の中でも「保育を必要とする事由」として「就労」「妊娠、出産」「保護者の疾病、障がい」などと並んで「育児休業取得中に、既に保育を利用している子どもがいて継続利用が必要であること」と明記されている。国の方針としては、これまで明確にされず、自治体に任されていた育休取得中の保育の必要性について、一定の承認を与えたかたちだ。

しかし所沢市はこの国の決定を逆手にとった。所沢市のHP内にある説明「育児休業中における在園児の保育の継続利用について」では、次のように書かれている。

なお、育児休業中における国の対応方針については以下のとおりです。

(1)次年度に小学校入学を控えている場合など、子どもの発達上環境の変化に留意する必要がある場合

(2)保護者の健康状態やその子どもの発達上環境の変化が好ましくないと思われる場合

「“など”市町村が児童福祉の観点から必要と認めるときは」の一文がない。つまり、上記の二点以外を所沢市では認める気がないということだ。続けて、「平成27年4月1日以降の出産により育児休業を取得する場合」として、次のように書く。

(1)対象児童の年齢(クラス年齢) 3歳児・4歳児・5歳児につきましては継続が可能です。

(2)保護者の健康状態や子どもの発達上環境の変化が好ましくないと思われる場合

「0~2歳児は退園(継続不可)」と書かず、「3歳児・4歳児・5歳児は継続が可能」と書いているので、一見してそれがわかりづらい。(2)に後述して、「※(2)の1~5のいずれかの事由に該当し、保育の継続利用が認められた場合には、0歳~2歳児(クラス年齢)の在園児も継続が可能です。」と書く。ここで初めて、育休取得中保護者の0~2歳児が基本的に退園を迫られていることに気付く人もいるだろう。

撤回を求める集会では出席した弁護士が「育休は単なる休暇でなく休業後の準備期間であり、就労の一形態。運用改悪は保護者、母親の育児休業権の侵害」(埼玉新聞・5/25)とコメントしている。

杉並区の待機児童問題で自治体に対して声を上げ、現在「こどもコワーキングbabyCo」の運営などを通して保護者へのアドバイス、情報交換を行っている曽山恵理子さんに取材したところ、保護者の不安について次のようなコメントをいただいた。

「行政が点数を加算すると言っても、希望園に空きのある場合に限ることだと思います。3歳児入園を希望する場合、認可保育園の空きはほとんどなく『3歳の壁』と呼ばれているくらい入園しにくい現状もあります。希望する園に確実に通えるようになることをどう担保するのかが不透明であることに保護者は不安を感じていると思われますので、例えば、当該児童の再入園予約制度を設け、退園時に希望園を予約可能にするなど、行政の仕組みとしてもっと議論が必要ではないでしょうか」

「(育休退園は)育休中、子育てに向き合いたい方にとっては選択肢としてあっても良いとは思いますが、該当するすべての世帯に対する行政の決定としてはふさわしくないのではないかと思います。杉並区の場合には、育休中の子どもが1歳を迎えた後の3月までは認可保育所での在園が可能であり、育休を理由に保育園を退園した場合、再入園の際には所沢と同じように指数が加算されて優先的に入園できます。このようにどちらを選択しても家庭にとって不利にならないような仕組みを考えていただきたいと思います」

■所沢市長は保育園児を差別したいのか

所沢市がこの手を使えば、後に続く自治体が出てこないとも限らない。何としても撤回してもらいたいところだが、これが働きながら子どもを育てる保護者のことを真剣に考え、待機児童解消対策に頭を悩ませた結果の苦肉の策だというのならば一万歩ほど譲ってまだわかる。しかし、市長の発言や市の対応からは、そうとは思えない節がある。

テレビ朝日の報道によれば、藤本正人所沢市長は、5月24日に行われた「市政トーク」の中で、質疑応答に対して次のように答えている。

「保育園に入りたい入りたいって子どもが思っているかというと、きっとそうじゃない。子どもはお母さんと一緒にいたい。特に小さいころはきっとそうだろう」

また、「第2子以降の出産に伴う育児休業中における在園児の保育利用(継続)について【Q&A】」の中では、「なぜ育児休業を取得すると上の子が退園となるのか?」という質問に対して次のように書かれている。

育児休業中は、ご家庭での保育が可能ですので、原則として保育の必要性には該当しないこととなります。また、育児休業期間中はお父さん、お母さんと子どもたちとで一緒に過ごし子どもたちのペースに合わせて生活をする中で、兄弟姉妹親子関係を築く良い機会としていただくため、市といたしましても育児休業中の保育園以外の保育サービス(一時預かり事業や地域子ども・子育て支援事業)についても充実をはかってまいります。また、ご家庭で過ごす間、保育園での園庭遊びや行事の参加など、在園時のお友達と過ごす機会を設けるなど施設に協力を求めていきます。

絶句である。なぜ自治体から、「子どもはお母さんと一緒にいたい」「お父さん、お母さんと子どもたちとで一緒に過ごし子どもたちのペースに合わせて生活をする中で」などと、個人がどう子育てすることが「正しい」のかについてを決められなければならないのか。

市長はなぜ、こういった発言をすることが、現在保育園に入園している子どもや保育園で育った人に対しての偏見を助長することに気付かないのか。三歳児神話は現在までに否定されているのだが(※3)、何を根拠に、保育園に子どもを預ける保護者を責めるようなことを言うのか。

(※3)参考:「3歳未満での母親の就労は、日本のサンプルについて見ても児童期、思春期の問題行動や親子関係の良好さとは関連しないことが一つ明らかになりました。」(3歳児神話を検証するII~育児の現場から~

【記事を読んでいただいた方にご指摘いただき、6月20日0時30分追記】厚生労働省発表の「厚生白書(平成10年版)」の第2章でも、「三歳児神話には,少なくとも合理的な根拠は認められない」と指摘されている。

前出の曽山さんは言う。

「行政から『正しい母親像』を強要されたと感じる方は多いのではないでしょうか。『日本の伝統的な良き家庭像』に固執するがあまり、今、現実の私たち母親の姿を見失っているように感じました。これまでの片働き社会から共働きが中心となる社会にうつり変わって間もない時期に、今までの『母親だけが家庭で子育てする姿』を強要するのは、試行錯誤しながら必死で両立している親たちにとって自分たちの選択肢を責められているように感じることと思います」

こういうことを書くと、「子どもをまともに育てる気がないのか」「子どもの気持ちを考えたことがあるのか」「子どもの視点で云々」などと言われることがあるのだが、それではあなたは、一方的に「保育園育ち=かわいそう」と決めつけられる子どもの気持ちを考えたことがあるのかと聞きたい。

専業主婦家庭ほど愛情たっぷり、兼業家庭は愛情不足。育児はそんな単純に分けられるものではない。もちろんその逆も同じだ。専業主婦なら安心、兼業の場合はそうではない、共働きだから子どもに自立心が芽生える、専業はそうではない、そういった「決めつけ」こそが危険だ。

市長にはぜひ、この機会に学んでほしい。

現代の事情を肌で知り、子育てを「孤育て」にしないためのコミュニティー作りを考え、時間がない中でどう子どもと向き合うかを真剣に考えている人はたくさんいる。子育て中の保護者であっても、なくてもいるのだ。

・「子育てをするためにお母さんのキャリアを犠牲にすると、お母さんの自己肯定感が下がってしまう。お母さんの自己肯定感は子どもに伝わるので、それは良くないのかなと」と話し、子育て家庭への「インターンシップ」活動を行う学生団体「manma」。

・同じくインターンシップを通し、学生が子どもを預かる場をつくることで働く父と母が感じがちな「罪悪感」を軽減させ、同時に学生にも子育てを知ってもらう取り組みを行う「スリール」。

・子育てと仕事の両立ができない原因は日本の悪習である長時間労働であることに気付き、残業しなくてもいいシステムを作り上げ、結果的に従業員の約半数をワーキングマザーが占める業績上昇中の化粧品会社「ランクアップ」 。

・近所に暮らす大人同士がつながり、子育てをシェアするシステムをつくった「Asmama」。

・女性として最年少上場社長という経歴を持つ経沢香保子氏は、新たな事業として従来型サービスの3分の1の価格で利用できるベビーシッターサービスを始めた。

行政が待機児童問題に手をこまねいている間にも、子育てをシェアし社会全体で子どもを育て、子育て家庭を支えることを考え、実行に移している人がいる。

恵泉女学園大学教授の大日向雅美氏は、2001年に行われたシンポジウムの中で、3歳児神話について次のように指摘している。

「3歳児神話の真偽を議論するということは、親、あるいはこれから親になる人たちの人生を変える可能性が高いことをしっかりと自覚した上で議論をすべきだということです」

「3歳児神話にとらわれて本当に苦しい思いをしている母親がたくさんいます。「3歳まで母親が育児に専念すべきだ」という考え方が世間では常識とされていますから、母親たちの多くもそれを信じて仕事をやめ、一生懸命育児に励んでいます。でも育児に全力を投じれば投じるほど、育児は辛くなってきます。「母親の私が立派に育てなければと肩に力を入れすぎて、思い通りにならない子どもに対して、こんなに私ががんばってるのに、なぜこの子はそれに応えてくれないのだろう」などと些細なことで苛立たざるを得ません。なかには心身に余裕をなくして、子どもに対して虐待に近い対応を繰り返している場合もあります」

今から14年前の話だ。

上記にあげた人や会社、団体は、どの人も市長よりよっぽど現実の子育てを知っているように私には見える。市長がこれまで何を見て「保育園に入りたい入りたいって子どもが思っているかというと、きっとそうじゃない」と言っているのかはわからないが、上記の誰か一人にでも、ぜひ話を聞いてほしい。保育園児も元保育園児も、人によって思いはさまざまだということを知ってほしい。働きながら子どもを育てている保護者が何に悩み、何を求めているのかを知ってほしい。保育園に預けることが子どもとの時間をないがしろにするわけではないこと、そのために努力している人がいること、そして時代が変わっているということに気付いてほしい。

<所沢市長に読んでいただけたらうれしい記事一覧>

3歳児神話を検証するII~育児の現場から~(日本赤ちゃん学会)

3歳児神話を検証する2~育児の現場から~(日本赤ちゃん学会)

家庭にインターンする大学生が働く母を救う(Yahoo!個人/藤村美里/2015・6・9)

待機児童問題に立ち上がった“杉並のジャンヌ・ダルク”が、子連れのコワーキングスペースを作った理由(ウートピ/鈴木晶子/2015・5・17)

「お母さんの自己肯定感は子どもに伝わる」―女子大学生が考え始めたこれからの子育て(ウートピ/2015・1・29)

少子化なのになぜ待機児童は生まれるのか? ジャーナリスト・猪熊弘子さんに聞く「子育てと政治の関係」(ハフィントンポスト/Chika Igaya/2014・9・26)

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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