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ベトナム人留学生はなぜ技能実習生を調査したのか(5)「受け入れ企業が怖い」インタビューを拒む実習生

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナムの家族。技能実習生の多くは故郷の家族のために仕送りする。ハノイ。筆者撮影

ベトナムのハノイ市郊外出身のグエン・ヒュー・クイーさん(27)は技能実習生として日本ではたらいた後、京都の龍谷大学に入学した。そしてクイ―さんは、自身の技能実習生としての経験から感じた問題意識をもとに、日本の「外国人技能実習制度」について調査し、卒業論文を書いたのだ。

この連載の1回目ではクイーさんの来日の背景を、2回目ではベトナムにおける「実習生ビジネス」について、そして3回目では技能実習生の「技能習得」をめぐる実態と低賃金などの搾取的な労働の在り方を伝え、4回目では日本の受け入れ企業と技能実習生との関係から技能実習制度について考察した。

5回目となる今回は、クイーさんが龍谷大学の卒業論文に向けて、技能実習生を調査する中で直面した課題について伝えたい。

■日本語ボランティア教室に通いつめる

子どもを抱くベトナムの女性。技能実習生の中には子どもを持つ既婚者もいる。筆者撮影
子どもを抱くベトナムの女性。技能実習生の中には子どもを持つ既婚者もいる。筆者撮影

クイーさんは「日本の高い技術」を身につけるという大きな期待を抱き、100万円に上る高額の渡航前費用を借金により工面した上で、この費用を仲介会社(いわゆる「送り出し機関」)に支払った後、2008年3月に来日した。

だが、滋賀県の受け入れ企業で彼に与えられたのは、いわゆる「雑用」だった。

さらに、「ベトナム人留学生はなぜ技能実習生を調査したのか(3)搾取にさらされた労働と技能習得の『不可能性』」で伝えたように、クイーさんが「技術を教えてほしい」と頼んだものの、日本人社員は「おまえに技術を教えても、3年間の実習が終わったら国に帰る。おまえに教えても、うちの会社のためにはならない」と言い、技術を教えることを拒否したのだという。

クイーさんは日本人社員からの「お前に教えても会社のためにならない」との言葉を受け、技能実習生として日本の製造業の技術を身につけるということへの希望を持つことができなくなってしまった。彼が当初抱いていた希望は打ち砕かれたのだ。

だが、このまま3年の技能実習の期間をやりすごすわけにはいかない。

そう考えたクイーさんが賢明に取り組んだのは日本語の勉強だった。それまでも仕事が終わった後、毎晩、日本語を学んでいたが、技術関連の勉強をやめ、日本語の勉強に集中することにした。

仕事の後、スーパーマーケットで買い物し帰宅して、そこで夕飯を済ませてから、夜7時から24、25時まで日本語を独学で勉強した。

さらに、会社が休みとなる土日など、外出の時間がある日には、地域の日本語ボランティア教室をいくつかはしごしてまわった。

日本にはボランティアが無料で日本語を教える教室が各地にある。こうした日本語ボランティア教育は日本に暮らす外国人の日本語習得を支援している。

クイーさんは自分の自宅周辺のいくつかの日本語ボランティア教室を1日に何カ所かめぐり、そこで日本語会話の勉強をしていたのだ。

■最難関のN1を取得

ハノイで自転車に乗る子どもたち。筆者撮影
ハノイで自転車に乗る子どもたち。筆者撮影

こうした毎日こつこつ勉強を続けたクイーさんは、来日から2年目の2009年に日本語能力試験(JLPT)の「N2」を取得した。

日本語能力試験(JLPT)は日本語を母語としない人の日本語能力を測定・認定するための試験で、N1~5のレベルで能力は測定される。

N2は上から2番目のレベルで、「日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる」水準という。

その上、クイーさんはさらに勉強を継続し、2010年には最難関の「N1」に合格した。

技能実習生は就労に時間を取られるほか、日本語を学ぶ機会も不十分なため、例え日本で3年暮らしたとしても高いレベルの日本語を身につけられることのできる人は、実際にはそう多くはない。

日本語能力試験に合格したとしても、そうとう勉強した人でも「N2」が良いほうである上、これより下のレベルの「N3」を取得することも簡単ではない。働きながら外国語を学ぶことは、容易ではないのだ。

そうした中でのクイーさんの「N1」取得は快挙と言える。技能実習生を管理している管理団体はクイーさんの「N1」取得を称えるため、彼に米アップルの「アイパッド(iPad)」を贈ったという。

■龍谷大学に合格

一方、クイーさんの目標はただ単純に日本語を身につけることではなかった。彼は日本の大学への正規入学を目指していた。

ただし、大学の試験はペーパー試験に加え、面接もあった。面接では高度な日本語の会話能力が求められる。クイーさんが日本語ボランティア教室に通い詰めたのは、より多くの日本人と会話をすることにより会話能力を習得するためだったという。

こうした取り組みの甲斐もあり、その後、クイーさんは京都の龍谷大学の入試に合格したのだった。

勉強の時間をほとんどとれない技能実習生にとって、日本語を身につけることだけでもハードルが高い。さらに、日本の大学の入試を突破するのは異例といっていいだろう。クイーさんは技術を身につけるという当初の希望を果たすことはできなかったが、独学で勉強を続けることで、大学に合格を果たした。

■調査協力者がみつからない、「会社が怖い」

技能実習生など海外への移住労働者を出しているベトナム北部の農村。筆者撮影
技能実習生など海外への移住労働者を出しているベトナム北部の農村。筆者撮影

こうして大学生になったクイーさんは入学前から研究テーマを決めていた。

それがベトナム人技能実習生の就労実態だった。

彼自身が経験した技能実習生として日本での就労と暮らしから、クイーさんはベトナム人技能実習生の就労実態を明らかにすることを「自分の使命」だと思ったのだ。

だが、彼の固い決意とは裏腹に、ベトナム人技能実習生の調査は思うようには進まなかった。

フェイスブックなどを使い、インタビュー協力者を募ったものの、まったく反応がなかったのだ。

日本でもお馴染みのSNSだが、ベトナムでも若者の間に急速に浸透しており、ベトナム人のフェイスブック使用は活発だ。ベトナムの若者にとってSNSはなくてはならないものになっている。

そのためフェイスブックなどに投稿すれば,あっという間に関係者に情報が広がる。しかし、クイーさんの投稿に対する反応は皆無だった。

なぜだろうか。

後で分かったことは、ベトナム人技能実習生がインタビューへの協力によって受け入れ先企業や管理団体から注意を受けたり、インタビュー協力を問題視されたりすることを恐れていたことだった。

これまでも書いたように、技能実習生の大半は、借金をして高額の渡航前費用を支払って来日している。クイーさんのように高額の保証金を仲介会社に預けているケースも多い。

借金を返済する必要がある上、保証金は契約期間を満了しなければ戻ってこない。そのため、技能実習生は日本の受け入れ企業との間でトラブルを抱えたり、最悪のケースとして「強制帰国」させられたりすることを恐れているのだ。

借金を返すだけのお金が貯まらないうちに「強制帰国」させられれば、後に残るのは借金だけだ。ベトナムの所得水準と比べ、はるかに高額の借金をベトナム国内での就労で返済することは困難だろう。

こうした中、技能実習生の中には、実習先の企業との間でのトラブルをさけようという気持ちが働くのではないだろうか。

クイーさんは、「実習生は企業を怖がっていた」と話す。

このためクイーさんは知人などのつながりを経てたどり着いたベトナム人技能実習生に対し、一人ひとり時間をかけて説得し、インタビューをお願いすることにした。

調査の目的や意図、調査を行う理由などをできるだけ丁寧に説明し、調査対象者それぞれとの関係を構築してから、インタビューを実施したという。(「ベトナム人留学生はなぜ技能実習生を調査したのか(6)」に続く)

■用語メモ

【ベトナム】

正 式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少 数民族がいる。ベトナム政府は自国民を海外へ労働者として送り出す政策をとっており、日本はベトナム人にとって主要な就労先となっている。日本以外には台 湾、韓国、マレーシア、中東諸国などに国民を「移住労働者」として送り出している。

【外国人技能実習制度】

日本の厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。

一方、技能実習制度をめぐっては、外国人技能実習生が低賃金やハラスメント、人権侵害などにさらされるケースが多々報告されており、かねて より制度のあり方が問題視されてきた。これまで技能実習生は中国出身者がその多くを占めてきたが、最近では中国出身が減少傾向にあり、これに代わる形でベトナム人技能実習生が増えている。

研究者、ジャーナリスト

岐阜大学教員。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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