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虫歯は自己責任、全額負担を避けるために予防意識が根付くノルウェー

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
全額自己負担ともなれば、歯のケアに対する意識が変わる?(ペイレスイメージズ/アフロ)

「8万円」。2008年に銀歯の詰め物が欠けて取れた時、ノルウェーの歯医者で言われた請求額だ。「なんだ、この国」と驚愕したのを覚えている。この国では、歯の管理は自分の責任。ノルウェー人も外国人も、歯科治療には原則保険はきかない。

北欧の福祉制度というと、医療費が無料などのイメージがあるかもしれないが、ノルウェーでは歯科治療は高くつく。とある歯科クリニックのサイトによると、「費用が高い理由は、歯医者が最新機器・最高レベルの技術を維持するため」だそうだ。

ノルウェーでは歯科診療は18歳までは無料。20歳までは公共の歯医者であれば自己負担は25%のみ。それからは、大人は全額負担となる。歯の病気など特別な事情の際には一部のみ自己負担となるが、自分がケアを怠ったことによる虫歯などは全額負担。

全額負担する大人の年齢になるまで、子どもたちは歯の磨き方などを教わる。3才になると子どもたちは検診を受け、とある虫歯兄弟の絵本『カリウスとバクトゥス』を読み聞かせられて育つ。男の子の歯に虫歯兄弟が住みつく話なのだが、「歯を磨かないと虫歯兄弟がくるぞ!」と、強烈な記憶としてノルウェー人の脳みそに刻み込まれる。人気のこの絵本は劇場化・映画化もされている。「早く寝ないと、お化けがくるぞ」的なノルウェー版虫歯教育ともいえるだろう。

6月20日、ノルウェー統計局が歯科診察における調査を発表。驚いたことに、18才のうちの4人に1人が、これまで一度も虫歯ができたことがないと回答した。「2016年、18才の24%の歯に、カリウス君とバクトゥス君が訪問することはありませんでした」と統計局は記載。ここでも虫歯兄弟が引用された。

石油・ガス資源からの潤った財政、高額な税金を払う国民がいるからこそ成り立つ、豊かな福祉サービス。だが、誰もに医療費無料ではない。(家で寝ていれば治る)風邪ごときでは診察してもらえず、病院の受付で相手にしてもらえない(日本での普通が普通だと思っていると衝撃をうける)。国民が健康なうちの定期的な健康診断という概念もないため、病気の発見が遅れることもあるかもしれない。虫歯の原因は歯磨きを怠ったことが原因なので、その人たちはサポート対象とならず、「本当に重症な患者」が優先されるのだ。

18日付けのアフテンポステン紙と統計局によると、収入が低い人ほど、歯医者に行こうとしない傾向があるとされた。

統計局の「社会格差における保健サービス」レポートでは76%のノルウェー人が自身の歯の健康状態は良いと回答。一方、歯医者に行く必要があるにも関わらず、歯医者に連絡をしない理由として、対象者の半数が金銭的な理由をあげた。同レポートによると、ノルウェーでも隣国スウェーデンでも、必要なのに歯医者に行かない人のグループの共通点は低収入・低学歴とされている。

「経済的に余裕がないときは、人々は歯医者に行くことを優先しない傾向があります」と統計局の担当者ルンデ氏はアフテンポステン紙に語る。

「一部の人は痛みにどうしても耐えられない状態になってから歯医者にきます。それでも全額は払えないからと、一部の治療しかできないこともあります。金銭的な理由で必要な治療が受けられないのは、大抵は定年退職者や学生です」とバサリ歯科医師は同紙に話す。

ノルウェーでの歯科治療費が高すぎるため、飛行機に乗って、他の国の歯医者に行く人もいる。筆者がオスロ大学に通っていた時、欧州出身の留学生の中には「そのほうが安い」とわざわざ歯の治療のために一時帰国する友人もいた。

筆者も新しい詰め物をいれるには8万円と言われた時は、滞在1年目の大学生だった。実は8万円というのは、「仮の詰め物」の金額で、治療を完了させるためにはもっと払う必要があると言われた。「それなら日本に一時帰国した時に必ず治すので、仮の詰め物にしてください」とお願いしたのだ。ちなみに、日本の歯医者にその状態で行ったとき、「これが仮の詰め物って言われたのですか?日本ではこれは仮ではなくて、治療が完成している状態ですよ」と言われた。

歯科治療費に保険がきかず、何万円も請求されることは恐ろしい。だが、これは「歯磨き」に対する考え方に驚異的なショックを与える。良い意味で。

ノルウェーの歯医者は高いからと、しっかりと歯磨きを心がける人は周りにも多い。筆者はノルウェー1年目の歯医者体験が強烈すぎて、その後は何万円も払う必要がないように、毎日、必死に歯磨きをし、デンタルフロスやうがい薬を使うようになった。おかげでそれからは、虫歯になるということが激減した。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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