飽和攻撃は当たり前の基本戦術であり専守防衛に全く逸脱しない
3月1日に参議院予算委員会で立憲民主党の辻元清美議員が、日本が購入予定のアメリカ製巡航ミサイル「トマホーク」の使用方法について問題を提起し、「もし先制で大量に撃つ飽和攻撃で使うなら必要最小限に止まらず専守防衛に逸脱するのではないか」と質問しています。これに対し浜田靖一防衛大臣は「日本にはそぐわないかもしれない」「飽和攻撃ができるような装備を我々は持っていない」と答弁しました。(なお直後に「そぐわないではなくて、済みません」と言い直している。)
大変残念なことに辻元議員の質問と浜田防衛大臣の答弁は両方とも間違っています。また新聞やテレビなどの主要メディアはそのことに全く気付いていません。
一斉発射装備「Mk41 VLS(垂直発射システム)」
野党の質問が間違いで、与党の担当大臣の答弁が間違いで、メディアは間違いに気付いておらず、そのまま鵜呑みにして報道された結果がこれです。
間違っています。現実にはトマホーク用の一斉発射装備ならば、日本は既に海上自衛隊の護衛艦に「Mk41 VLS(垂直発射システム)」を大量に装備しています。浜田防衛大臣の「飽和攻撃の装備を日本は持っていない」という答弁は明らかに間違っています。Mk41 VLSは様々な種類のミサイルを連続発射可能なシステムです。
例えば最新鋭のイージス護衛艦「まや」型は1隻あたりMk41 VLSの搭載セル数が96発分あります。実際には対空ミサイルや対潜ミサイルなども積むので全てをトマホークだけで埋めることは出来ませんが、能力的には1隻のみでトマホーク96発一斉発射を実施可能です。現実的には1隻に十数発~数十発のトマホークを搭載して複数隻で運用することになるでしょう。
また自衛隊にとって飽和攻撃と元来は対艦ミサイル攻撃を行う場合の基本戦術ですので(敵防空システムを飽和させないと攻撃がまず成功しない)、「日本にそぐわないかもしれない」という浜田防衛大臣の答弁は困ります。ずっと以前から飽和攻撃は基本中の基本の戦術として当たり前のように行う予定であったからです。
飽和攻撃とは対地攻撃(敵基地攻撃)だけではありません。対艦攻撃でも普通に行われる戦法です。
飽和攻撃が成立しないと、基本的に攻撃が成功しない
飽和攻撃とは簡単に言えば「敵の防空能力を上回る数の攻撃を行う」という単純な戦法です。例えば同時10発の攻撃に対処可能な防空システムに対しては同時11発以上の攻撃を放り込めば飽和攻撃が成立します。つまり敵の防空能力が低く同時1発にしか対処できないのであれば攻撃側は2発でも飽和攻撃が成立します。
飽和攻撃とは相手の能力と我が方の能力によっていくらでも必要な数が違ってきます。相手の防空能力が高ければこちらの用意する攻撃ミサイル数は多くなります。そして敵防空システムを突破できなければ攻撃は成功しないので、突破成功に必要な数の発射は「必要最小限の攻撃」と認められるのは当然です。つまり専守防衛を逸脱するような話になりません。
たとえ攻撃ミサイルの発射数が大量であっても敵防空システムの突破(敵防空システムの飽和)に必要であるなら、それは必要最小限の攻撃になります。
しかし辻元議員は国会での質問で以下のように発言しています。(2023年3月1日、参議院予算委員会)
この発言は、敵の防空システムの能力次第でこちらのトマホークが大量発射であっても必要最小限と認められるという理屈に気付いておられません。
敵の防空システムを突破して目標を破壊できる数が必要最小限である以上、辻元議員の発言は間違っています。敵防空システムを突破できなければ攻撃は成功しないので、必要最小限の攻撃すら行えていないことになるからです。
飽和攻撃とは無差別攻撃を意味しない
辻元議員はもしかしたら飽和攻撃のことを無差別攻撃と勘違いされているのではないでしょうか? しかしトマホーク巡航ミサイルにはピンポイント精密誘導攻撃能力があるのでいくら大量に撃っても着弾予定地点は敵基地内に止まり、周辺に逸れたりしません。
もしも周辺に逸れるとしたら目標手前で敵の迎撃で破壊されて破片が生じるケースくらいですが、それはこちらが意図したものではないので、戦時国際法(国際人道法)に照らし合わせても戦争犯罪行為とは認められません。
敵基地以外の民間施設を意図的に狙ったり、敵基地を周囲の民間施設ごと無差別に大量攻撃した場合は、戦時国際法違反であり、専守防衛の求める必要最小限の攻撃を逸脱しますが、敵基地をピンポイントで狙った場合の巡航ミサイルの飽和攻撃ではそのような話にはなりません。
飽和攻撃は別に先制攻撃とは限らない
また辻元議員はトマホークの飽和攻撃を先制攻撃と結びつけていますが、別に先制攻撃でなくても攻撃を受けた後の反撃でもトマホークは問題なく使えます。先制でも反撃でもどちらにでも使えますので、先制攻撃だけでしか使えないような決め付けは間違いです。
飽和攻撃とは、敵防空システムが待ち構えて迎撃してくることを想定済みの上で、数をもって突破する戦法です。つまり先制奇襲攻撃で不意を打つことは前提ではありません。
飽和攻撃以外で攻撃が成功する条件①:先制奇襲攻撃で不意打ち
ただし飽和攻撃を行わずとも攻撃が成功する条件がいくつかあります。例えば敵の防空システムが何もしなければ攻撃は成功するでしょう。つまり完全な奇襲攻撃です。それは当然ですが不意打ちを狙うために先制攻撃となります。
つまり飽和攻撃を行うべきではないというおかしな要求に従うと、積極的な先制奇襲攻撃を推奨する羽目になるという奇妙な状況が生まれてしまいます。
飽和攻撃以外で攻撃が成功する条件②:電子攻撃で無力化する
他の方法としては強力な電子攻撃を仕掛けて敵防空システムをダウンさせてその隙に攻撃するという方法がありますが、現実には敵も電子戦に対抗する手段を有しており防空システムが完全に沈黙することは滅多には期待できません。
結局は敵防空システムはいくらかは健在となってしまう以上は、これを飽和できる数の攻撃は必要になってしまいます。
飽和攻撃以外で攻撃が成功する条件③:迎撃不可能な攻撃方法
究極的な方法としては、敵の防空システムが迎撃不可能な方法で攻撃すれば飽和攻撃など不要です。弾道ミサイル防衛システムが無い時代の弾道ミサイル攻撃がまさにこれでした。
しかし現在では弾道ミサイル防衛システムがあります。新しく登場した極超音速兵器であっても弾道ミサイル防衛システムのターミナル防御(終末防御)は無力化できません。ミッドコース防御(中間段階防御)は無力化できますが、これも対抗手段が急ピッチで開発中で近い将来に迎撃されてしまうことになるでしょう。
飽和攻撃は当たり前の戦術であり専守防衛に逸脱しない
井野防衛副大臣の答弁は当然の話です。
いいえ、それは飽和攻撃と無差別攻撃を混同した間違った指摘です。
全く問われません。本来ならば最初に「飽和攻撃など当然の基本戦術なので問題があるとは全く考えておりません」と担当大臣が答弁しておけば、とっくに終わっていた話に過ぎません。
- 野党の議員が勘違いした質問を行う
- 政府の担当大臣が間違った答弁を行う
- メディアが①と②を鵜呑みにして記事を書く
国会での「飽和攻撃」の議論について現在このような状況となっています。政府は担当大臣による説明の間違いに気付いて副大臣が訂正を行った形となっています。
速度が遅くても低空飛行で発見し難く有効な兵器のトマホーク
また「遅いから撃墜しやすい」という説明も誤りで、超低空を地形の起伏に沿って時速900kmで飛行するトマホーク巡航ミサイルは非常に発見し難い目標です。見付けてさえしまえば撃墜しやすいのは確かですが、そもそも見付けることが難しい目標だと言えます。なお海上の飛行でも超低空を飛行するとシークラッター(波頭のレーダー反射のノイズ)に紛れて探知が難しくなります。
比較に出されている旅客機は時速900kmで飛び続けることが出来るのは高高度のみです。超低空飛行を行うトマホークとの比較に出すこと自体が不適切でしょう。
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