2021年採用「トマホークBlockⅤ」は最新鋭の巡航ミサイル
日本がアメリカから購入予定のトマホーク巡航ミサイルは2021年に採用された「トマホークBlockⅤ」という最新型になります。トマホークは初期型が登場してもう40年も経ちますが、モデルチェンジを繰り返して現行型は全く別物となっています。
トマホークBlockⅤは2021年採用の最新モデル
- トマホークBlockⅠ 1983年 INSおよびTERCOMによる誘導
- トマホークBlockⅡ 1984年 DSMACを追加 ※湾岸戦争で初陣
- トマホークBlockⅢ 1993年 GPSを追加
- トマホークBlockⅣ 2006年 翼やエンジンの換装、衛星通信など
- トマホークBlockⅤ 2021年 航法システムと通信システムを強化
- トマホークBlockⅤa 2023年 対艦センサー追加。対地・対艦兼用
- トマホークBlockⅤb 2023年 統合多重効果弾頭システム。対地特化
トマホークは事実上の最初の量産仕様BlockⅡ以降、10~15年ごとにモデルチェンジするという高頻度での新旧入れ替えを行っています。ミサイルの製品寿命は製造から30年あるのに、その半分15年を目安に改修または廃棄して新型と入れ替えていきます。
トマホークはモデルチェンジごとに中身の機器が追加・変更されて新しくなっていき、4回目のモデルチェンジ「トマホークBlockⅣ」では主翼の変更、尾翼の変更(4枚の十字翼から3枚に)、空気吸入孔の変更(NACAダクトの採用)など外観も大きく変更されています。BlockⅣは変更範囲が大きかったので「タクティカル・トマホーク(戦術トマホーク)」という新たな通称でも呼ばれています。
5回目のモデルチェンジ「トマホークBlockⅤ」は前モデルの機能を更に強化した上で派生型を2種類用意しました。このうち特に対艦センサーを新たに追加搭載して対地・対艦兼用となったⅤa型は「マリタイム・ストライク・トマホーク(海洋打撃トマホーク、略称MST)」という通称が与えられ、トマホーク巡航ミサイルという兵器の用途そのものが大きく変わってしまおうとしています。
初期型と比べると現行型のBlockⅤは、実質的にトマホークという名前を継承しているだけの全く別種のミサイルだと考えた方が正しいでしょう。
遅いトマホークの有効性の評価:75%が突破可能
しかし一部で「型落ちのトマホーク」という誤解が広まっており、岸田首相は説明に追われています。また一部で亜音速で遅いトマホークは敵に通用するのかという疑問の声もあって、国会で説明が行われました。
出典:トマホークは迎撃回避可能な最新型と首相 | 共同通信(2023年2月15日)
これに関しては1月9日にアメリカのCSIS(戦略国際問題研究所)が台湾有事の机上演習の結果を公表した際に、亜音速巡航ミサイルがどれくらい通用するのか見積もりの数字を出していますので、ちょうどよいので参考にしてみましょう。
CSIS報告書「次の戦争の最初の戦い:中国による台湾侵攻の机上演習」の139ページにこの記述があります。資料のこの部分の文脈でのアメリカの対地攻撃巡航ミサイルとは亜音速の「JASSM-ER」と「トマホーク」が該当します。
中国大陸の地上基地を目標に攻撃を行って25%撃墜される、つまり75%突破できるという意味です。これは想定外に高い数字で驚きました。一度に大量発射して敵防空網を突破する「飽和攻撃」を仕掛けた結果なのでしょうか?
もしそうであるならば、海上自衛隊のトマホークはアメリカ海軍第7艦隊が発射するトマホークと協調攻撃することで、同じような成果を得られる可能性があります。
遅いミサイルの利点と速いミサイルの問題点
なお「遅いミサイルよりも速いミサイルの方が迎撃突破力が高くて強い」という単純な発想を行ってトマホークが役に立たないと主張する声も一部にありますが、このCSISの報告書では全く逆で、速い極超音速ミサイルの評価が低いものとなっています。
極超音速ミサイルは燃費が悪く、同じ射程の亜音速巡航ミサイルの5倍以上の大きさとなるので、どうしても高価になるので数が揃えられないという問題を抱えています。
ゆえにアメリカを含めて各国とも「安価な低速ミサイルを大量に揃えて、高価な高速ミサイルを少量持とう」という現実的な選択を迫られています。
各国の亜音速巡航ミサイル(艦船・陸上発射型)
- アメリカ・・・トマホーク
- 中国・・・長剣10
- 韓国・・・玄武3A、玄武3B、玄武3C
- 台湾・・・雄風2E
- 日本・・・12式地対艦誘導弾能力向上型(開発中)
- 北朝鮮・・・ファサル2
- ロシア・・・3M-14カリブル
- インド・・・ニルバイ
- パキスタン・・・バブール
- イラン・・・スーマール、ホベイゼ、パーヴェ
- イスラエル・・・ポップアイ・ターボ
- フランス・・・MdCN(旧名称:SCALPナヴァル)
追記訂正:空中発射型のKh-101が混じっていたので削除し、新たに名称が判明した北朝鮮のファサル2を追記、イランのパーヴェ(Quds-1はフーシ派の名称)を追記。
トマホークと同じような低速の亜音速巡航ミサイルは12カ国が開発しており、その全てが高速ミサイル(弾道ミサイル、超音速巡航ミサイル、極超音速ミサイル)も同時に保有して併用しています。なお日本のみ開発中です。
つまり「高速ミサイルがあれば時代遅れの低速ミサイルは必要ない」という考え方は完全に間違いであり、それは日本やアメリカのみならず中国やロシアも認めていることで、低速ミサイルの大量備蓄も大事だと言えます。
実際の戦争での高速ミサイルの枯渇と低速ミサイルの継続攻撃
実際にロシア軍はウクライナ侵攻で高価な高速の弾道ミサイル「イスカンデル」を早期にほとんど撃ち尽くしてしまい、以降は低速の亜音速巡航ミサイル「3M-14カリブル」「Kh-101」「Kh-555」での攻撃が中心となり、それすら足りなくなってイランから自爆無人機「シャヘド136」を購入して使っています。
亜音速巡航ミサイル(800~900km/h)よりも自爆無人機(200~300km/h)はさらに速度が遅く、低速ミサイルは時代遅れで役立たずだというなら、ロシア軍が使っている自爆無人機「シャヘド136」は役立たず兵器ということになってしまうでしょう。
しかし話はそのように単純なものではありません。
値段の比較:条件を揃えないと意味が無い
日本が購入するトマホーク巡航ミサイルは最新型BlockⅤであると複数紙の各社から報道済みで、岸田首相も最新型のトマホークであると発言しているので間違いありませんが、派生型のⅤaやⅤbを買うかどうかは判明していません。
日本がトマホークを購入する理由は国産巡航ミサイル「12式地対艦誘導弾能力向上型」の開発が遅延した場合に備えての保険的な意味合いなので、早期に戦力化を図りたいなら無印のBlockⅤを今直ぐ一括で大量購入する可能性もあります。
数量については500発前後と報道されていますが、日本政府は具体的な説明を避けています。これはアメリカとの交渉中で言えないというだけで、FMS契約である以上は話が決まればアメリカのDSCA(国防安全保障協力局)の方からアメリカの議会に送る通告が公表されて、最大購入数と諸経費込みの取り引き額の見積もりが判明します。日本政府の意向とは無関係に公表されます。
この時に注意しなければならないのはミサイルの購入費用の比較です。実はアメリカやイギリスでは現在トマホークBlockⅤの調達は、前モデルのBlockⅣからの改修で行われています。しかし日本は初めてトマホークを買うわけですから、BlockⅤを買う予定なら丸ごと新品を買う費用が掛かります。
- トマホークBlockⅤの新品の購入費用
- トマホークBlockⅣからBlockⅤへの改修費用
- トマホークBlockⅣの新品の購入費用 ※前モデル
①新品の購入費用を、②改修費用や③古い型の購入費用と比べても正しい比較は出来ません。またキャニスター(ミサイル収納容器)などの関連機材の諸経費の条件も揃えて比較する必要があります。
既に日本のトマホーク購入費用を「高額でボッタクられている」と勘違いした声が一部にありますが、どれも①に対して②や③と比較する間違ったものでした。しかしトマホークBlockⅤを新品丸ごとで購入しようとしているのは日本が初めてとなるので、実は直接的に比較できる対象はまだありません。日本の他にはオーストラリアが既にトマホークの新規購入を表明しており、他にカナダとオランダが続くと見られています。
トマホーク巡航ミサイルの新時代:レイセオン公式動画