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書評「すべてを疑え!フェイクニュース時代を生き抜く技術」 どうやって見分けるかを指南

小林恭子ジャーナリスト
どこからどこまでが、「フェイクニュース」?(写真:ロイター/アフロ)

 書店に行くと、フェイクニュースについての本が目につくようになった。

 かつては「フェイクニュース」を「偽ニュース」などと訳していたこともあったが、もはや、このカタカナ言葉だけで意味が通じる。

 デマ情報が世間を駆け巡る現象は昔からあったが、私たちが今問題視しているのは、デジタル空間で飛び交うフェイクニュースのことだ。

 かつて、「私たちの誰もが情報発信者になれる!」と言いながら、嬉々としてインターネットがもたらす明るい未来について語っていたことを覚えているだろうか。

 しかし、誰もが情報を簡単にネット上で発信できるとき、流れ出て行く情報の質は玉石混淆だ。信ぴょう性もバラバラだ。ファクト(事実)もフェイク(偽)もある。何がファクトで、何がフェイクなのかを判断する物差しは一つではない。

 さて、どうするのか。

 まずは現状認識から始め、フェイクニュースに惑わされないようにしたい。

 そんな思いを持つ人に役立ちそうな1冊が、茨城大学の古賀純一郎特任教授(ジャーナリズム論)の新刊「すべてを疑え!フェイクニュース時代を生き抜く技術」(以下、「すべてを疑え!」)だ(筆者をはじめ、国内外のメディアウオッチャーのコメントも所々に入っている)。

なぜ、フェイクニュースが危険なのか

「すべてを疑え!」の表紙(筆者撮影)
「すべてを疑え!」の表紙(筆者撮影)

 

 改めて、なぜ、フェイクニュースが問題視されるのだろう?

 古賀氏は、究極的には「民主主義が破壊される」から、と説明する。

 私たちは、民主主義社会に生きている。「その核心となる代表者を選ぶ議会の選挙で、確実で間違いのない情報や報道をベースに、主権者である私たちが判断し、代表を決め、議会を通じて民主主義社会を運営」しているのである(「すべてを疑え!」)。

 これまでは、信頼できる情報源は既成の報道機関だった。しかしもし、フェイクニュースを情報源としていたら?これを「ベースに有権者が投票するのであれば、結果は市民の要求からかけ離れたものになるだろう。民主主義は破壊され、その将来は危うい」(同)。

安倍総理逮捕?10年間かけて無実を証明したスマイリーキクチ

 

 国内の著名なフェイクニュースには、どんなものがあるのか。

 2017年8月、ある新聞の号外版がツイッターに流れた。見出しは「安倍総理逮捕」。ノーネクタイの安倍首相の両側には警察官。産経新聞を標榜する号外の1面である。しかし、調べてみると、7月31日に産経が出した号外を加工したフェイクニュースだった。

 1999年、芸能人スマイリーキクチは、女子高生殺人事件の犯人と決めつけられた。ネット上の掲示板の書き込みがきっかけだった。キクチの所属事務所は関与を否定し続けたが、情報拡散を止めることはできなかった。

 2008年、ITの知識が豊富な刑事の助けで、書き込みをした数人が検挙された。キクチが汚名をすすぐまでに、足掛け10年かかったのである。

 2018年10月の沖縄知事選でも、多数のフェイクニュースが発生した。地元紙の調査では飛び交ったツイート、リツイートなど「20万件以上の9割が誹謗・中傷で、(米軍)基地反対派の玉木デニー候補に集中していた」という。

 本書は最初にこのような日本のフェイクニュースの具体例を次々と紹介した後、海外に目を向ける。米大統領戦(2016年)、フランス大統領選(2017年)、英国のEU離脱の是非を問う国民選挙(2016年)など、著名な例を再確認できる。

すべてが嘘だったわけではない、大本営発表

 今ではフェイクニュースの典型として時々言及されるのが、戦争時の「大本営発表」だ。本書によれば、大本営の起源は日清戦争の前年の戦時大本営条例(1893年)だ。

 

 「大本営」とは、「戦時に天皇が国事を指揮する最高の統帥機関」で、「陸軍の参謀本部と海軍の軍令部が総合的に戦略などを練り、作戦行動の発令のため日清・日露戦争で設けられた」。日中戦争(1937−45年)が始まると新たに大本営令が制定され、戦争よりランクが下の「事変」でも設置が可能となった。

 第2次大戦時の大本営発表は1941年12月8日に始まり、3年9ヶ月続いた。当初は国民の精神を鼓舞するために、新聞紙面で「日本軍を自賛」した(保坂正康「大本営発表という権力」)。この時は事実に忠実だった。しかし、戦況が悪化すると、「虚偽や誇張が消え、それさえ通じなくなると発表それ自体を」やめてしまったという(同)。

 第2次大戦では日本の敵国となった米国もプロパガンダ報道を熱心に行った。「『日本兵は軍服を着た猿』、日本は『鬼畜米英』などと相手国を貶めるような宣伝戦に走り、戦場では人肉食いなどの残虐行為が横行しているなどと敵の冷酷さを強調する報道」が行われた(「すべてを疑え!」)。

国家が背後にいる攻撃

 筆者は欧州各国のメディア会議に足を延ばすことが多いが、「フェイクニュース」を「ディスインフォメーション」(真実を隠したり、人を欺くために故意に発信される偽情報)と言い換える人が増えている。前者の場合、本人が知らずに誤った情報を流し、結果として「フェイク情報」になってしまう場合も含むが、後者の特徴は「故意に」「欺くために」がその生成・拡散目的となる。

 国家レベルのディスインフォメーションの使い手として、西欧で恐れられているのがロシアだ。

 「サイバー空間の敵」ともされるロシアは、情報工作をするばかりか、軍事手段、政治工作も組み合わせて対抗相手に攻撃を仕掛ける。古賀氏は、こうした手法を「ハイブリッド戦争」と呼んでいる。

 例えば、欧州内外をあっと驚かせたのが、2014年、ロシアによるウクライナ・クリミア半島の一部併合だ。身分を隠したロシア軍部隊をクリミアに投入し、現地を制圧。これを背景に現地での住民投票を実現させ、ロシアへの編入を望む住民の意思を叶えるという形で一部併合を実現。ロシアの「プーチン大統領の支持率は70%に迫るまでアップした」(「すべてを疑え!」)。

情報操作にだまされないためには、どうするか

 古賀氏は、後半でフェイクニュースにだまされない手法を列記する。

 例えば、在米ジャーナリストで「現代アメリカ政治とメディア」の著者の一人津山恵子氏は、以下を推奨する。

 (1)おかしいと思った情報は検索で確認

 (2)自分がシェアする情報に責任を持ち、真偽がわからない場合はシェアしない

 (3)主要メディアはフェイクニュースを発信しない、つまり主要メディアのニュースをシェアするのは安全(初出は「メディア展望」2017年6月1日号)。

 その上で、津山氏は「真剣にググろう(検索しよう)」、「写真の出所、撮影時間をチェックしよう」などとアドバイスしている。

 最後に、古賀氏は自分がどうやってニュースの真偽をチェックしているかを披露する。同氏は元共同通信社の記者で、海外特派員の経験も長い。現在は大学でジャーナリズムを教えているので、その手法は貴重だ。

 詳細はページをめくってみていただきたいが、共通しているのは、自分でニュースの真偽を頻繁に確認すること。つまりは、鵜呑みにしないこと。まさに、「疑え!」なのである。

 そして、国際的な情報戦の舞台裏を知りたい方には、中東を専門に取材する米ジャーナリストによる『140字の戦争』をオススメしたい。

 SNSを駆使する新たな戦争 ニュースの「物語」を制するのは誰か

 

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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