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消費税増税は「マイナス面」だけではない

岩崎博充経済ジャーナリスト

マーケットの動きを過小評価している延期論者

消費税率アップの是非をめぐって、有識者59人を結集して徹底討論する有識者会議が開催されるそうだ。こうした背景には、日本の4-6月期のGDP成長率が前年同期比で0.6%の増加、年率換算でプラス2.6%となり、予想をやや下回ったことが影響しているかもしれない。消費税アップのための経済成長率としては、やや力不足の感は歪めない。そのためにメディアでは、盛んに消費税増税の延期論がトーンを上げている。国民のインフレ期待を頼りにしているアベノミクスの足を引っ張る、あるいは景気の落ち込みで税収は増えないのだから延期に問題はない、といった論調が目立っている。

しかし、消費税率引き上げの延期を主張しているエコノミストが、本気でマーケットの動きを懸念しているのか、やや不安な部分があるのも事実だ。異次元の金融緩和を実施した直後に国債の金利が急騰して日銀を慌てさせたが、消費税増税延期にはいうまでもなく国債の金利上昇のリスクが伴う。増税延期→日本政府は財政再建の意思が希薄→日本国債に不信感→国債の売却→金利上昇というシナリオが避けられないからだ。

問題はそのときに、日本の金利が上昇するためにいったんは日本円が買われて円高となるものの、株価が下落して、為替相場が反転してしまう可能性があることだ。円高から一転して円が売られるようなことになれば、いわゆる株安、債券安、円安のトリプル安が形成される。これがどこまで売られてとまるのかがわからない。悪い金利上昇は円安を誘引するから、おそらく輸入物価が跳ね上がってインフレにはなるかもしれない。

いずれにしても、一度財政再建の道筋を国際的にアピールした以上、それを中止してしまうことは影響が大きい。1年延期したところで、1年後に景気が良くなっているかどうかは誰にもわからない。増税を延期するリスクのほうがはるかに大きいはずだ。それをわかっていながら、延期を主張するには何か理由があるような気がしてならない。

消費税増税の目的は「社会保障費」の確保

たとえば、今回の消費税増税問題でほとんど取り上げられていないものに「公的年金の受給資格」の問題がある。個人消費などにも大きな影響を与えることを考えると、その影響をもっと評価してもいいのではないかと思うが、メディアはほとんど取り上げていない。これは、消費税導入と同時に施行される法律に「年金機能強化法」というのがあり、消費税増税と同時に施行されることで、それまで年金受給をあきらめていた人が、一気に年金受給者になれる法律だ。

年金機能評価法は、民主党政権時代に国会を通過したもので、基礎年金や厚生年金、共済など公的年金の年金給付資格を大幅に縮小させた法律だ。これまでの公的年金は、受給資格を得るのに25年もかかっており、年金機能強化法ではその資格期間を10年に大幅短縮したもの。この法律の施行は2015年10月の消費税増税が10%を実現した時点となっている。つまり、消費税増税によって税収が上昇するから、これまで25年以上の加入期間がないと公的年金が1円ももらえなかった人たちが、年金加入期間に応じた金額ではあるが、受給資格ができることになる。

これまでにも様々な経過措置があって、無年金受給者を減らす試みは行われていたのだが、国際的に見ても日本の年金受給の資格を取得するまでの期間が長すぎると指摘されてきた。政権交代によってやっと短縮されたのだが、老齢基礎年金、老齢厚生年金、退職共済年金などが対象となる。この法律が施行されることで、全国に約42万人いると言われる65歳以上の無年金者が、施行日以降、保険料納付期間等に応じた年金支給が行われることになっている。

この42万人と言うのは、平成19年の旧社会保険庁の調査だが、納付済み期間の分布を見ると10年未満が59%、10年以上15年未満が19%、15年以上20年未満で15%、20年以上25年未満6%となっており、20万人程度は無条件で年金給付が受けられることになる。仮に10年未満の納付期間しかなくても、経過措置などを使えば何とか救済されるれことになり、これで保険料未納問題もある程度解決できる可能性がある。むろん、20代、30代、40代の若い世代の人々の年金制度に対する将来への懸念は、これですべて払拭できるとはとうてい思えないが、メディアも消費税増税の負の部分しか報道せずに、本来の目的やプラス材料も公正に流すべきだろう。

そもそも今回の消費税導入は、民主党が「社会保障と税の一体改革」として、社会保障の充実・安定化とセットで自民党と公明党も賛成して実施したものだ。少子高齢化によって社会保障費が今後爆発的に増えていくことが予想される。1000兆円を超えた国と自治体の公的財政赤字をコントロールしていくためには、どうしても爆発的に増える社会保障費を事前に確保していく必要がある。

今後は「財政破綻リスク」を最小限に

いずれにしても、今後の日本にとって最大のリスクは「財政破綻」である。常識的に考えれば、国債が暴落して金利が急騰することで、デフォルト懸念が出てくるタイプの財政破綻リスクだ。そして、そのリスクの鍵を握っているのが金融マーケットだ。国債市場であり、株式市場や為替市場、そしてこれらの先物やオプションを使うデリバティブ市場だ。

前人未到の財政赤字を抱える日本政府が、今後最大限に注意を払わなければいけないのは、この金融マーケットの信用を維持していくことだ。金融市場の信用を失ってしまえば、わが国の経済はあっという間に危機的状況に陥る可能性が高い。マーケットと会話しながら政策を進めていかないと、マーケットから手痛い反撃を受ける可能性もある。

個人的には、消費税増税を2段階に分けて5%上げて10%にすることにもやや疑問を感じる。一気に5%上昇させて、社会保障の充実振りをアピールすることで、個人消費を伸ばすと言った方法もある。財源の問題はあるが、法人税引き下げもスピード感を持って、思い切り下げたほうがいい。消費税を毎年1%ずつ上昇させていくという案も出ているが、そうした官僚的な発想が、日本経済の低迷を長期化させたのではないか。グローバル化に合わせて、思い切った経済政策が求められる時代だ。

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

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