ザッカーバーグ氏がSNS公聴会で法規制を求めた―その理由とは?
フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏が、フェイクニュース対策のための法規制強化を求め、そのための提言を口にした――ただ、それを額面通りに受け取る人は少ない。
ザッカーバーグ氏はアルファベット(グーグル)CEOのスンダー・ピチャイ氏、ツイッターCEOのジャック・ドーシー氏とともに3月25日に行われた米下院エネルギー・商務委員会の「過激主義とフェイクニュースの拡散におけるソーシャルメディアの役割」に関するリモート公聴会に出席。
米連邦議会議事堂乱入事件、そしてバイデン新政権発足以来、プラットフォームの3CEOが顔をそろえる初めての公聴会となった。
その議論の焦点は、フェイクニュースなどの投稿に対してプラットフォームの免責を定める「通信品位法230条」の改正だ。
民主・共和両党から改正を求める声が高まる中で、ザッカーバーグ氏は「議会に熟慮の上の改正を希望する」とし、プラットフォームに一定の努力義務を課すことを条件に免責を認めるべきだ、と提言した。
フェイクニュース拡散の主な舞台とされきたフェイスブックのザッカーバーグ氏は、以前から改正を支持する発言をしてきたが、提言という形で踏み込んだのは初めてだ。
だが、公聴会に同席したピチャイ氏、ドーシー氏からも改正には否定的な発言が相次ぎ、議員らからも「独占の地位固め」など、冷めた反応が相次ぐ。
エネルギー・商業委員会委員長のフランク・パロン氏は冒頭、こう述べている。「自主規制の時代は終わった。今や、法規制によってあなた方に説明責任を果たさせる時代だ」
●「システム整備の義務」
米下院エネルギー・商務委員会の通信・技術小委員会と消費者保護・商務小委員会が共同開催した公聴会に事前に書面提出した証言の中で、フェイスブックのザッカーバーグ氏は、こう提言した。
後述のように、大規模なフェイクニュース氾濫で前回をしのぐ混乱ぶりとなった2020年米大統領選を通じ、批判の的となったのが、拡散の舞台となったプラットフォームだ。
その中でも焦点となったのは、第三者が投稿したコンテンツに対して、プラットフォームの責任を免除することを規定した1996年制定された「通信品位法230条」だ。
「通信品位法230条」はプラットフォームの免責について、こう規定している。
「通信品位法230条」はその上で、「わいせつ、過激な暴力、ハラスメントなど不適切とみなされるコンテンツへのアクセスや利用を、善意に基づいて自主的に制限した場合」には「民事上の責任は問われない」としている。
つまり、コンテンツの内容についてメディアのような責任は問われないし、不適切なコンテンツを自主的に排除した場合でもその法的な責任は問われない、と規定しているのだ。
エネルギー・商務委員会委員長のパロン氏は公聴会冒頭の声明の中で、こう表現する。
ザッカーバーグ氏は、このような免責から一歩引き下がり、プラットフォームに対し、違法なコンテンツについては新たに対処のためのシステム整備を義務付けよ、と提言した。
ザッカーバーグ氏は一方で、このようにも述べている。
つまり、最善慣行を実施しているプラットフォームは、たとえフェイクニュース対策が徹底していなくても免責を受けるべきだが、その態勢がとれていないプラットフォームは、免責の対象外とするべきだ、との提言だ。
ただしこの「適切なシステム」は、そのプラットフォームのサイズに応じて第三者機関が定義することになる、とザッカーバーグ氏は述べている。
さらに、「有害だが違法ではないコンテンツ」についても、こう述べる。
プラットフォームの自主規制ルールについて、報告義務を課す仕組みのようなものを想定しているようだ。
●グーグル、ツイッターとの温度差
この日の公聴会には、グーグルのピチャイ氏、ツイッターのドーシー氏も出席していた。
ピチャイ氏も事前書面で「通信品位法230条」には言及。法規制は否定はしないものの、「230条は開かれたウェブの基盤となるものだ」とその擁護論に終始した。
その上で、コンテンツポリシーの透明化、明確化などの取り組みに注力するべきだと指摘している。公聴会では、「通信品位法230条」の改正には同意すると述べている。
ドーシー氏は、事前書面では「通信品位法230条」には触れていない。
だが、証言の中で、こう指摘している。「すべての企業に同じ対応を強制することは、イノベーションと自由な判断を阻害することになる」。そして、企業の規模の大小を線引きするのは難しいだろう、とも述べている。
ザッカーバーグ氏の法規制への前のめりの姿勢が際立っているのだ。
そして、ザッカーバーグ氏のこのようなふるまいは、今回が初めてではない。
大規模データ流出「ケンブリッジ・アナリティカ事件」で批判の集中砲火を浴びてから1年後の2019年3月、ザッカーバーグ氏はワシントン・ポストへの寄稿で、有害コンテンツ、選挙、プライバシー、データポータビリティの4領域での法規制の必要性を表明。
米大統領選投開票直前の2020年10月に上院商務・科学・運輸委員会の公聴会で、大統領選後の11月にも上院司法委員会での公聴会で、それぞれ「通信品位法230条」の改正について述べている。
だが、違法コンテンツ対策への態勢整備義務など、その改正内容に踏み込んだのは、今回が初めてだ。
また「通信品位法230条」改正を表明しているのは、ザッカーバーグ氏だけではない。
この日の公聴会には出席していないが、プラットフォームの一角を占めるマイクロソフト社長のブラッド・スミス氏も、以前から「通信品位法230条」改正を口にしている。
ただ、プラットフォームが法規制を掲げる時、それを額面通り受け取る人々は多くはない。
●「独占的地位を強固にする」
議論の焦点となっている「通信品位法230条」の起案者であり、改正否定派の上院議員、ロン・ワイデン氏(民主)は声明を公開し、ザッカーバーグ氏の提言に、こう警戒を促す。
フェイクニュース対策の態勢整備が義務化されても、フェイスブックのような年間売上高860億ドル(約9兆円)の大手企業なら対応は可能だ。だが、中小を圧迫することになり、競争を阻害する、との指摘だ。
エネルギー・商務委員会委員長のパロン氏はポリティコのインタビューに対し、ザッカーバーグ氏の提言は「漠然としている」とし、こう述べている。
「通信品位法230条」改正法案は、1月に召集された第117連邦議会だけでも、公聴会が開かれた下院エネルギー・商業委員会を含め、上下両院で10本ほどが提出されている。条文の削除から、免責の限定まで内容は幅広い。
免責を限定する改正法案を提出しているシリコンバレーの地元下院議員で、この日の公聴会の質問にも立ったアンナ・エショー氏(民主)もCNBCのインタビューに対し、「これは巧妙な攪乱作戦だ」と述べている。
同法案の共同提案者で、下院議員のトム・マリノフスキー氏(民主)は、こう指摘する。
第116連邦議会に免責を限定する改正法案を共同提出した上院議員、マーシャ・ブラックバーン氏(共和)も、ポリティコのインタビューに、ザッカーバーグ氏の提言は「虫がいい話」だとして、こう述べている。
中小のプラットフォームも声を上げている。
ネット掲示板「レディット」や写真共有サイト「ピンタレスト」など中小23社による団体「インターネット・ワークス」は、今回の公聴会に向けて出した声明でこう述べる。
●逃げ道のない議論
「通信品位法230条」改正は、2020年大統領選を通じて注目を浴び続けてきたテーマだ。
この日の公聴会でも、米連邦議会議事堂乱入事件から新型コロナのワクチンをめぐるデマまで、その拡散に対し、アルゴリズム、ビジネスモデル、コンテンツ管理態勢の問題をめぐって3人のCEOへの批判が集中した。
プラットフォームのフェイクニュース対策について、民主党は「不十分」、共和党は「保守言論の抑圧」、と正反対のベクトルで批判しながら、「通信品位法230条」改正という点では一致する。
トランプ前大統領は2020年5月、ツイッターによる自身のツイートへの警告ラベル表示をきっかけに、「通信品位法230条」見直しを求める大統領令に署名している。
※参照:SNS対権力:プラットフォームの「免責」がなぜ問題となるのか(05/30/2020 新聞紙学的)
※参照:Facebook、Twitterがメディアの「暴露ニュース」を制限する(10/16/2020 新聞紙学的)
※参照:FacebookとTwitterが一転、トランプ氏アカウント停止の行方は?(01/08/2021 新聞紙学的)
※参照:Twitter、Facebookが大統領を黙らせ、ユーザーを不安にさせる理由(01/12/2021 新聞紙学的)
一方のバイデン現大統領も、2020年1月のニューヨーク・タイムズのインタビューで、「フェイスブック嫌い」と「通信品位法230条の即時撤廃」を明言していた。
つまり「通信品位法230条」改正論議は大統領選の結果がどうであろうと、逃げ道はなかった。
そこで、軟着陸戦術へと踏み出したのが、ザッカーバーグ氏の提言のようだ。
ザッカーバーグ氏が述べたようなプラットフォームの規模に応じた最善慣行の義務の考え方は、欧州委員会が2020年12月に公開した「デジタルサービス法」の法案の中でも取り上げられている。
※参照:政治広告がフェイクニュースの元凶とSNSに突き付ける(12/05/2020 新聞紙学的)
※参照:2021年、GAFAは「大きすぎて」目の敵にされる(12/18/2020 新聞紙学的)
だがこの日の公聴会では、ザッカーバーグ氏の軟着陸戦術が、功を奏したとは言えないようだ。
むしろ、プラットフォームに逃げ道がないことを、改めて示す舞台となっていたように見える。
(※2021年3月26日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)