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女性に体液をかける行為に刑法のどの条文を適用するかは非常に難しい問題である

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は本文と関係ありません。(写真:アフロ)

■はじめに

 公共の場で、35人もの女性に体液をかけ、その動画を撮影し、ネットにアップした男性が逮捕されました。

11日、警視庁は盗んだスマートフォンでわいせつな動画を撮影し、インターネット上に投稿したとして、33歳会社員の男を窃盗の疑いで逮捕したことが報じられた。

報道によると、事件容疑は2016年8月。JR山手線の西日暮里~浜松町間で、会社員の女性の鞄からスマートフォンを盗んだ疑いが持たれている。

また、容疑者の男は盗んだスマートフォンを使って、2016年の9月~12月の間に都内や近郊の駅や電車内で女性のスカートや脚などに体液をかける動画を撮影していたという。

出典:公共の場で女性35人に体液かけ、動画を撮影した男 犯行の全貌が歪みすぎ

 この種の事案は、想像する以上に多いと思われます。裁判例として公表されているものでは、射精して被害者の衣服に精液を付着させた行為について、前橋地裁平成27年6月19日判決は〈暴行罪〉とし、大阪高裁平成22年3月26日判決は、(被害者が就寝中であったので)〈準強制わいせつ罪〉を認めています。他に、(体液をかけられた衣服はもう二度と使用できないという点から)〈器物損壊罪〉として処理するものもあります。

 被害者に対して性的尊厳を害し、著しい性的嫌悪感を与えたにもかかわらず、実務が一致してこれを〈性犯罪〉として処理していないところに、問題の深さが認められます。

■最高裁判決(平成29年11月29日)の問題性

 昨年、最高裁は、強制わいせつ罪(刑法176条)に関して行為者に性的意図があったことを要件としてきた従来の判例を変更し、〈被害者の性的被害の有無や内容、程度にこそ目を向けるべきであって、行為者が性的意図をもっていたのかどうかとか、どのような性癖があったのかどうかなどの主観的事情は、強制わいせつ罪の絶対的な要件ではない〉といった内容に変更しました(最高裁平成29年11月29日判決)。

 つまり、刑法176条の「わいせつ行為」の中には、大きく分けて、(1)行為そのものの性的性質が明確で、当然に性的意味が認められるものと、(2)性的意味が不明確であって、行為者の主観的事情を含めて、具体的事情を考慮しなければ性的行為かどうかが評価できない行為がある、としました。

 被害者に体液をかけるという行為は、後者のケースに該当するかどうかが問題となりますが、最高裁判決では、「わいせつ」の意味について何も言及していませんでしたので、この新しい判例の基準に照らしても、女性に体液をかける行為が「わいせつ行為」と判断されるのかは必ずしも明確ではありません(たとえば、あらかじめビンなどに入れていた体液をかけたといった場合はとくに問題があります)。

 かりに、これがわいせつ行為ではないとすると、これを撮影した動画も「わいせつ動画」ではないということになります。問題は、わいせつ行為の判断に、行為者の「性的意図」や「性的な満足感を得るため」が必要なのかどうか、必要でないとすれば、「わいせつ」という意味はどのような内容として考えるべきなのかという点が大きな問題として残ることになります。

 このような行為は、被害者にとっては少なくともインキや泥などをかけられた場合と根本的に違って、被害者の性的な感情を害し、性的自尊心を深く傷つけていることは間違いないので、「性犯罪」の範疇で議論すべきものだと思います。しかし、刑法の条文(刑法176条)は、行為者の行為が「わいせつ」であることを条件にしており、この「わいせつ」という概念は、社会秩序や社会的な性道徳の観点から問題にされています。

 つまり、強制わいせつ罪における「わいせつ行為」とは、一般には刑法174条(公然わいせつ)や175条(わいせつ物頒布等)における「わいせつ」概念と同様のものと考えられており、風俗犯とはニュアンスの違いはあるものの、「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ普通人の正常な性的しゅう恥心を害し善良な性的道義観念に反する」行為であると解されています。そして、上記の最高裁判例に従えば、「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ」という点は、行為者の主観的な事情ですから、定義からは基本的に除外されることになります。すると、被害者に体液をかけるという、異常な性癖による行為が、どういう意味でこの「わいせつ行為」の定義にあてはまるのかが明確ではないのです。

■まとめ

 個人が犯罪の被害を受け、それが被害者にとっては重大な性的被害であっても、社会秩序の観点から性被害とは評価されない場合もあるという根本的な問題を、刑法は抱えていることになります。昨年、性的被害を個人を中心に考える、刑法の性犯罪規定の大きな改正がなされました。個人の性的被害を「わいせつ」という(性道徳に関する)判断基準で評価せざるをえない強制わいせつ罪の条文上の制約も、最終的には立法的解決に委ねるしかないのではないかと思っています。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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