未来の金利の変化が現在の金利を作るという不思議
金利と時間との間にある関係は、債券の投資理論にとって、極めて重要な意味をもちます。では、いかにして、その関係を把握し、そこに隠された情報を読みとり、投資の実務に活かすべきか。
金利の期間構造
債券投資においては、金利と時間の関係が極めて重要な判断要素なので、イールドカーブ分析が基礎的技術になるのですが、確かに、イールドカーブは、債券の利回りと満期までの時間の関係を示すとしても、利回りは、厳密には時間に対応した金利ではなく、満期までの時間は、厳密には金利を規定する時間の長さではないという問題があります。
しかし、経済学では、金利と時間との関係は、金利の期間構造の名のもとで、重要な研究対象となっていて、スポットレート(spot rate)、即ち、純粋に時間だけで規定される金利の推計がなされています。債券投資の実務では、そうした理論的研究の成果を応用することで、イールドカーブ分析の高度化がなされているのです。
スポットレートの推計
様々な経済取引において、金利の約定がなされていますが、約定される金利水準は、取引期間の長さに依存するにしても、債務者の信用力などの他の諸要因や取引の諸条件によっても規定されていて、純粋に時間の長さだけに基づいて約定される金利は、現実の経済取引のなかには、実在しません。そこで、スポットレートは、理論値として、推計されるほかないのです。
推計には、国債の価格が使われています。国債には、信用リスクがない、即ち、利息と元本の支払いに関する不確実性がないとみなし得ること、発行残高が巨額で銘柄数が極めて多いこと、債券市場において最も活発に取引されていて取引価格の妥当性が高いこと、短期から超長期までの多様な年限において発行されていることなど、推計のための原データとして用いるに適した条件が備わっているからです。
スポットレートと内部収益率
スポットレートの推計は高度に数学的な問題であって、その詳細を省いたとしても、スポットレートの概念の把握には差し支えありません。しかし、スポットレートと内部収益率(internal rate of return、略してIRR)との差異については、十分に理解しておく必要があります。
内部収益率は、投資採算を測定するものとして、企業財務や資産運用の世界で、広く使われています。投資とは、現時点で資金投下し、将来時点で資金回収することなので、内部収益率は、回収資金の現在価値の合計が投下資金と一致するように、回収資金を割引く金利として、定義されています。逆にいえば、内部収益率は、投下資金を回収資金へと増殖させる利率だということです。
国債の利回りは、国債の内部収益率ですから、将来の利息額と元本償還額とを現在価値に割引くとき、その合計を国債の現在の価格に一致させる割引率です。つまり、内部収益率は国債の銘柄に固有なものなのです。そこで、利回りには、ある将来の時点において、複数の国債から利息支払いや元本償還が発生するとき、銘柄が異なれば、異なる割引率が適用されるという不合理が生じます。
スポットレートの推計方法については、この内部収益率の不合理が是正されている点、即ち、全ての国債について同一時点の利息支払いと元本償還に同一の割引率が適用されている点、および曲線が平滑化されている点、この二点さえ理解されていれば十分です。
曲線の平滑化
平滑化の意味を理解するには、スポットレートと将来金利の推移との関係を理解する必要があり、まさに、この点の理解こそ、債券投資にとって、重要な意味をもつのです。結論を先にいえば、縦軸にスポットレートをとり、横軸に時間をとって作図するとき、平滑化された曲線が引かれ、その曲線の形状のなかに、将来の金利の推移が内包されているということです。
つまり、金利変動が連続的である限り、スポットレートと時間との関係は滑らかな曲線でなければならないのであって、スポットレートの推計においては、この曲線の平滑化が決定的に重要な技術的論点になるわけです。
スポットレートに内包された将来金利の推移
現時点で、1年のスポットレートが1%だとし、2年のスポットレートは2%だとします。ここで、2年間の投資期間を考えると、第一に、2年のスポットレートで2年間運用する、第二に、1年のスポットレートで1年間運用し、1年後に、その時点での1年のスポットレートで次の1年間運用する、この二つの選択肢がありますが、経済学の基本は一物一価なので、この二つの選択肢は等価でなければなりません。
2年のスポットレートは2%ですから、100を2%で2年間運用すれば、100は、1.02の2乗倍、即ち、104.04になります。1年のスポットレート1%で1年間運用すれば、100は、1.01倍、即ち、101.00になり、次の1年間で、101.00は104.04になるはずなので、1年後の1年のスポットレートは、104.04を101.00で除して1を控除した値、即ち、3.01%でなければなりません。こうして、1年のスポットレートと2年のスポットレートから、1年後の1年のスポットレートが得られるのです。
順次、同様の計算を2年と3年のスポットレートとの間に、更に、3年と4年のスポットレートの間に展開していくと、1年のスポットレートの将来推移が得られます。つまり、逆にいって、1年のスポットレートの将来推移によって、2年、3年、4年などのスポットレートが形成されているのです。これを一般化すれば、単位期間のスポットレートの将来推移によって、スポットレートの曲線が引かれているということです。
なお、将来のスポットレートはフォワードレート(forward rate)と呼ばれ、また、フォワードレートは、スポットレートの曲線に内包されている、あるいは、スポットレートの曲線から暗示されるという意味で、インプライドフォワードレート(implied forward rate)ともいわれます。
フォワードレートの自然な推移
先の例で、1%であった1年のスポットレートが1年後に3.01%に急上昇するというのは、少し不自然な予測です。実は、その不自然さは、1年のスポットレートが1%、2年のスポットレートが2%という曲線の傾斜の著しい強さに表れているわけです。
更に、不自然な予測にして、2年後の1年のスポットレートが1%に戻っているとしましょう。すると、100は、3年後に、104.04の1.01倍、即ち、105.08になるということですから、それを3年のスポットレートとして開けば、1.67%になり、スポットレートの曲線も不自然になります。
金利が緩やかに連続的に変化するとの仮定には、必ずしも積極的な根拠があるわけではありませんが、金利が不連続に乱高下すると仮定することは、強く積極的な根拠がない限り、合理的には許容できないので、結局、フォワードレートの緩やかな連続的変化と整合するように、スポットレートの曲線の推計がなされ、その結果、曲線が滑らかになるわけです。
金利の期待仮説
経済学にとって、根源的な問いの一つは、なぜ金利は時間に規定されるのか、即ち、なぜスポットレートは時間に応じて異なるのかということです。その答えについて、現在の有力仮説は、金利変化の期待を織り込むからだというもので、期待仮説と呼ばれます。スポットレートの推計は、この期待仮説に基づいていると同時に、常に仮説の妥当性を検証することでもあるのです。
では、金利の期待仮説は実証されているのか。実は、スポットレートの曲線が右肩上がりであるとき、即ち、時間が長くなるほど金利が高くなっているとき、金利上昇が期待されていることになりますが、その曲線全体が下方に移動する、即ち、金利が低下することは、少しも珍しいことではありません。
しかし、期待仮説が誤っているわけではなく、期待仮説は、金利の期間構造の静態的均衡を把握しているにすぎず、金利の期間構造は、常に動態的に変動し、新たなる均衡へと遷移しているわけです。いうまでもなく、債券投資にとっては、金利の期間構造の動態のほうが重要なのですが、だからといって、静態的均衡を把握することの意義は失われません。