「お隣さんはヒトラー?」日本公開:ホロコーストの記憶の継承としてのフィクション映画
2024年7月末から日本で映画「お隣さんはヒトラー?」が公開されている。原作はポーランド・イスラエルで共同製作され2022年に公開された「My Neighbor Adolf」である。
アドルフ・ヒトラーの南米逃亡説をモチーフに、1960年、南米コロンビアでホロコーストを生き延びた老人の隣家にヒトラーそっくりな男が越してきたことから起こる騒動を描いたコメディだが、ホロコースト時代の様子も理解できるためホロコースト映画にも分類されている。
「My Neighbor Adolf」トレーラー
「お隣さんはヒトラー?」トレーラー
ホロコースト映画はほぼ毎年製作されている。ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元にして制作され2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴されることも多い。
一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。ヒトラーが南米で生きていたらというコメディ設定の「お隣さんはヒトラー?」は明らかにフィクションである。
戦後約80年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。
デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。ホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れている人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。またホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく観るという大人も多い。映画はホロコーストの記憶のデジタル化と後世への歴史の継承において重要なメディアである。
フィクション映画もホロコースト教育には多く活用されている。ホロコースト時代の経験をただ生存者が淡々と語っているシーンはデジタル化された証言としては重要だが、現代の子供たちにはホロコースト時代のユダヤ人の生活や収容所での経験を想起しにくい。特に「「お隣さんはヒトラー?」はコメディタッチで描かれている映画やドラマは学生でも見やすく理解しやすい。
世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界の出来事であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。