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伊藤賢治 ゲームファンならずとも心打たれる“イトケン節”。ゲーム音楽界の巨人が作る音楽の魅力

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
(C) SQUARE ENIX(全て)

『ロマサガ』『聖剣伝説』『パズドラ』等数々の人気ゲームの音楽を手がける、ゲーム音楽界の巨人“イトケン”

スクウェア・エニックスの人気RPG「サガ」シリーズの音楽を手がける“イトケン”の愛称で親しまれている作曲家・伊藤賢治。TVゲーム音楽の名曲といえば必ず名前が挙がる『ロマンシング サガ』や、同社の「聖剣伝説」シリーズ、社会現象を巻き起こした『パズル&ドラゴンズ』(ガンホー・オンライン・エンターテイメント)などの音楽も手掛けたまさにゲーム音楽界の巨人だ。

「ロマンシング サガ」シリーズの人気楽曲を、オーケストラアレンジで楽しめる『ロマンシング サガ オーケストラ祭2023』開催

そんな伊藤が作曲した「ロマンシング サガ」シリーズの人気楽曲をオーケストラアレンジで楽しめる『ロマンシング サガ オーケストラ祭2023』が、今年も東京(10月15日東京芸術劇場)、福岡(10月22日福岡市民会館 大ホール)、大阪(11月19日ザ・シンフォニーホール)で開催される。ロマサガファンはもちろん、ゲーム音楽ファンにはおなじみの“イトケン節”と言われている、伊藤が生み出す親近感のあるハッとさせられる泣けるメロディを、大迫力の生演奏で楽しむことができる注目のコンサートだ。

さらに、伊藤が作曲で参加しており、先月タイトルが発表となったばかりの完全新作『サガ エメラルド ビヨンド』からも楽曲が演奏されるという。このコンサートの魅力、そして“イトケン節”の背景にあるもの、作曲家としての矜持を聞かせてもらった。

「サガ」シリーズの初のオーケストラコンサートは2016年、「サガ」シリーズにとっては久しぶりとなる完全新作『サガ スカーレット グレイス』が発売される直前に行なわれた『サガ オーケストラ コンサート2016』(東京・Bunkamuraオーチャードホール)だった。そして2年後の2018年に発売された『ロマンシング サガ リ・ユニバース』が大ヒットに。ゲームの内容もさることながら、伊藤の音楽はさらに高い評価を得た。そして『ロマンシング サガ オーケストラ祭』を2020年にスタート。21年はオンライン開催となり、昨年はゲストに山崎まさよし、岸川恭子、KOCHOを迎え大盛況だった。客席では涙を流しながら聴き入っているファンもいた。

「去年のコンサートはひとつの完成形に届いたような感覚。今年はまた違う感動を与えられるような内容にしたい」

「去年のコンサートはひとつの完成形に届いたような感覚になりました。自分が書いた曲を素晴らしいオーケストラアレンジに仕立てていただいて、素晴らしいボーカリストにも参加していただいて、これ以上何ができるのだろうと思ってしまいました。なのでもうこれ以上のものは目指さない(笑)、また違う光の当て方で楽しんでもらおうと。例えば去年までは、オーケストラの迫力ある音に感動したという声をいただくことが多かったので、今年は例えばもっとジンワリといいなって思ってもらえる、違う感動を与えられるようなものにしたいと思っています。『ロマンシング サガ』の楽曲の魅力をさらに伝えていきたい」

「ゲーム音楽はゲーム音楽でしかないけど、でも先入観なしに素直に聴いて欲しい。心にアクションが生まれるはず」

今年も岸川恭子、KOCHOの二人のボーカリストがゲスト出演する。ゲーム音楽とか、ジャンルや枠を越えて素直に感動できるコンサートだ。ゲームやゲーム音楽に興味がない人にも見て欲しいですよね――と、こちらが前のめりになって質問すると、自然体の素直な言葉が返ってきた。

「ゲーム音楽はゲーム音楽でしかないと思います、結果的には。その上で、我々のようなクリエイターがその曲に反映させる思いは色々ありますが、でもそこを説明するというのは野暮だと思うので、聴いた人がそれぞれ感じ取って欲しいです。もしかしたら今はわからないかもしれないけど、実はこういう要素もあったんだとか、こういうことを伝えようとしていたのかという、新たな発見があるかもしれません。まずは聴いていただければ、色々な心のアクションがあると思うので、素直に自然に聴いて欲しいです。去年京都でピアノとバイオリンだけのアコースティックコンサートを小さなホールでやった時、親子連れのお客さんが来て下さいました。男の子が涙を流しながら聴いてくれていました。終演後スタッフがその親子に声を掛けたら、男の子は『なんかすごくよかった』と言っていたそうです。両親は『この子にも感じるところがあったのかもしれませんね』というようなことを言ってくださったとスタッフから聞いて、すごく感動したんです。この時は『聖剣伝説』を組曲にして演奏したのですが、自分の楽曲やそのバックボーンにあるものかもしれないし、『聖剣伝説』のストーリー性なども含めて何かを感じとってくれていたら嬉しいし、届いていたらひとつのアクションが絶対生まれるはずだと信じたいです」。

「ゲームは自分で指を動かして、頭をフル回転させ最後まで辿り着く。その経験と音楽が結びつき、オーケストラコンサートでは大きな感動を得ることができる」

昨年『ロマンシング サガ オーケストラ祭 2022』(東京芸術劇場)を観たが、お客さんはもちろんオーケストラのメンバーが楽しそうに演奏していたのが印象的だった。そして改めてゲーム音楽は映画やドラマでいうところの劇伴であり、オーケストラで聴くと現代のクラシック音楽であると強く感じた。

「指揮の松沼俊彦さんを始め、演奏してくれている方が『ロマサガをやっていました』というゲームのファンが多く、ゲームをすごく理解してくださっているので、そういう意味では伝える音としても説得力が出ていたと思います。難曲も一生懸命弾いてくれました(笑)。昔から映画音楽が好きで、影響を受けていますが、映画音楽とゲーム音楽は似て非なるもので、このコンサートでは1曲目から泣いているお客さんがいます。お客さんのゲームに対する思い入れが強いというのもあるかもしれませんが、ゲームって自分で指を動かして、頭を最大限働かせて最後まで辿りつくものなので、その経験と音楽が結びついた上での涙だったと思います。そこが映画音楽とは違うところです」。

「ゲーム音楽は、もちろんゲームの世界観に寄り添いつつ、自分のオリジナリティ、必ず毒的な要素を潜ませる」

伊藤が作るゲーム音楽は、メロディアスでまるで歌っているようなメロディのものが多い。ゲームのプレイヤーを飽きさせない、聴き減りさせない、親しみのある音楽をどう作るのか。高く評価されている“イトケン節”はどのようにして生まれるのだろうか。

「いつも音楽を作る時8割はゲームに寄り添うというか、求められているものに則りますが、残りの2割は自分のオリジナリティというか、ちょっと毒的な要素を必ず入れます。自分の可能性を広げて、それを感じてもらうことで、また新たな世界が拓けると信じています。メロディラインがしっかりしているというのは、好みもあると思いますが、僕はそういうメロディを常に心がけています。昔からヘンリー・マンシーニが作る映画音楽や、ポール・モーリアとかメロディラインのきれいなイージーリスニングが好きだったので、そこが根っこにはあると思うし、今もあまり変わっていないと思います。好みが変わらないということは、自分がアウトプットするものも変わらないと思うんですよ。時代によって彩りや外付けされるもの、モードは変わるかもしれないけど、根本的な部分は変わっていない。そこを皆さんに聴いていただいていると感じていて、“イトケン節”ということを言っていただいていると思います。でもそれが何なのか自分では正直わからないんです。歌のメロディなのか、それともコード進行的なものなのか。自分の中で変化を付けたと思った曲でもそう言われるので、ある種もう肚を括るじゃないですけどそこを目指そうかなと」。

70~80年代の歌謡曲、フォーク、ニューミュージックから大きな影響を受ける

4歳からピアノを始めたという伊藤は、イージーリスニングから西城秀樹や沢田研二などの歌謡曲、さだまさしやオフコースなどのフォークやニューミュージックを始め、70年~80年代の職業作家やアーティストが書く“豊かなメロディが溢れている”時代の様々な音楽が血となり肉となり、音楽家としてのバックボーンとして存在している。

「小学生くらいまでは『NTV紅白歌のベストテン』や『ヤンヤン歌うスタジオ』(テレビ東京)など、その後も『トップテン』(日本テレビ)や『ザ・ベストテン』(TBS)といった音楽番組を必死で観て、流れてくる音楽を一生懸命聴いていました。洋楽はビリー・ジョエルやエア・サプライ、やっぱりメロディがきれいなものを好んで聴いていました。80年代はTM NETWORKもよく聴きました。音楽にきちんと触れたのがあの時代でよかったと思います。今は音楽のジャンルがはっきり分かれているけど、当時は雑多なものをとりあえずテレビやラジオから受け取るという感じで、それがよかったと思います。10歳から曲を作っていて、小学校の卒業式の時みんなの前で『将来はさだまさしのようなシンガー・ソングライターになりたい』って宣言しました(笑)」。

「常に新人のつもりで仕事と向き合っている」

伊藤には仕事をしていく上で大切にしている流儀がある。

「エゴサーチ中に見つけてなるほどなと思ったのが『イトケンてそこそこ大御所なのに、新人のような働き方や見せ方をする』というファンの方からのコメントで、いい評価だと受け取ってていますが、この仕事を30年以上やっている中で、今でも常に新人のつもりで向き合っています。その意識が届いていて評価してくれるのであれば、それは保ちたいし、目指すところはそこです」。

「仕事をやる上で、いつも根本にあるのは相手への『ありがとう』という気持ち」

キャリアを積み、あらゆる音楽を作ってくる中で、様々なテクニック理論を手にした中で、なぜ常に新鮮な気持ちで取り組めるのだろうか。

「根本にあるのは相手に対して“ありがとう”と思う気持ちです。そういう姿勢でひとつひとつの仕事に臨まないと相手に失礼だからです。プロジェクトが重なって大変な時もありますが、でも今までこの仕事が嫌だというネガティブな気持ちになったことは一度もありません。そういう意味ではやっぱり天職だと思いますし、本当に好きな仕事なんだなと思います。積み上げてきたものはあるかもしれないけど、自分の中にバックボーンが一切ないのがコンプレックスなんです。こういう人に育てられましたとか、こういう大学でこういう人と勉強しました、なので自分はこういう看板があるから大丈夫です、というのが自分の中には一切ない。だから一生懸命やらざるを得ないのでそれもよかったと思います。意識としては毎日崖っぷちです(笑)」。

「もっと勉強して、磨いて、いつかピアノのソロコンサートを開きたい」

これからの野望を聞いてみると「音楽的なことをいうと、立ち返るのはどうしても自分のピアノソロです。もっと勉強してもっと磨いて、ピアノのソロコンサートをやってみたいです」。

『ロマンシング サガ オーケストラ祭2023』オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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