愛知県の小中学校 子どもに「火の舞」 生徒が大やけど 「罰が当たった」で片付けてはならない根本的原因
名古屋市内の中学校で、火のついたトーチを振り回す「トーチトワリング」の練習中に、2年生の男子生徒が右腕に大やけどを負うという事故が発生した。愛知県を中心に盛んなトーチトワリングは、中学生だけでなく小学生も多く参加している。はたして学校教育において、火を振り回す必要はあるのだろうか。
■「罰が当たった」「自業自得」
事故は7月26日に、学校の校庭で起きた。8月3~5日に予定されている野外学習の本番に向けて、男子生徒は同級生らとともに、実際に着火したトーチ棒を振り回す練習をおこなっていた。
生徒各自が、2本のトーチ棒をもつ。棒の先端にはタオルが巻き付けられている。そこに灯油を染みこませて、火がつけられる。
各自が2本のトーチを回転させていたところ、当の男子生徒がもつトーチが胸の前で衝突して、火がその男子生徒の服に燃え移った。長袖の右腕部分に引火し、男子生徒は右腕に大やけどを負った(動画:事故時の練習の様子)。
事故後に教師は男子生徒に対して「罰が当たった」「自業自得」と発言し、野外学習の当日には予定どおりトーチトワリングが披露された。負傷した生徒は、見学したという(情報ソース:東海テレビ、朝日新聞、毎日新聞、NHK)。
■愛知県が中心 別名「火の舞」 初任者教員に研修
トーチトワリングは、別名「火の舞」とも呼ばれる。キャンプファイヤーの出し物として、まさに別名のとおり、燃えさかる炎を子どもたちがグルグルと振り回すのだ。異様な光景に映るかもしれないが、じつはとくに愛知県内ではこれまで、多くの学校でトーチトワリングが実践されてきた。
地元の名古屋テレビ(メ~テレ)が3年前に、名古屋市立の小中学校各20校を調べたところ、小学校で半数の10校が、中学校では全20校が、トーチトワリングをおこなっていた。一方で、近隣の三重県津市や岐阜県岐阜市では、まったくおこなわれていなかったという(全力リサーチ「トーチトワリングは愛知だけ?」)。
愛知県民からは、「全国でやっていると思っていた」という声がたびたび聞かれる。強制ではない場合が多いものの(ただし学年全員が取り組んでいるという情報もある)、演技者としてあるいは参加者として愛知県の子どもたちにとって、トーチトワリングは身近な教育活動である。
そして、火の舞の練習をするのは、小中学生だけではない。私の知人によると初任者教員の宿泊研修において、希望者はトーチトワリングを練習し披露したという。その他にも県内複数の自治体の教員から、同様の声が届いている。トーチトワリングは、教育委員会が公認・推奨する高リスク活動であり、教育委員会の責任は重大である[注]。
なおネットを検索してみると、愛知県外でもトーチトワリングを実践している学校・地域がいくつか見つかる。その意味では、全国的に危機感をもって今回の事態を受け止めなければならない。
■服に引火した事例
トーチトワリングによる事故件数は、統計がまったく見当たらない。ただし、調べを進めてみると、今回の名古屋市の事例に類似したものが見つかる。
たとえば愛知県東郷町では、教育委員会の定例会で参事が次のように発言している。
東郷町の事案では、不幸中の幸いで、子どもがやけどをすることはなかった。だが、服に引火したことは確かである。
綿素材であったとしても、トーチ棒の灯油が服に付着すれば、容易に引火しうる。下着を含む服装の管理にくわえて、灯油が服や身体に付着することも避けなければならない。
■何が問題なのか
さて今回の名古屋市の事案では、具体的に何が問題なのか。これまでの報道で明らかになっている論点や問題点を、下記に整理した。
1)やけどを負った男子生徒に対して、教師が「罰が当たった」「自業自得」と発言した。
2)野外学習の本番を、予定どおりに実施した。
3)事故が起きたことについて、市教委への報告を怠っていた。
4)市のマニュアルでは、引火しにくい綿100%の服を着るように指導しているが、男子生徒は綿60%の服を着ていた。また、練習前に服の素材の確認を、おこなっていなかった。
1)2)3)は事後の対応であり、4)は事前の対応に関わることである。
4)について名古屋市は、トーチトワリングの指導に関する詳細なマニュアルを用意している。適切な服装だけでなく、トーチ棒の作り方、基本技、練習の順序、子どもや教員の立ち位置など、やけど防止を中心に子どもの安全を確保するためのさまざまな方法が、丁寧に解説されている。トーチトワリングとは、いかに安全対策を要する活動であるかが理解できる。
■「火の怖さについて教えるため」
私が問題視したいのは、事前に油断していたということ以上に、重大事故が起きた後もなお、それを過小評価しようとしたことである。
仮に事故前には気が緩んでいたとしても、実際に事故が起きた後くらいは、真剣に向き合ってもらいたいものだ。だが事後においてさえ、学校側はほとんど責任を感じていない(あるいは、責任をなんとか回避したい)ように見える。「罰が当たった」「自業自得」と男子生徒本人に原因を帰す発言は、そうした学校側の姿勢を象徴している。
学校側の危機意識は、終始一貫して低かったと言わざるをえない。どれほど丁寧なマニュアルを用意したところで、これでは役に立たない。
たまたまその中学校は意識が低かっただけと思いたいところだが、たとえば愛知県内の別の市では、市民がトーチトワリングの危険性について「教師たちは安全に配慮していると声を返しますが、実際に行われている写真を見る限り、安全対策などほとんど行われていません。 略 まったく問題意識がないように感じます」と意見を提示したところ、市の学校教育課からは次のような回答があった。
トーチトワリングは、火のありがたさや怖さなどについて学べる機会だから、安全に配慮して今後も継続していくという回答である。
■火を振り回す必要はあるのか
名古屋市のマニュアルがそうであったように、教育委員会としては十分に注意喚起をおこなっているようである。教育委員会はひとまずはその責務を果たしているように見える。
ただそれでも、私にはどうしても理解ができないことがある。
それは、火のありがたさや怖さを学ぶために、あるいは子どもたちが自然のなかで感動を共有するために、わざわざ火のついた棒を身体のまわりでグルグルと振り回す必要があるのか。むしろ、火というのはそのように振り回してはならない、ということを教育すべきではないのか。
子どもの身体を直接的に大きなリスクにさらしながら火の使い方を学ぶことに、私は同意できない。安全を確保したうえで、火のありがたさや怖さを学ぶことはできないものか。「化学繊維の服装のまま練習している時点で、非常識な指導だ」といった旨の声も多いが、そもそも「火を振り回している時点で、非常識な指導だ」と私は考える。
なお、島根県立少年自然の家「平成30年度活動資料」には、キャンプファイヤーの実施方法が細かく解説されている。そこでは、「トーチ棒を持つときの注意点」として、「トーチ棒を振り回してはいけません」と記されている。振り回すことを前提としている愛知県のキャンプファイヤーとは大きなちがいである。
■安全対策で乗り切れる?
ネット上には、指導した教師や学校の安全対策の欠如を指摘する声が多い。これはつまり、服の素材を綿100%として、長袖・長ズボンを着用し、帽子やバンダナで頭部を覆い、各演技者(子ども)の間を十分に空けて、点火後のトーチ棒は下に向けることなく、リハーサルまでは灯油を使わない(水を代用する)といった対策をほどこせば、安全に実施できるという主張である。
それらの安全対策が必須でかつ有効であることは、よく理解できる。だが、火を振り回すということ自体が、それほどに多くの注意を要する、リスクの高い活動である。
一つまちがえれば、重大事故が待っている。先に述べた愛知県東郷町の事例では、綿100%の服を着ていても服に灯油が染みこんでいた可能性や、下着が化学繊維であることの危険性が指摘されている。子どもの身体を重大かつ直接的なリスクにさらしてまで、学校教育で火を振り回すべきなのだろうか。
■根本的なリスクを度外視した安全対策
根本的なリスクを度外視した安全対策の必要性は、これまでもさまざまな学校事故においてくり返し主張されてきた。
たとえば、高層の組み体操では、まわりに補助の教員を配置するというのが定番の安全対策である。
だが、そうしたところで巨大ピラミッド・タワーの高さも重さも、まったく小さくならない。上からどこに降ってくるかもわからない子どもを、素人の教員がどうやって受け止めるというのか。そして、ピラミッドやタワーが内側に崩れるときに、教員はどのような役割を発揮してくれるのか。まったく役に立たないはずだ(詳しくは拙稿「緊急特集 『安全な組体操』を求めて」)。
プールの飛び込みスタートでは、プールの底に頭部を打ちつけて重傷となる事故が多く起きている。事故が発生すると、飛び込むときの身体の角度や、手首の使い方をはじめとして、指導者の指導方法が問われる。
だが、そもそも学校のプールは溺水防止のために浅くつくられている。そこにスタート台を設置し、競泳の練習をすること自体がまちがえているのだ。なお、オリンピックなどの国際大会では、プールの水深は3mが推奨されている(詳しくは拙稿「浅いプールで飛び込み練習 重大事故多発」)。
■ライトを用いたトーチトワリング
トーチトワリングについては、根本的なリスクを低減させた方法がすでに実践されている。それは火の代わりにLED等のライトを用いたトーチトワリングである。
愛知県東郷町ではその後、「小中学校のキャンプにおけるトーチトワリングについて、小学校で4校中学校1校が火を使わずに、LEDのもので行い、来年度(2018年度)は全小学校がLEDのものになる」(カッコ内は筆者が補足)ということが教育委員会の定例会にて報告されている。
そもそも服の素材の指定をはじめ、細かい安全対策が必要なのは、火を振り回すからである。それをライトに代えてしまえば、これまでの安全管理マニュアルはほとんど必要なくなる。通常の学芸会と同じような安全配慮で十分であり、画期的なアイディアである。
火を振り回すからこそさまざまな安全対策を要し、子どもは学校で朝や夕方の空き時間に1ヶ月を超えて練習に励まざるをえない。教師は、その指導に多大な時間を費やす。教員の長時間労働が問題視されるなか、もはや火を振り回す演技に多大な時間を割く理由は立たないはずだ。
感動をよぶ伝統行事は、子どもの身体を多大なリスクにさらしながら成り立ってきた。教育委員会や学校は、今回の事故を機に、根本的な安全対策を打ち出すべきである。もう二度と、同じことをくり返してはならない。
- 注:2019年度の初任者教員を対象とした2泊3日の宿泊研修では、2日目に「ファイア運営」が設けられている。詳細はわからないものの、研修の手引には、「木綿の上下長袖・長ズボンの服装」「古雑巾(トーチ棒用5枚)」などを準備することが指示されている(「令和元年度小・中学校初任者研修等宿泊研修の手引」)。