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本田、乾に見えた突破口。ハリルJAPANが見いだすべき「もう一つの戦い方」とは?

小宮良之スポーツライター・小説家
シリア戦で質の高いプレーを見せた乾、本田。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

6月7日、東京スタジアム。ロシアワールドカップアジア最終予選、イラクとの試合を想定したシリア戦を、日本代表は迎えている。

ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は中盤の核である長谷部誠の不在によって、4-2-1-3という基本フォーメーションではなく、4-3-3を選択した。今年3月、UAE戦でも用いた戦い方。中盤の構成はまったく同じだった。

「中盤で苦しんだ。攻守においてコントロールできなかった。守備ゾーンに敵が入ってきたら、しっかり寄せろと指示をしていたが、それを果たせていない。攻撃では前3人の選手との距離が遠すぎた」

シリア戦後、ハリルホジッチ監督は渋い顔で言っている。

4-3-3は「もう一つの戦い方」として厳しい

UAE戦は一つの結果を叩きだしたことで、4-3-3での戦い方は「有力」と見られ、「もう一つの戦い方」とも言われるようになった。得点者になった今野泰幸は絶賛された。しかし、戦術的に機能していたとは言い難い。

4-3-3は中盤とFW、DFラインの連係に妙がある。二人のボランチをバックラインの前に並べるのではなく、バックラインの前に置いてゲームをコントロールする「アンカー」、その前に前後左右と連係する「インサイドハーフ」というポジションの選手を配する。日本代表は山口蛍がアンカーで、今野がその左前を中心に広大なスペースをカバーし、右前に司令塔役として香川真司が入る形が基本だろうか。

このフォーメーションで難しいのは、3人のMFが相手のプレッシャーを受けやすく、数的同数、もしくは数的不利に陥りやすい点だろう。迅速なプレー判断と高いスキルが求められ、動きの質と量も欠かせない。一方で、彼らが相手のプレスをはがせて、高い位置でボールを持てると、敵陣で人がわき出すような攻撃を仕掛けられる。攻撃面ではそういう利点があるが、相当なレベルの連係がなければ、相手に主導権を奪われやすい。

シリア戦の中盤の出来は、ハリルホジッチの言葉通り、目を覆うものだった。

後手を踏んで、受け身に立ち、それを取り返そうとして味方が混乱する。その連鎖だった。前半、香川に代わって入った倉田秋が前線までプレスに行くも、簡単に入れ替わられたシーンは象徴的だろう。直後、くさびに対して軽率にインターセプトに行った山口があっさり外され、左サイドを破られてピッチを招いている。連続したミスで相手の侵入を許す。世界トップレベルが相手だったら、高いツケを払うことになったはずだ。

今野自身は再び得点を取って、引き分けに貢献している。それは正当に評価するべきだろう。しかしながら、インサイドハーフは得点そのもので評価されるポジションではない。周りの選手を輝かせ、チームがイニシアチブを握れるか、その点に評価基準はある。

シリア戦、インサイドハーフとしての資質を一人だけ示したのは、後半途中からこのポジションに入った本田圭佑だった。本田は右サイドで短いパス交換をしながら、巧妙に「プレーの渦」を作っている。彼がボールを弾き、ポジションをわずかに動かし、高い位置でタメを作ると、チームにテンポが生まれ、攻守が安定した。本田は速く適切なパスによって、周りの選手をアドバンテージのある状態にしていたのだ。

本田の試合感が鈍っていることは間違いない。決定的シュートをふかした場面もあったし、焦りが感じられるシーンもあった。しかし、戦術的に傑出した選手であることを改めて証明したと言えるだろう。

乾の活躍に見る活路

ハリルJAPANはチームとしての完成度を高めつつある。原口元気、久保裕也は「ハリルの申し子」と言える。4-2-1-3の戦い方は、一つのやり方として定着した。

しかし世界と伍するには、これで満足すべきではない。

「もう一つの戦い方」

そのオプションを手に携えて海を渡るべきだ。

2014年ブラジルW杯、アルベルト・ザッケローニ監督率いた日本代表は、「自分たちらしさ」にこだわって、自滅している。固定したメンバーで、「左で作って、右で仕留める」という一つの戦術に落とし込んだ。その戦い自体は魅力的だったが、それに固執することになった。直前で大久保嘉人をメンバーに入れた大胆さは評価できたが、一度も試さなかった選手をいきなり抜擢し、ズレが生じるのは必然だった。

「大久保をずっと評価していたし、いつでも選べたから」

代表関係者は洩らしていたが、いつでも選べるなら、積極的に選んでテストするべきだった。

代表チームの指揮官は、コンディションが良く、活躍を示している選手を、できるだけ招集し、ピッチに送り出すのが仕事だろう。その中で、新しいやり方、ユニットを模索する。それが代表チーム内の活性化にもつながるはずだ。

シリア戦で2年ぶりに復帰した乾貴士は、刮目すべきプレーを見せている。本田が右サイドから大きく展開したボールを、左サイドにいた乾は完璧なコントロールで持ち運び、マーカーを翻弄してエリア内に入ってシュート。得点はできなかったが、相手に脅威を与え続けた。ディフェンダーに向かっていくドリブルは、スペインでもとくに子供たちに人気で、敵にとっては悪魔のように映るという。

ハリルホジッチ監督は、サイドFWにストライカー色が強く、闘争心旺盛でインテンシティの高い選手を好み、乾を招集してこなかった。それは一つの方針だろうが、スタイルに囚われるべきではない。「世界最高峰リーガエスパニョーラでレギュラーを取った乾を使わない」という贅沢をする余裕は今の代表にないはずで、"乾という素材をどう料理するか"に"フランス人シェフ"の腕が要求される。

そもそもハリルホジッチは現役時代、クロスボールを叩き込むタイプのストライカーで、2トップもオプションとして頭の中にあるという。「日本人はトップ下に能力の選手がいる」と消極的だが、豊田陽平、小林悠、武藤嘉紀のように横からのボールに強い「高さ」を入れ、左右に乾、齋藤学、関根貴大というクロス供給役を配する形は「もう一つの戦い方」になり得る。

4-3-3は現状、難しい。所属チームで継続的に体験している選手が少ないのもその理由だろう。インサイドハーフは戦術的に複雑な動きを簡単にする高度なプレーが要求されるのだ。

存外、様々な持ち味を持った選手はJリーグにもいる。例えば、セレッソ大阪の躍進に貢献する杉本健勇、山村和也、水沼宏太のようなセットを用いるのも一つ。代表メンバーの数は限られるわけだが、奇策、機略の可能性を否定すべきではない。

ハリルホジッチがどのように差配するのか、腕の見せ所である。

6月13日のイラク戦は長谷部だけでなく、香川も肩のケガで離脱。難しい試合を乗り越えることで、得られる戦い方もあるかも知れない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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