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疑問符だらけの欧州委員長選び【デモクラシーのゆくえ:欧州編】

木村正人在英国際ジャーナリスト

ブリュッセルの密室取引を解消

5月22日~25日に投票が行われる欧州議会選では初めて、主要政治会派がそれぞれ欧州委員会の委員長候補者を立てて、選挙戦を戦っている。

10月に任期満了を迎えるバローゾ欧州委員長の後継者を選ぶ民主化プロセスの1つだ。

最大会派、中道右派の欧州人民民主党は、ユーロ圏財務相会合常任議長を務めたユンケル・ルクセンブルク前首相。中道左派の欧州社会・進歩連盟は、ドイツのシュルツ欧州議会議長を擁立している。

シュルツはこう意気込む。「私はブリュッセルの密室取引ではなく、民主的な投票によって選ばれる初めての欧州委員長になりたい」

世論調査をみると、この2人が接戦を繰り広げている。回を重ねるごとに低下する欧州議会選への関心を高める新たな試みにもかかわらず、選挙戦はやはり盛り上がらない。

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日本では欧州政治を研究する学者や学生、投資家でもない限り、馴染みが薄く複雑怪奇な欧州連合(EU)の欧州議会選や欧州委員長選びに関心を持つ人はほとんどいないだろう。

欧州でもブリュッセルやベルリン以外で欧州議会選の行方に関心を持つ人は極めて少ない。

選挙ムードを盛り上げようと、ユンケル、シュルツに、リベラル派の欧州自由民主連盟、緑の党・欧州自由連盟の委員長候補者を加えた4人によるテレビ討論会が28日開かれ、論戦を繰り広げる。13の言語で放送される。

実際のところ、ユンケル、シュルツの2人より、イギリス独立党のファラージ党首、フランスの国民戦線のマリーヌ・ルペン党首の方が欧州レベルの知名度ははるかに高い。

ユンケルもシュルツもEUを連邦制にしようという連邦主義者だが、政策はわかりにくい。2人とも手堅過ぎて、アピール力に欠ける。

EUの支配者はメルケル

欧州債務危機で欧州単一通貨ユーロは崩壊の瀬戸際まで追い込まれた。欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁による金融緩和策とドイツのメルケル首相の緊縮財政策でユーロ圏経済は瀕死の状態から息を吹き返した。

しかし、危機対策の過程で、欧州委員会や欧州議会に与えられた権限に比べ、欧州理事会(EU首脳会議)を舞台にした国家間調整という政治力学が格段に影響力を持ち、メルケルが動かなければ何も決まらないという実態が浮き彫りになった。

欧州議会選に1票を投じても、メルケルの意向には抗えない。それ以上に、自分の国の年金、医療費、教育費にまでブリュッセルが口を出すようになった。その背後にはドイツがいる。

欧州統合の要となるユーロプロジェクトは超国家組織を建設するため、設計図の思惑通り、国民国家を崩壊させ始めた。出稼ぎ移民が流入し、自分たちの仕事や社会保障を脅かす。イスラム系移民は、キリスト教をバックボーンにした伝統的価値観を毀損する。

こうし怖れや嫌悪感が極右政党や極左政党を台頭させ、中道勢力の中にも欧州懐疑派を広げている。

逆効果の可能性

「民主主義の赤字」と呼ばれる問題を解消するため、2009年12月に発効したリスボン条約では、欧州委員長の候補者選びに変更が加えられ、主要政治会派がそれぞれ委員長候補者を立てる運びとなった。欧州委員会の各委員はこれまでと同じように国家間調整で決められる。

欧州議会選は、EU市民が欧州委員長選びに口を出す重要な機会となるわけだが、気をつけなければならないのは、委員長選びの結果次第で、EUへの不信感を一段と強める危険性があるということだ。

EUの中で、5年に1度の選挙で議員を選ぶ欧州議会だけが欧州レベルの民主的な正当性を持っていた。今回から、最高政治機関であるEU首脳会議が、選挙の結果を「考慮」して適切な協議を行った後、特定多数決により委員長候補者を欧州議会に提案することになった。

過去、欧州委員長はEU首脳会議の政治力学という密室の中で決められてきた。今後、欧州議会選の結果通り、EU首脳会議が委員長候補者を選ぶようになれば、欧州委員長に民主的な正当性が宿り、EU首脳会議と対立し始めるかもしれない。

わかりやすく言えば、欧州委員長がメルケルと同等か、それ以上の発言力を持つようになるということだ。それでなくても「too little, too late(少なすぎるし、遅すぎる)」と揶揄されてきた意思決定プロセスがますます複雑になり、機能不全に陥る恐れがある。

こうした事態を嫌がり、EU首脳会議が欧州議会選の結果と違う委員長候補を選べば、EU市民の民意は無視されることになり、「民主主義の赤字」は爆発寸前まで膨らむ。

EU首脳会議は実績のあるユンケルやシュミットより、若いフィンランドのカタイネン首相かデンマークのトーニングシュミット首相を選びたがっている。

英紙フィナンシャル・タイムズによると、シュミットが選ばれた場合、イギリスが反対する恐れがあるため、シュミットをEU大統領(EU首脳会議の常任議長)に回そうという案もあるそうだ。

欧州委員長候補者のダークホースとして国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事、世界貿易機関(WTO)のラミー前事務局長の名前が上がっていると聞くと、欧州議会選の結果がどれだけ委員長候補者選びに反映されるのか、はなはだ疑問に思えてくる。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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