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英中銀の危険な賭け―QE急拡大は金融危機の元凶か(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

イングランド銀行(BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁=BOEサイトより
イングランド銀行(BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁=BOEサイトより

イングランド銀行(英中銀、BOE)は新型コロナのパンデミック(世界大流行)による不況から早期に脱出するため、非伝統的な金融緩和措置であるQE(量的金融緩和)の規模を倍々ゲームで拡大してきている。現在、QE規模は8950億ポンド(8750億ポンドの国債買い取り枠と200億ポンドの投資適格級の社債買い取り枠)だ。しかし、近い将来、新型コロナワクチン接種の急拡大(1回目の接種は全成人の約63%)と過去最大規模のQEにより、景気が急回復すれば、輸入が輸出の伸びを上回り、経常赤字が拡大し、マネーサプライ(通貨供給量=貨幣量)が急増。その結果、インフレの加速と通貨ポンド、ギルト(英国債)の暴落といった金融危機を引き起こしかねないという懸念が英国内の金融市場で広がってきた。

こうした懸念が広がる中、今年1月27日、英上院経済委員会(マイケル・フォーサイス委員長)はBOEの大規模QE政策が必要以上に過剰なのかどうかについて議論を開始している。BOEは昨年11月、1500億ポンド(約23兆円)の追加国債買い入れを決めたが、その正当性に疑問を投げかけている。

この懸念の背景について、英紙デイリー・テレグラフの著名コラムニストのアンブローズ・エバンス・プリチャード氏が4月9日付で、「BOEが政府の赤字国債をすべて買い取り、財政赤字を穴埋めしているため、マネーサプライが経済の広い範囲にわたって爆発的に急増し、インフレを加速させる懸念が(上院委員会の)根底にある」と説明している。実際、英国経済全体に供給されるポンド通貨の総量(広義流動性)を示すマネーサプライ「M4」(銀行を除く民間セクターが保有する現金通貨と譲渡性預金、社債、国債を含む預金、住宅貸付組合出資金の合計)は今年1-2月のわずか2カ月間で年率換算16%増と、急増した。

プリチャード氏は、「1500億ポンドの追加買い入れを正当化する明白な根拠はなく、経済活動が再開してもまだ大量の資金がQEを通じ、金融システムに流れ込むため、上院はQEに関する調査を開始したわけだが、BOEはQEを万一の際に備えた保険として、倍賭けしているように見える。英国経済がリセッション(景気失速)に入る可能性を考慮し、過剰な景気刺激は少ない刺激よりも安全策と見ているようだ」と指摘する。

一部のエコノミストはM4が急増したのは、国民がパンデミック中におカネを使わず、ひたすら貯めこんだ超過貯蓄の急増を示し、この超過貯蓄が取り崩され、いったん消費に回されれば、ロケットの打ち上げのように急激に燃料に点火し、貨幣の流通速度が速まると懸念している。

BOEのマイケル・サンダース金融政策委員は、BOE主催のウェビナー(3月26日)で、「M4の急増はロックダウン中の家計の貯蓄急増によるものだ。外出制限中に抑制されていた潜在需要から今後1-2年間は貯蓄が取り崩され、消費にまわる可能性がある」とし、「MPCは、もしインフレを抑制する必要があり、正当化されれば、金融を引き締める余地は十分にある」と警告している。

英マクロ経済調査会社「エコノミック・パースペクティブ」の創業者で著名なエコノミスト、ピーター・ワーバートン氏はテレグラフ紙(4月9日付)で、「貨幣の流通速度が速まれば、インフレの加速は手が付けられなくなる」と指摘する。その上で、同氏は、「BOEは金融史上、例を見ない大規模な金融緩和を行っている。BOEは昨年の1500億ポンドの追加国債買い入れを決定したが、それを正当化しようともしなかった。英国のインフレ率は年内にも3-4%上昇となり、その後も伸びは加速する」と見ている。

超過貯蓄については、BOEの首席エコノミストのアンディ・ホールデン氏が英紙デイリー・メール(2月11日付)で、「昨年11月時点で1250億ポンド(約19兆円)の超過貯蓄となり、今年6月までには2500億ポンド(約38兆円)に達する。1250億ポンドのうち、今後、5%(約9600億円)が支出されれば、英国経済はスプリングコイルのように急回復する」と予想している。

しかし、インフレ加速懸念に対する世界各国の主要中銀の考え方は、目先、どんなにインフレが急加速しても一時的で長続きしないというのが主流だ。FRB(米連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長は4月11日の米CBS放送の番組で、「米経済はパンデミックによる弱い経済状況から強い景気回復に向かうインフレクションポイント(変曲点、大転換期)に来ている」としたが、「今年、インフレが加速しても一時的となる可能性が高い」と、持論を繰り返している。FRB傘下のセントルイス地区連銀のジェームズ・ブラード総裁も翌12日の米経済通信社ブルームバーグのテレビ番組で、「インフレは米経済にとって最大の懸念だが、インフレ上昇圧力の姿は今年末まで見えてこない。インフレの実態が分かるのは多分、今年暮れごろになる」と、いずれも差し迫った脅威とは感じていない。

プリチャード氏は、「BOEはECB(欧州中央銀行)よりも積極的に(QE規模拡大による貨幣量の急増の)実験を推し進めており、危険領域に入った可能性がある」とし、「FRBも米財務省の3兆ドル(約320兆円)の赤字国債の3分の1をカバーし、明らかに米国では銀行による貸し出し増による信用創造がかなりの量となっている。FRBは公然と景気を過熱させることを目指している」とし、BOEもFRB同様、景気過熱を狙っているという。

また、同氏は、こうした主要中銀のインフレに対しハト派(景気リスク重視の金融緩和派)の見方について、「各国中銀は銀行による貸し出し増で貨幣量が増加(信用創造)しても、それとは関係なく、過去25年間続いてきたディスインフレ(物価上昇率の低下)圧力が今後も物価を抑制し続けるという、ニュー・ケインジアン理論(インフレ率は失業率が低下すれば上昇し、反対に失業率が上昇すればインフレ率は低下するというフィリップス曲線理論)の立場をとっている」とし、インフレとの相関関係がマネーサプライにあるのか、または、失業率にあるかという経済理論の違いだと指摘する。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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