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台湾で社会現象になった京都橘高校吹奏楽部「オレンジの悪魔」が象徴する「日台友情」の現在地

野嶋剛ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授
10日台湾の「国慶節」式典で演奏する京都橘高校吹奏楽部(台湾総統府中継動画より)

ナショナルデーの「主役」を演じた「オレンジの悪魔」たち

本日10月10日は10が重なるので「双十節」と呼ばれる台湾のナショナルデー、建国記念日(国慶節)だ。総統府前の広場で荘厳な雰囲気のもと行われるセレモニーは、通常、総統が演説で中国に対してどのようなメッセージを発するかばかりが注目されるのだが、今年はいささか様子が違った。

台湾社会の関心が注がれたのは、日本からやってきた「オレンジの悪魔」と呼ばれる京都橘高校吹奏楽部の高校生たちだった。

彼らの演技が始まると会場は静まり返った。およそ15分間にわたって一糸乱れぬ見事な演奏が繰り広げられ、蔡英文総統ら台湾政府の要人たちは総立ちで拍手を送った。今年の式典に限っていえば、主役は総統ではなく「オレンジの悪魔」たちだった。

「日台友情」の象徴として

なぜ台湾で最も政治的な場とも言える式典に、京都橘高校が招かれたのか。2011年の東日本大震災で、台湾から日本に当時のレートで200億円を超える義援金が寄せられた。その感謝を込めて日本側は10周年にあたる2021年を日台友情年に指定。台湾側も、その象徴となるように、2021年のナショナルデーの特別ゲストとして、京都橘高校に招聘を申し出たのである。

だがこの年は新型コロナのため渡航を断念。ようやく今年、念願の実現となった。吹奏楽部の高校生たちが楽器に「日台友情」のロゴをつけての演奏だったのはそのためだが、奇しくも日本と台湾が断交してから50年という歴史的な節目に、良好な相互感情に支えられる「日台友情」の現在地を象徴するイベントになった。

同上
同上

京都橘高校の吹奏楽部は「跳躍するマーチングバンド」とも呼ばれるアクティブな演奏が特徴。全日本マーチングコンテストの常連であり、金賞を何度も受賞している。演奏をしながら、飛び跳ねるような動きを頻繁に取り入れ、しかも一糸乱れぬ集団行動が取れるとあって、日本での知名度はテレビを通して高まった。

台湾側「YouTubeで知りました」

ただ、台湾側から「ナショナルデーでの演奏を」と声をかけられた京都橘高校は当初、驚きを隠さなかったという。「どうして我が校なのですか」と台湾の招聘団体である中華文化総会に尋ねた。「YouTubeで皆さんの素晴らしいパフォーマンスを知りました」。それが台湾側の答えだった。「オレンジの悪魔」たちの動画再生回数は1億回を超えるという。

日台交流を華やかに彩ってくれる若者たちを、台湾の人々に紹介したい。そんな熱意が伝わったのか、学校側や生徒の家族も台湾行きに大賛成したという。その結果、生徒88人教員5人からなる大所帯が台湾に渡ることになった。

京都橘高校は台湾到着後、ハードスケジュールをこなした。台湾の有名ホテルである圓山大飯店での演奏、台湾の高校生の吹奏楽部との交流など、連日のように組まれたプログラムが行われるたびに台湾のメディアは積極的に報じた。

おりしも、京都橘高校吹奏楽部で長年顧問を務めた田中宏幸氏の指導法を紹介する著書『オレンジの悪魔は教えずに育てる』(ダイヤモンド社)が今年9月に台湾で翻訳出版されたこともあり、そのユニークな演奏方法をめぐる詳細な情報が台湾メディアで次々と紹介され、「橘色悪魔(オレンジの悪魔)」は一種の社会現象のようになっている。

台湾で出版された『オレンジの悪魔は教えずに育てる』の中文版表紙
台湾で出版された『オレンジの悪魔は教えずに育てる』の中文版表紙

蔡英文総統がサプライズ登場

現在台湾はなお比較的厳しいコロナ対策の入国管理を行っており、隔離期間を免除されるかわりに、生徒たちは観光や買い物のため台北の街を自由に歩くことが制限された。そのため、台湾側の好意で総統府の見学に招待された際は、蔡英文総統とのサプライズ面会があり、生徒たちは大喜びだった。夜には生徒たちの滞在するホテルに夜食が蔡英文総統から届けられた。

演奏当日の10日、心配された雨は降らず、演奏は無事終了。台湾メディアは蔡英文総統の演説と同じぐらい、京都橘高校の演奏を盛んに報じている。

総統府で蔡英文総統と記念撮影した京都橘高校吹奏楽部(中華文化総会提供)
総統府で蔡英文総統と記念撮影した京都橘高校吹奏楽部(中華文化総会提供)

「日本重視」に込めた台湾の思い

セレモニーでは、日本の超党派国会議員でつくる日華議員懇談会によるパレードも行われ、日本にスポットが強く当たる形になった。それは前述のように今年が断交50年という年にあたることと関係している。

日華懇は外交関係がない日台関係を国会側から支える役割をこの50年間果たしてきた。未来を担う高校生に台湾と触れ合ってもらうとともに、日本の議員に過去の貢献への謝意を示し、さらに日台関係を強固にしたいという意思を感じさせた。

台湾は今日でも中華民国体制にあり、かつて日本と大陸で戦争をしたという記憶も、中華民国の歴史の一部分として残っている。その建国記念セレモニーであえて日本を強くクローズアップすることは非常に異例な措置であり、そこに「日本重視」を伝えたい台湾側の思いも込められている。

先のペロシ米下院議長訪問を受けて行われた中国の軍事演習により、台湾の将来の安全については台湾内部でも不安が高まっており、利害を共有する周辺の国々との関係強化は急務だ。そのなかでも「台湾有事は日本有事」とも言われる隣国の日本とは、これからの50年もパートナーとして肩を並べて歩みたい。

そんな台湾側の思いが伝わってくる双十節のセレモニーだった。

ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。朝日新聞入社後、政治部、シンガポール支局長、台北支局長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港や東南アジアの問題を中心に、各メディアで活発な執筆、言論活動を行っている。著書に『ふたつの故宮博物院』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』『香港とは何か』『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』。最新刊は12月13日発売の『台湾の本音 台湾を”基礎”から理解する』(平凡社新書)』。

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