謎は解明されたか? 女性レストラン従業員らの中国からの「集団脱北」
中国の浙江省寧波市で働いていた北朝鮮レストラン女性従業員ら13人の韓国への集団亡命事件(4月7日)は韓国政府の「自発的脱北」と北朝鮮当局の「国家情報院(国情院)による誘引・拉致」で対立し、国際的波紋を巻き起こしたが、その後、幾つかの謎は解明されたものの肝心の女性従業員らが表に出て来ないこともあって真相は依然として藪の中だ。
((参考資料:「脱北」か「拉致」か 北朝鮮女性レストラン従業員をめぐる南北の攻防)
北朝鮮から「誘引の首謀者」と名指しされた引率者のレストラン支配人H氏(男性、36歳)と12人の女性従業員は所管の韓国統一部の北朝鮮離脱住民定着支援事務所(ハナ院)に送られず、国情院の北朝鮮離脱住民保護センター(旧合同尋問センター)で韓国での定着のための訓練を受けていたが、先月8~11日にかけて相次いで退所していた。
韓国のメディアの中では唯一、「ハンギョレ新聞」だけが追跡取材を行い、レストラン支配人及び他の証言者と接触し、その内容を9月2日と3日付に掲載して、事件発生当時の謎や疑惑に迫り、幾つかの事実を明らかにしている。
▲異例のスピードでの韓国入国の謎について
他の脱北者の場合、通常2~3カ月は第3国に留まった後に入国するのとは違い、13人は僅か2日で中国から第三国のマレーシアを経由して韓国に入国したことについては
「マレーシア空港に降りて韓国大使館に入り、当日すぐに空港に移動する際にはマレーシアの特殊警察と見られる30人に護衛してもらった。(韓国の)パスポートが用意されていたし、空港で出国審査も受けずに飛行機に乗った」ことが明らかとなった。
▲中国当局の介入説について
中国からの脱出が難なく成功したことについて核実験を繰り返す北朝鮮を懲らしめるため中国当局が黙認したとの見方も一部にはあったが、この件について支配人は
「私たちのパスポート自体が合法だった。(中国政府が)知っていたら空港で引っかかっていただろう。中国の空港では北朝鮮の人がたくさん行き来している。中国を通じればどこにでも出て行けるから」と証言し、中国の黙認説を否定している。
▲国情院の関与説について
中国から第三国経由の一泊二日のソウル入りは韓国当局の手引きがなければ実質的に不可能であることから韓国政府当局(国情院)の関与が取り沙汰されていたが、このことについて証言者の一人は
「約4年間北朝鮮レストランで勤務中に親密になった在中同胞を通じて知り合った国情院の要員から6万中国元(約93万円)を受け取り、マレーシア行きの飛行機チケットを購入したこと、またその国情院の要員から第3国を経由しての脱出方法も伝授されていた」ことを明らかにしている。
▲脱北の動機について
支配人は「全員を自分が募集した。韓国で言えば芸能事務所みたいなものだ。元々は22人を選んで中国に連れて来た。家庭の事情のために3人は送り返した」と語ったうえで「子供たち(女性従業員)は(私を)信じてついてきた。両親より支配人についてきたということが不思議だと思わないか」と、強引に連れて来たのではないと支配人による「誘引説」を打ち消した。
また、「私たちが(韓国に)来る前にどれほど泣いたか分からない。人数が多いので両親には害が及ばないと思っていた。全てうまくいけば良かったのに」と語り、全員が合意の上での「亡命」であったことを示唆した。
さらに、帰国した7人についても「北朝鮮に帰国した7人の女性従業員も一緒に亡命する計画だったのか」との質問に支配人は「時間が経てば全てが明らかになる。命にかかわる問題だ」と直接的な言及は避けたものの7人も行動を共にすることになっていたかのような口ぶりだった。
しかし、営業不振により本国に召還され、処罰されるのを恐れたための逃避か、それとも自由な韓国への憧れを抱いた脱北なのか、肝心の亡命の動機については明らかにされなかった。また、男性支配人が金銭トラブルを抱え、韓国情報機関に抱き込まれていたとされる疑惑についても言及しなかった。
▲韓国政府の入国事実公表について
支配人は「韓国に入国した途端、公開されてしまった。私たちは公開されるとは思っていなかった。どうして私たちだけを公開するのかと思った。初めは腹が立った。今は良い意味に考えようとしている。祖国統一のために(公開)したと思う。北にも南にも政治に勝てる人はいないのでは?」と心境を語っている。
また、「集団脱北は対北朝鮮制裁の効果、影響」との見方を韓国政府は取っているが、その関連性について支配人は「何の関係があるのか。私たちはそう(関係ないと)考えていない」と、関連性を否定した。
((参考資料:「集団脱北事件」が金正恩政権に与えた測り知れぬ衝撃)
▲「民主社会のための弁護士会」の接見拒否について
「拉致された」と主張する女性従業員の家族から代理面会を要請された「民主社会のための弁護士会(民弁)」が5月、7月と2回面会を求めていたが、国報院は「従業員らが面談を拒否している」と説明し、引き合わせなかった。この件については、国情院が「民弁は従北勢力で、悪い奴らだ」と吹き込んでいたことから女性従業員らは「民弁に会えば、(北朝鮮にいる)両親が死ぬ」と信じ込み、国情院の指示に従い、面接を拒否したようだ。
しかし、その後、保護センターから出所した支配人は8月17日、ソウル瑞草洞の民弁事務室を訪れ、従業員らの「集団脱北」が「自発的脱北」であることを説明し、また、翌18日には国連人権委員会傘下のソウル北朝鮮人権事務所の関係者が保護センターで女性従業員らと面接していたことも分かった。
「拉致された」と主張する北朝鮮は12人の女性従業員は断食闘争を行っていて、一人はその過程で「死亡した」と主張し、国連人権委員会理事会や国連難民高等弁務官にも調査を依頼していたが、面会は拉致か脱出かは尋ねず、非公開で彼女らの身辺確認のみ行われた。
現在、女性従業員12人は2人以上のグループを組んで別々の家で暮らしているが、彼女たちは世論の関心に負担を感じており、居場所を知られることを望んでいないと伝えられているが、北朝鮮は今なお、彼女らの送還を韓国政府に要求している。