1000万円それとも0円か 若手選手にとって死活問題ともいえる9月のロースター枠拡大
毎年9月になると、MLBは大きく様変わりをする。それまで公式戦の出場枠は25人に限定されていたものが、9月1日以降は枠が拡大され、40人枠に入っている選手なら何人でも出場できるようになる。そのため9月上旬でシーズンが終了(ポストシーズンに進出するチームは例外)するマイナー選手たちが続々メジャーに昇格してくる。
ロースター枠拡大の利用の仕方はチームによって違ってくる。ポストシーズンを争っているチームなら、勝敗に影響のない展開になった時に主力選手に休養を与えるため、その代替選手としてマイナー選手を昇格させ、すでにポストシーズン争いから撤退しているチームの場合なら、来シーズン以降の戦力を見極めるためにマイナーの有望若手選手を積極的に起用していくようになる。
中にはロースター枠拡大に合わせて40人枠に入れた上で、若手有望選手にメジャーでの出場機会を与えたりする場合もある。ちょっとケースは異なるが、シーズン途中でエンゼルスとマイナー契約を結んだ田澤純一投手も入団当初は40人枠に入っていなかったが、9月1日に40人枠に入りメジャー昇格を果たしている。
田澤投手のような実績あるベテラン選手の場合、こうしたロースター枠拡大で来シーズンの契約オファーを勝ち取るためのアピール場としてメジャー登板を利用することになるのだが、これまで一度も40人枠に入ったことがない若手マイナー選手にとっては、もっと切羽詰まった話になってくる。ロースター枠拡大でメジャーに呼ばれるかどうかが今後の野球人生を大きく左右するだけでなく、オフの生活を安定させるかどうかにもかかわる死活問題でもあるからだ。
40人枠未経験の彼らにとってロースター枠拡大にともなうメジャー昇格は、2つの大きな利益をもたらす。まず1つ目がボーナスともいえる破格の収入だ。
ロースター枠拡大によるメジャー昇格の場合、前述通りマイナーリーグのシーズンが終了しているので、最後までメジャー帯同が保証されているようなものだ。その間彼らはメジャーの最低年俸を日割り計算でもらえることになる。今シーズンの最低年俸は54万5000ドル(約6000万円)なので、ほぼ1ヶ月間メジャーに帯同できる彼らは単純計算で1000万円ほどの収入を得ることができるのだ。もちろんメジャー昇格できなければ一銭も入らずシーズンを終えなければならない。
改めて説明しておくが、マイナー選手の生活は決して楽なものではない。多額の契約金をもらえるドラフト上位指名選手なら話は別だが、マイナー契約選手の年俸は決して高くない。MLBには選手会との間で合意した統一労働規約が存在し、そこでは選手の最低年俸も保証されているが、マイナー選手は規約の対象外であり、選手会にも所属できない。つまりマイナー選手たちは支配下チームの言い値で契約しているというのが現状だ。今でも3A、2Aに所属しながらオフにはアルバイトしているという、家族を持つ20代中盤の選手が存在している。そんな彼らにとって1000万円という臨時収入がどれほど大きいものか理解できるだろう。
もう1つの利益が来シーズン以降の最低年俸保証だ。ロースター枠拡大とはいえメジャー昇格できたということは、チームがメジャーで使ってみたいと考えたからだ。当然メジャー帯同中は公式戦出場の機会を与えられることになる。そしてメジャー公式戦出場という実績を得ることで統一労働規約の対象選手になり、マイナー契約でも最低年俸が保証されるようになるのだ。
というのも、今回メジャー昇格できたからといって、その選手が40人枠に残り来シーズンのメジャー契約を勝ち取る保証はまったくない。逆に再び40人枠から外れ、マイナー契約でチームに残るというケースも多々ある。だが統一労働規約の対象選手になれたことで、マイナー契約でもチームの言い値ではなく最低年俸が保証されるようになる。ちなみに2019年の統一労働規約対象選手に対するマイナー契約最低年俸は8万8000ドル(約970万円)。米国一般社会でもまずまずの収入といっていい。
実は長年MLBの取材をさせてもらった中で、マイナーに回る日本人選手を動向取材し現場で仲良くなったマイナー選手がいる。その中の1人が昨シーズン初めてロースター枠拡大でメジャー昇格し40人枠入りを果たした。残念ながら今シーズンは40に枠から外れ再びマイナー契約からのスタートになったが、年俸額は増え、さらに今年もロースター枠拡大でメジャー昇格することができた。もちろんすぐさまお祝いのメッセージを送ったのはいうまでもない。
入団から何の苦労もせずにメジャー昇格していくスター候補選手たちがいる一方で、多くの若手マイナー選手たちはこうした苦労を重ねながら少しずつメジャーに近づいていくのだ。ただロースター枠拡大でメジャー昇格できる選手も、実はほんの一握りの成功者なのだ。MLBの過酷な競争社会の一端がこんなところにも現れていないだろうか。