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国産雑木120種以上!ビーバー製材所に木の文化の原点を見た

田中淳夫森林ジャーナリスト
ところ狭しと積まれた珍木の数々

 三重県の伊勢から紀伊半島の山間に分け入ったところにある大台町。そこに武田製材はあった。ここを訪れて最初に思ったのは、製材所というより、木材のたまり場というか……。

 社長の武田誠さんにいただいた名刺には、

「素材の森 スローウッド」

「三重県で一番フザケタ製材所!」

「雑木家ビーバーハウス」

「ゴミ屋敷の様な工場です」

「宝物を見つけにきて下さい」

などと書かれてある。たしかにゴミ屋敷……もとい森の木を集めて川にダムを築くビーバーの巣のようだ。敷地内には丸太や板が雑然と積まれている。形も大きさもバラバラで、なかには二股になった枝や曲がりくねった丸太、長さも太さも寸足らずの木……とても製材に向いているとは言えない代物ばかりだ。

製材所内には、千差万別の木々がゴロゴロしている。
製材所内には、千差万別の木々がゴロゴロしている。

 木の種類がすごい。スギやヒノキ、ケヤキ、ブナ……などよく知られた木々だけではない。ウルシやネムノキ、シュロ、ヤシャブシ……。さらにミカン、カキ、ナシ、リンゴにヤマモモと果樹もある。色も赤や黄、白に黒と千差万別。

 この製材所の特徴は、ありとあらゆる国産樹木を製材することなのだ。武田さんによると120種類以上あるらしいが、完全に把握していないそうだ。

「一番堅いのが、イスノキ。製材機の刃が全然受け付けずにイヤになっちゃいましたねえ。二度とやりたくない」と、なぜか嬉しそう。

 木を切って断面が現れるときが好きだという。どの木がどんな色で木肌をしているか製材して初めてわかるから。

 ちなみに武田製材所は3代続く老舗。祖父の時代は、山から引いた水で水車を回し木を挽いていたという。そんな昔からビーバーだったのか?

「いえ、多様な木を挽くようになったのは7、8年前からです。その前は外材でパレットなんかつくっていました」

 だが、納期に追われてストレスばかりが溜まる。そんな仕事にブッツンして……もとい見切りをつけて、好きなことをしようと始めたのが、一般に用材として使われない雑木を集めて製材することだ。材料は、庭木や農家が出した木を集めるという。最近は業者が珍しい木が入ると声をかけてくれるようになった。もちろん代金は払う。

 最初は商売になる当てはなかった。プッツンして……もとい開き直っていたから始められたというのだ。

木屑も染色用になる。樹種によって色が違う。
木屑も染色用になる。樹種によって色が違う。

 だが、これだけ多様な木があることが徐々に知られると、さまざまなところから注文が入り始めた。家具職人やデザイナー、建築家など画一的な木材に飽き飽きしている人々が求める。新たな魅力ある木を探して来るのだ。また製材時の木屑も樹種別に分けているが、それを染色に使う人もいる。木によって色が違うのである。

さじフェス用の88種類の木の板の山
さじフェス用の88種類の木の板の山

「今度岐阜で開かれる“さじフェスティバル”から注文のあって、88種類の木を揃えました」と言って板の山を指さした。多様な木からスプーンをつくる木工イベントだそうで、その材料が欲しいと声がかかったのだという。

 私の滞在中に、たまたまお客が来た。居酒屋を開くので3.3メートルのカウンターを一枚板で作りたいという。3メートル材となると今はスギぐらいしかないが、むしろ多様な木片をモザイク状に張り合わせたカウンターはどうか、と提案する。そして以前つくった板のモザイク壁の写真を見せると、お客はそのアイデアに引きつけられた。一枚板より、その方が喜ばれるかも!

 うなってしまった。これが本当の製材、本当の木づかいではないか。

 現在、製材というと同じ木を大量に集めて画一的な角材や板にするのが当たり前だ。良質の材というのはまっすぐで節がないことや、寸法安定性がよいことだったりする。その方が製材や加工がしやすいからだ。

 しかし、木は生き物だから多種多様で、材質もみんな違うものだ。そんな多様な木をいずれも慈しみ、材質に合わせた使い方を探すべきではないか。細い木も曲がった木も、それを使えるように切り分けるのが本当の製材なのではないか。「適材適所」とは、そうした意味だったのではないか。

 昔の日本人は、あらゆる木を無駄なく上手く使っていた。小さな木っ端にも向いた用途を探して新商品を生み出した。割り箸や三宝などが典型だろう。雑木も細い間伐材もみんな使い切る……そうした技とアイデアを持っていた。

 それらの技術や発想を失ったことが日本の林業と製材業を斜陽化させたように感じる。いや、その背景には木に対する愛情が薄れたことがあるのではないか。結果的に木の文化まで衰退させてしまった。

 今、日本の林業・木材産業を振興するという名目で推進されているのは、単なる大規模化であり、画一化にすぎない。大面積皆伐を繰り広げ、バイオマス発電の燃料として燃やすことが、本当に新たな木の利用法で木の文化を守ると思っているのか? そこに木への愛着は感じられない。

 武田さんは、各々の木の特徴を知っている。どんな木でも製材して利用したいという思いがある。だからこの製材所には、木の使い方の原点がある。そして未来を感じるのだ。

ビーバー武田誠さん。
ビーバー武田誠さん。

 もっとも武田さんも、こうした製材で利益を出すのは大変らしい。珍しい木があると聞いて遠くまで出かけても、その木が売れるとは限らないからなあ、と嘆く。そして言うのだ。

「今探しているのはカンザブロウノキ。そんな名前の木があるらしいんです。それとイスノキもあったら、また製材してみたい」

 全然懲りていないようである。

※写真はすべて著者撮影

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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