安倍首相も仰天の「5月妥結」トランプ大統領が農産品の関税撤廃を急ぐ理由とは
[ロンドン発]安倍晋三首相は26日午後(日本時間27日朝)、ワシントンでドナルド・トランプ米大統領と会談、閣僚級の貿易交渉を加速させ、早期合意を目指す方向で一致しました。世界一の経済大国・米国と第3位の日本の「メガFTA(自由貿易協定)」は可能なのでしょうか。
英国の欧州連合(EU)離脱交渉はFTAから関税同盟へと傾いていますが、交渉開始から2年が過ぎても行方は全く見通せません。
日米間の閣僚級による物品貿易協定(TAG)交渉はまだ始まったばかり。ポイントは(1)農産品の関税撤廃(2)日本車輸出の数量規制(3)円安誘導を禁止する為替条項(4)合意時期――の4つです。まず、両首脳の発言を見ましょう。
安倍首相
「トランプ政権が誕生して以来、日本の企業は米国に230億ドル(約2兆5663億円)投資を行い、新たに4万3000人の雇用が生まれている。日米関係はウィンウィンの関係で発展をしてきている」
「日米の貿易交渉は昨年9月の日米の共同声明に則って、両国にとって利益となるように、茂木敏充経済財政・再生相とロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表との間の交渉を加速していくことで一致した」
「日米の経済関係というのが確かに貿易バランスもありますが、同時に、日本は自動車産業も含めて様々な投資を行い、そして、多くの雇用をつくっている」
トランプ大統領
「米国の国内総生産(GDP)成長率は今年第1四半期で3.2%を記録した。オバマ前政権時代のように低金利と量的緩和をやっていれば5%に達していただろう」
「貿易については多くを議論した。英国のEU離脱や世界中で進む貿易交渉で状況は複雑になっている。対中貿易交渉は上手くやっている。今、日本とも非常に大きな貿易交渉を行っている」
「日本は米国からものすごい量の兵器や設備を買っている。私たちは農産品に力点を置いて交渉する。農産品の関税撤廃を求めている。米国は日本車に関税をかけていないからだ」
筆者注)日本の自動車関税はゼロだが、米国は2.5%。安倍首相は記者会見でトランプ大統領の発言を訂正している
「トヨタは短期間に140億ドル(約1兆5621億円)を投資した。他社も同様だ。投資先はミシガン、オハイオ、ペンシルベニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ケンタッキーだ。米国は対日貿易赤字を是正しようと長年努力してきた。日本は米国で最大の投資を行っている。特に自動車メーカーだ」
筆者注)日経新聞によると、安倍首相が首脳会談でトランプ大統領に示したA3のイラスト図には共和党が強い「赤い州」と共和党と民主党の激戦州であるミシガン、ウェストバージニア、テネシー、インディアナへの投資計画がカラーで強調されていた。
「(日本で日米首脳会談が行われる5月までに合意は可能か、と質問されて)その時までには合意に達しているかもしれない。日本で署名しているかもしれない」
農産品の関税撤廃が最優先
トランプ大統領の発言からは、日本車輸出の数量規制より農産品の関税撤廃を最優先にして、できれば5月の日米首脳会談までに妥結したいと考えているフシがうかがえます。為替条項については触れませんでした。
トランプ大統領の最優先課題は来年の米大統領選で再選を果たすことです。自分の支持者には見えにくい為替条項よりも農産品の関税撤廃でメガFTA交渉の勝利を強調したい思惑がありありとうかがえます。
米国の88農業団体は最低でも、トランプ大統領が離脱した環太平洋経済連携協定(TPP)や日本・EU経済連携協定(EPA)と同じレベルで日本の市場開放を求める書簡をライトハイザー代表に送っています。
TPPや日欧EPAの発効によって競争力を失った米国の農家は焦燥感を募らせているのです。
7月に参院選を控える安倍首相にとって「5月妥結」は想定外のシナリオで、朝日新聞は「首相は首をかしげ、顔を一瞬しかめた」と伝えました。自民党にとって農業団体は参院選の重要な集票マシンだからです。
日本農業新聞の調査では、TPPを「下回る水準」を求める声が36.6%にのぼり、「TPP水準を死守すべし」は34.2%でした。「農産品は過去の経済連携協定の内容が最大限」とする安倍政権との溝が浮かび上がっています。
TPP、日欧EPAの影響について6割が「不安に感じる」と答え、そのうち2割は「当初考えていたよりも不安が大きくなった」と回答しました。農産品の関税撤廃はTPPや日欧EPAレベルという着地点が見えているだけにトランプ政権にとって成果が強調しやすいのでしょうか。
米国の対日貿易赤字の8割は自動車関連
日本の対米輸出の4割近くが自動車と自動車部品。米国の対日貿易赤字の8割は自動車関連だけに、トランプ政権が今後、日本車輸出の数量規制に踏み込んでくる恐れは十分にあります。
トランプ政権はすでに中国やEUに対し制裁関税を発動して貿易戦争を仕掛けています。中国やEUは受けて立つ構えです。
下の2つの地図は英ウォーリック大学のティエモ・フェッツアー准教授とカルロ・シュワルツ氏が発表した「トランプの貿易戦争から見た関税と政治」という論文から抜粋したものです。
中国の報復関税によって輸出が影響を受ける地域を表しています。中国はトランプ大統領の支持者が圧倒的に多いモンタナ、ワイオミング、ノースダコタ、サウスダコタ、ネブラスカ、カンザスといった「トランプランド」を標的にしていることがくっきり浮かび上がっています。
EUの報復関税は民主党が強い「青い州」や民主党から共和党にスウィングした州に影響します。
北朝鮮の核・ミサイルの脅威や中国の軍事的な台頭にさらされる日本には米国と貿易戦争で一戦を構える選択肢はありません。トランプ大統領が農産品の関税撤廃を急ぐのはTPPや日欧EPA発効に加えて「トランプランド」の農家が中国の報復関税に直撃されているからです。
日本の自動車関税はすでにゼロまで切り下げられています。日本の自動車メーカーは輸出の数量規制を回避するため、「トランプランド」や民主党から共和党にスイングしたラストベルトでの雇用が増えるよう、米国での生産を増やさざるを得なくなる可能性があります。
アベノミクスに終止符?
首脳会談に先立つ25日の日米財務相会談で、スティーブン・ムニューシン米財務長官は、通貨安誘導を防ぐため為替条項を貿易協定交渉で取り扱うよう正式に表明しています。
北米自由貿易協定(NAFTA)を改定し、管理貿易の色彩を強めた「USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)」には自動車の対米輸出の数量規制や為替条項も明記されています。ムニューシン氏は日本との交渉でUSMCAをモデルケースとすると明言しています。
安倍首相の経済政策アベノミクスは日銀の超金融緩和策が柱になっています。それによって実質実効為替レートは米国から見ると通貨安に振れています。量的緩和を続けてきた欧州単一通貨ユーロ圏も同様です。
アベノミクスで日本の輸出は世界金融危機前のレベルまで回復してきました。しかし日本はかつてのような貿易黒字国ではなくなり、昨年の貿易収支は1兆2245億円の赤字でした。
アベノミクスによる「円安・株高」「過去最高水準の企業収益」「雇用増加」が安倍1強の基盤を作り出しています。日米メガFTAに為替条項が含まれた場合、アベノミクスと安倍政権の終わりの始まりになるかもしれません。
7月の参院選はその試金石になるでしょう。
(おわり)