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ワイン人気の意外なけん引役

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:アフロ)

先日、あるビジネス誌から取材を受けた。テーマは「ワイン」。最近、ワインを嗜むビジネスマンが増えており、同誌の読者もワインには興味があるだろうというのが、取材を依頼してきた理由のようだった。

じつは、私もここ何年か、ずっと同じ関心を抱いてきた。デフレや人口減少でなかなかモノが売れない中、ワインは例外的に市場を広げてきた。街にはおしゃれなワインバーやワインショップが次々とオープンし、ワインをテーマにした大人向けマンガが人気を博す。なぜだろう。飲食のトレンドを作るのは、たいがい女性だ。ワインに関しても、そう報じるメディアが多い。だがじつは、現在のワイン人気の理由を探ると、意外なけん引役がいた。それが中高年ビジネスマンだったのだ。

編集者もびっくり

本が売れない時代に、予想外に売れ、担当編集者をびっくりさせている本がある。『男と女のワイン術』(日本経済新聞出版社)だ。昨年1月の発売以来、矢継ぎ早に版を重ね、これまでに新書としては異例の68,000部を売った。12月には、第2弾となる『男と女のワイン術 2杯め』を出版。こちらもすでに3刷と、好調な売れ行きだ。

「発売前は女性読者を想定していたが、蓋を開けてみたら、真っ先に飛びついたのは50代男性。40代や30代の男性も反応が早かった。女性読者は、広告を打ってから増え始めたという感じです」(担当の女性編集者)。

さらにこの編集者は、同書の好調な売れ行きの理由をこう分析する。「最近はスーパーでもいろいろな種類のワインが置いてあり、消費者にとって選択肢が増えた。しかし、ワインの知識がないと何をどう選んでよいのかわからない。その手掛かりとして、初心者にもわかりやすい内容のこの本が読まれているようだ」。つまり、最近のワイン人気の背景には、ワインに興味を持ち始めた中高年ビジネスマンの存在があるというわけだ。

ミシュランガイドがコスパのよい店に与える「ビブグルマン」にも選ばれている、東京・西麻布のレストラン「ビストロアンバロン」。珍しいワインの品ぞろえでも有名で、接待やプライベートで利用するビジネスマンの姿が目立つ。といっても、「ワインに詳しいお客様は全体の1割ぐらいで、飲み始めたばかりという人も結構多い」(オーナーの両角太郎氏)と、ワイン初心者にとっても敷居が低いのがこの店の魅力だ。ただ最近は、「初めからワインの勉強目的で来店するお客様も見かけるようになった」(同氏)と、中高年ビジネスマンの間でもワインの楽しみ方が多様化している実態を明かす。

増える男性の愛好家

中高年ビジネスマンの間に高まるワイン熱は、さまざまなところで高温の蒸気となって噴き出ている。

日本ソムリエ協会(JSA)が主催する「全日本ワインエキスパート・コンクール」。ワイン愛好家日本一を決める3年に一度の大会だ。昨年10月に開かれた第6回大会で優勝したのは、IT企業の男性経営者。2位は大手銀行に勤める男性銀行員で、いずれも現役バリバリのビジネスマンだ。同大会の優勝者は毎回違うが、第1回から第4回まではすべて女性だった。ところが第5回大会で、投資会社の経営者が男性として初優勝。今回で、2大会連続の男性の優勝となった。

ちなみに、同コンクールの審査で、ワインに関する知識と同じくらい重視されるのは、「この人と一緒にワインを飲みたいか」という点。いわば人柄や他人とのコミュニケーション能力が試されるわけで、単なるワインオタクは優勝できない。

愛好家の頂点に立つだけでなく、すそ野の部分でも男性の増加が目立つ。JSAが認定するワインエキスパートは、年々、受験者数も合格者数も増えているが、男女別内訳を見ると、昨年は受験者の49%、合格者の47%が男性で、男女比はほぼ半々だった。10年前はそれぞれ43%と38%で、ワイン好きの男性が顕著に増えていることがわかる。

ワイン関係者によると、最近は、ワインエキスパートを目指したり、ワインの知識を身につけたりするために、会社帰りにワインスクールに通う中高年ビジネスマンも増えているという。実際、私の周りにも、そういう人は多い。

なぜワインにはまるビジネスマンが増えているのか。

まず、日経出版社の編集者も指摘するように、日本でも、何度かのワインブームを経てワイン人気が一般の人たちの間にも定着し、身近なお酒になったことがあるだろう。

ワインというと、おしゃれだが、高価でとっつきにくいイメージも強かった。しかし今は、ニュージーランドやチリ、南アフリカなど新興のワイン産地から比較的安価で美味しいワインが続々と日本に入ってきており、手ごろな値段で気楽に飲めるお酒になりつつある。こうしたワイン市場の変化に乗じる形で、仕事の面でも経済的にもそれなりに余裕が出てきたビジネスマンが、人生をより楽しむため、他のお酒からワインに乗り換えているというのは確かなようだ。

高いビジネスとの親和性

もうひとつ見逃せないのが、ワインが仕事やビジネスキャリアにもたらす効用だ。

ビジネスにおいて、いつの時代にも重要なのは、人と人との出会いやつながり。企業や個人が、組織の垣根や国境を越えてビジネスを展開する現代は、人間関係が一段と重要性を増しているのは間違いない。そうした中、人と人との出会いのきっかけをつくったり、つながりを深めたりするコミュニケーション・ツールとして打ってつけなのが、ワインなのだ。

私はこれまで、経営者を含む数多くのビジネスマンに取材してきたが、「ワインのお陰で人脈が広がった」「ワインが潤滑油となってビジネスディナーが盛り上がり、相手との距離が縮まった」など、ワインの効用を強調するビジネスマンは、枚挙にいとまがない。例えば、数多くの企業経営にかかわるビジネスマンでもあり、ビジネス書のベストセラー作家でもある本田直之氏は、かつて私の取材に「ワインに詳しくなったことが仕事や趣味の幅を広げた」と語っている。

ワインはそもそも、それ自体、話題に事欠かないお酒だ。原料となるブドウの種類だけでも世界に無数にあり、香りや味わいの特徴が大きく違う。同じ種類のブドウでも国や生産者が違えば、出来上がったワインはまったく違うものになるし、生産年による違いも楽しめる。ワインがあるだけで、ビジネスディナーの場が盛り上がるのだ。「ワインは奥が深いのでこれでわかったということがない」。こう語るのは元ソニーCEOの出井伸之氏。出井氏もワインのビジネスへの効用を実感している一人だ。

ワインは英語と似ている。グローバル化の時代、好むと好まざるとにかかわらず、ビジネスマンとして成功を目指すなら世界の共通語である英語の習得は欠かせない。だからこそ、ビジネスマンの間で英語熱がかつてなく高まっているのだ。ワインもいまや、欧米だけでなく、中国でもロシアでも、そして日本でも、ビジネスマン同士の交流の場には欠かせないお酒となりつつある。

ビジネスマンがワインにはまるのには、こんな背景があったのだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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