止まらぬトランプ妄言 英国公式訪問は実務訪問に格下げ 6万人抗議のロンドン避けた首脳会談は成果なし
止まらぬトランプ妄言
[ロンドン発]先延ばしされてきたドナルド・トランプ米大統領の英国公式訪問が実務訪問に格下げされ、7月12日から始まりました。数々の差別発言、問題発言に対し、ロンドンでは13日、6万人規模の抗議デモが行われました。
トランプ大統領はこれまでにも激しい舌戦を繰り広げてきたパキスタン系移民2世のサディク・カーン・ロンドン市長を英大衆紙サンでこうこき下ろしました。
「何百万もの移民を欧州に流入させていることを悲しく思う」「私は欧州の都市を知っている。あなたが望むのなら特定できるのだが、あなた方はロンドンでひどい仕事をしている市長を擁している。彼は本当にひどい仕事をしている」
「テロを見ても起き続けている。ロンドンで起きていることを見てみろ。彼はテロ対策に関して非常にひどい仕事をしていると思う。犯罪に関してもそうだ。恐ろしいことがロンドンでは起きている。すべての犯罪が持ち込まれている」
「メイは助言してやったのに従わなかった」
英国の欧州連合(EU)離脱を主導した英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ元党首と意気投合しているトランプ大統領は、EU単一市場や関税同盟へのアクセスを可能な限り残す穏健離脱(ソフト・ブレグジット)に舵を切ったテリーザ・メイ首相を「それでは米国と貿易協定を結ぶことはおそらくできないだろう」と突き放しました。
そしてメイ首相のソフト・ブレグジット路線に反対して辞任したボリス・ジョンソン前外相を「偉大な首相になるだろう」と持ち上げました。「メイ首相にはどうするか言ってやったのに応じなかった。彼女は私の言うことを聞かなかった。彼女は別のルートを行きたかったのだ」
英国がEUに対して従属的な立場に甘んずるなら、英国と協定を結ぶよりEUと結んだ方が良いというのは合理的な考え方です。がしかし、トランプ大統領はEUを米国の貿易赤字の元凶と考えているフシがうかがえ、英国を焚(た)き付け、EUをかき回そうとしているようにも見えます。
バラク・オバマ前米大統領が英国のEU残留を訴えたことに対して、いつものように逆張りして悦に入っているだけなのでしょうか。
4日滞在も2日はプライベート
トランプ大統領の訪英日程を見ておきましょう。
12日午後、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議から空路到着。リアム・フォックス国際貿易相が出迎える
夕方、テリーザ・メイ英首相がトランプ大統領とメラニア夫人を迎えてオックスフォード近郊のブレナム宮殿(世界遺産)で歓迎晩餐会。対米貿易に関係するビジネス・セクターも出席。軍楽隊が国歌を演奏
ロンドンのリージェンツ・パークにある駐英米国大使公邸で宿泊
13日午前、メイ首相とトランプ大統領は軍事施設を訪問、最先端の軍事技術や米英の合同軍事訓練を視察
英首相別邸チェッカーズに移動してワーキングランチも含む首脳会談
午後、メイ首相とトランプ大統領が共同記者会見
トランプ大統領とメラニア夫人はロンドン近郊のウィンザー城に移動。エリザベス英女王と謁見し、お茶会。観兵式
夕方、トランプ大統領はスコットランドに移動。英スコットランド担当相が出迎え
14日、トランプ大統領は2014年に購入したスコットランドのターンベリー・リゾート「トランプ・ターンベリー」でゴルフを楽しむとみられる
15日夕方、大統領専用機エアフォースワンで帰国
公式訪問から実務訪問に格下げ
15年に中国の習近平国家主席が英国を公式訪問した時は、中国当局の弾圧を逃れてきたチベット亡命者や気功集団「法輪功」の抗議活動が行われましたが、在英中国大使館に動員された体制派の歓迎デモに押されてあまり目立ちませんでした。
当時のデービッド・キャメロン首相は習主席と「英中黄金時代」をうたい上げました。公式訪問は通常、国家元首であるエリザベス女王が政府の助言を受けて招待するものです。訪問中の公式ホスト役は英国の君主であるエリザベス女王です。
儀装馬車で迎えられ、女王とともにバッキンガム宮殿かウィンザー城に滞在するのが慣例です。公式の宮中晩餐会が催され、議会での演説も行われます。習主席も議会内で演説しました。最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首もバッキンガム宮殿で習主席に面会しました。
トランプ大統領の実務訪問では英王室による公式の歓迎行事は一切、行われません。儀装馬車の出迎えも、宮中晩餐会も、議会内での演説もありません。英米首脳会談は公式訪問でも実務訪問でも変わりはありませんが、公式訪問はお互いの国の親密度を表すもので、ビシネスライクな実務訪問とは雲泥の差があります。
トランプ大統領がスコットランドでゴルフをするのは完全なプライベートですが、英政府はゴルフをする場合、最大500万ポンド(約7億4000万円)の警備費の負担を申し出たと報じられています。
トランプに反発する英国と延期された公式訪問
まだ、米大統領選が行われていた16年1月、トランプ氏の英国への入国禁止を求める電子署名が57万6千人以上も集まったため、英下院で約3時間にわたって審議が行われたことがあります。
トランプ氏が「何が起きているのか把握できるまでイスラム教徒が米国に入国するのを全面的かつ完全に禁止することを要求する」とイスラム教徒の米国入国禁止を呼びかけたり、メキシコ系移民を犯罪者やレイプ犯人と決めつける差別発言を行ったりしたためです。
人気魔法使いシリーズ「ハリー・ポッター」の作者J.K.ローリング氏は「邪悪なヴォルデモートもトランプ氏の足元にも及ばない」と反発しました。
昨年1月にはトランプ大統領がシリア難民の無期限入国禁止や中東・アフリカ7カ国からの90日間渡航中止の大統領令に署名したため、国賓としてのトランプ大統領の公式訪問を中止するよう求める電子署名がアッという間に100万人以上集まりました。
英国のムスリム人口はパキスタン系やバングラデシュ系を中心に300万人。全人口の4.7%です。05年に起きたロンドン同時爆破テロの実行犯が英国生まれのイスラム系移民だったことから、ムスリムと英国社会の統合が一段と進められました。
昨年6月、ロンドン橋やバラ・マーケットで8人が死亡、48人が重軽傷を負った暴走・刺殺テロについてカーン市長が「ロンドンの街頭警官は増えるのを見ても怖がる必要はない」と発言しました。
これに対して、トランプ大統領がツイッターで「銃保有の議論が行われていない」などと的はずれな批判を展開した際、再び物議をかもしたことから英国公式訪問を考え直すと言い出しました。
昨年11月にはトランプ大統領が英極右団体による反イスラム投稿を3連続してリツイートし、メイ首相も「米国の大統領がこんなことをするのは間違っている」と批判しました。
こうして一連の出来事が「公式訪問」が「実務訪問」に格下げされた背景にあります。
切り捨てられる同盟国
NATO首脳会議前のイェンス・ストルテンベルグ事務総長との会合でトランプ大統領は、膨大な対米貿易黒字を積み重ねながら、国防支出がNATO目標の対国内総生産(GDP)比の2%をはるかに下回るドイツに対するフラストレーションをぶちまけました。
「ドイツがロシアと大量の石油や天然ガスの取引をしているときに米国はロシアの脅威に対する守護役をすることになっている。ドイツは年間に何十億ドルもの大金をロシアに対して支払っている」
「米国はドイツを守ってやっている。フランスも含め、すべてのこうした国々を守ってやっているのに、ロシアとパイプラインをつくろうとしている。ドイツはロシアに完全にコントロールされている」
先進7カ国(G7)首脳会議ではカナダのジャスティン・トルドー首相をこき下ろし、NATO首脳会議ではドイツのアンゲラ・メルケル首相を攻撃する。そして第二次大戦以来「特別な関係」にある英国との首脳会談を控えて「自分の意に沿うブレグジットをしなかった」とメイ首相を突き放しました。
トランプ大統領はG7やNATOの結束と、同盟国との2国間関係をぶち壊しにしています。4年でも長いのに、次の米大統領選で再選を果たしてトランプ政権が8年も続くと、第二次大戦で西側諸国が確立した自由と民主主義の優位性は完全に失われ、中国に代表される国家資本主義に取って代わられるでしょう。
(おわり)