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【戦国こぼれ話】明智光秀は粗相をしたので、織田信長にボコボコにされたのか

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
明智光秀は粗相をしたので、織田信長にボコボコにされたのだろうか。(提供:アフロ)

 6月2日は、本能寺の変が起こった日だった。天正10年3月に武田氏は滅亡したが、その後の様々なシーンで、明智光秀が粗相をしたので、主君の織田信長に酷い目に遭わされたという。この話は事実なのだろうか。

■信長に殴られた光秀

 天正10年(1582)3月の武田氏滅亡後、明智光秀が織田信長から暴力を受けたという説がある。このことが原因で、光秀は信長を恨んで謀反を起こしたという。

 武田氏滅亡前夜、信長らが法華寺(長野県諏訪市)の陣所に結集した際の話である。

 光秀は信長が諏訪郡を配下に収めたことを祝い、光秀は「骨を折った甲斐があった。諏訪郡のうちはすべて上様(=信長)の兵である」と言葉を漏らした。ところが、光秀は実際に戦ったのではなく、信長のお供として戦場にやって来たに過ぎない。

 この言葉を聞いた信長は「(光秀が)どこで骨を折ったのか、実際にがんばったのは私(信長)じゃないか!」と激怒し、光秀の頭を欄干にこすりつけるなどし、乱暴を働いたという逸話が伝わっている。それゆえ光秀は、信長に対して恨みを抱いたというのである。

 この話は『祖父物語』という質の低い編纂物に書き記されたもので、現在では否定されている。この事実は一次史料では確認できず、荒唐無稽である。信長と光秀の怨恨を印象付けるための、創作に過ぎないだろう。

 同年5月初め、信長は庚申待(庚申の夜、三尸の難を避けるために帝釈天、青面金剛、猿田彦を徹夜でまつる習俗)の夜、柴田勝家ら重臣たちとともに酒宴を催した。酒宴の途中、光秀は小用に立った。すると突然、信長は「きんかん頭(禿げ頭)、なぜ中座したのか」と激怒し、槍(または刀)を光秀の首筋に突き付けたという。

 本当に光秀が禿げ頭だったのかは不明である。この出来事は、『義残覚書』『柏崎物語』『続武者物語』に書かれた話である。

 甲州征伐後の出来事とするのは『柏崎物語』であるが、柴田勝家は北陸に出陣中で、酒宴に参加する余裕などなかっただろう。『続武者物語』(国枝清軒著)では、酒が飲めない光秀に対して、信長が飲酒を強要したことになっているが、史実とは認めがたい。

 上記の話は信長が光秀に暴力を振るったり、嫌がらせをしたりした話であるが、いずれも良質な史料で確認できないものばかりなので、とても信じることはできない。

■饗応に失敗した光秀

 天正10年(1582)5月、信長は武田氏を滅亡した労をねぎらうため、徳川家康を安土城に招いて饗応することにした。この一件に関わったのが光秀だ。

 同年5月15日、家康は駿河拝領のお礼を申し述べるため、穴山梅雪(信君)を伴って、信長のいる安土城に参上した。このとき接待役という重大な役を任されたのが、光秀なのである。

 家康の一行は、光秀の屋敷を宿とした。信長は光秀の屋敷に足を運び、宴会に供される肴の準備状況を確かめようとした。ところが、時期は初夏の頃で、生魚が傷んでいたのか、すでに悪臭が門前に漂っていた。

 驚いた信長は台所へ飛んでいき、これでは家康のもてなしができないと激昂し、堀秀政の屋敷に宿を変えさせた。光秀の大失態である。体面を失った光秀は、用意した料理を器ごと堀に廃棄したので、安土城下一帯に悪臭が漂ったという。

 結局、光秀は家康の接待役を辞めさせられ、おまけに羽柴(豊臣)秀吉の援軍として、中国方面への出陣を命じられた。立場をなくした光秀は、信長を深く恨んだというのである。以上の話は『川角太閤記』に書かれたものだが、どのように評価されているのだろうか。

■ありえない話

 現在、一連の話は否定的が多数を占める。同年5月12日、光秀は家康をもてなすため、奈良の興福寺などに調度品の貸し出しを依頼し、それらは安土城に運ばれていた(『多聞院日記』)。

 『信長公記』にも「京都・堺にて珍物をととのえ」とあり、家康のもてなしには光秀の最大限の配慮が見られる。結果、家康の饗応は無事に終わったのである(『兼見卿記』)。光秀の失態が事実ならば、『信長公記』くらいには記述があるはずだ。

 したがって、信長が光秀に暴力を振るったとか、嫌がらせをしたとか、それに類した話については、どうしても否定的に受け取らざるを得ない。

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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