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安倍首相のイラン訪問に中東で高まる期待 日本は危機打開の仲介者になりうるか?

川上泰徳中東ジャーナリスト
「日本がイランと米国の仲介に乗り出す」と伝えるイランメディアのアラビア語サイト

 安倍晋三首相のイラン訪問に中東の報道では、緊張が高まる米国とイランの間の危機打開の仲介役への期待が高まっている。安倍首相が対イラン強硬派のトランプ大統領と親密な政治指導者とみなされていることから、安倍訪問があたかも米国とイランが対立から対話に転換する兆候とする見方さえ出ている。しかし、日本にそんな外交力があるのか、と心配になるほどだ。

 サウジアラビアの主要紙のシャルクルアウサト紙は11日付紙面の1面で「安倍首相は米国―イランの仲介のためにハメネイ師と会談する」という見出しで安倍首相のイラン訪問を扱った。記事では、「安倍首相は米国とイランの緊張緩和の仲介をする期待の中で、明日、テヘランを訪問し、イランの最高指導者ハメネイ師と会い、難しい外交の任務にあたる」としている。

 その前日の10日にはガッサン・シャルビル編集長はコラムで「安倍首相のテヘラン訪問は米・イラン危機の緊張を緩和するための外交努力として顕著な兆候となるだろう」として、訪問を特別視する理由を次のように列挙した。

 ・日本の首相のイラン訪問は1979年のイラン革命以来初めてである。

 ・安倍首相の訪問は米国が後押ししている。

 ・イランが正式に受け入れ、最高指導者ハメネイ師との会談まで決まっている。

 シャルビル氏は外交筋の見方として、「イラン政府は安倍訪問が失敗に終わって、米国政府内の対イラン強硬派を勢いづかせないために、弾頭ミサイルの射程など大量破壊兵器の領域で何らかの柔軟性を見せようとするだろう」と書く。さらに「米国はイランの体制転覆のための戦争を求めてはおらず、イランが交渉によって、その行動を変えることができればよいと考え、イランも米国との軍事的対決は望んでいない」として、安倍首相が両国の間で仲介に動く余地があることを示している。

 一方で、イランの最高安全保障委員会(SNSC)が安倍首相の訪問を前に訪問が成功する条件として「米国の核合意への復帰と、米国による経済制裁の解除と制裁による損失の弁償」を掲げたことを示して、イランが簡単に妥協しないことも指摘している。コラムは「表に出ている兆候や言葉とは裏腹に、米・イラン両国の深い不信感がある状況で、安倍首相は危機緩和と打開の期待を持ってテヘランに向かう」と結ばれている。

 シャルクルアウサト紙はサウジメディアの中でも、アラブ世界で広く販売されている。サウジで実権を握っているムハンマド皇太子は対イラン強硬派として知られるが、サウジを含むアラブ湾岸諸国が、地域に大きな混乱をもたらすイランとの戦争を望んでいるわけではない。安倍首相のイラン訪問にかなり期待を抱いていることは論調から伝わってくる。

 湾岸諸国の中ではイランと良好な関係を持っているカタールを拠点とするアラビア語衛星放送テレビ、アルジャジーラは9日付で、安倍首相のイラン訪問を報じ、「安倍首相はトランプ大統領との個人的な関係と、日本とイランの長年の友好関係によって仲介者の役を上手にこなす立場にある」と書いている。さらに日本の外務省関係者の高官の言葉を引用する形で、「両国と率直に話ができる国は日本だけだ」と伝えている。

 アラブ世界の有力国エジプトのアルワタン紙は「世界はイラン危機で日本の仲介を待っている」と題して、「世界のメディアが『類まれなる仲介者』と称する安倍首相は12日にイランに向かい、イランと米国の間の緊張を緩和するための外交任務に乗り出す」と期待を表明している。

 アラブメディアが安倍首相のイラン訪問に大きな期待を示しているのを見ると、アラブ諸国特有の親日感情から、日本の外交力を過剰評価しているのではないか、と思える。逆に、強硬な米国とイランの間で、安倍首相が何ら成果を挙げなかった時の失望が心配になる。

 一方のイラン政府は安倍首相の訪問を歓迎しつつも、サウジのシャルクルアウサト紙の編集長が指摘したようにイランの最高安全保障委員会(SNSC)が安倍首相の仲介に厳しい条件をつけており、米国に対して簡単に譲歩するとは思えない。

 それでもイランメディアを見ると、イランの英字紙のテヘラン・タイムズ紙は8日付で「日本の首相のイラン訪問が成功する勝算」という記事で、「安倍首相はイラン、米国の両国に対する友好関係を持っている。さらに日本は独立した中東政策を取ろうとする外交努力をし、中東で帝国主義的な歴史をもたないことから、イランとも信頼関係を築くことができる。そのような理由で、日本は本当の仲介者になりうる」と期待を表明している。さらに、「日本はエネルギーの80%を中東に依存し、それはホルムズ海峡を通過する。湾岸地域でのいかなる戦争や対決が自国の経済に多大な損失や損害につながる」と日本がペルシャ湾の緊張緩和に動かなければならない理由も挙げている。

 ただし、安倍首相の訪問が近づいた10日、イラン国会の国家安全保障・外交政策委員会のファラハトピシェ委員長は「安倍首相のイラン訪問は二国間関係の強化のためである。イランと米国の仲介者の話も出ているが、仲介についてはいかなる計画も提示されていない」と冷めた発言がイランメディアに出てきた。

 テヘラン・タイムズ紙も10日に米国にいるイラン専門家のナーデル・エンテサール南アラバマ大学教授のインタビューを掲載した。安倍首相が米国とイランの仲介に動くことになった理由について、「安倍首相はトランプ大統領と友人関係を築いている。トランプ氏は内政でも外交でも、自分がつくった個人的な関係に大きく依存している」と答えた。その上で、外交の成功の可能性について質問されて、「安倍首相はトランプ大統領のために、そのメッセージをイランに伝えるだけで、安倍氏が外交手腕を発揮できる領域は限られている。安倍訪問の重要性を過小評価するつもりはないが、イラン政府は安倍首相のイラン訪問に大きな期待をかけるべきではない」とくぎを刺した。

 エンテサール教授は「日本は第2次世界大戦の後、ほとんどすべての外交問題において米国政府に従属してきた。日本はイランに対する米国の政策に影響を与える立場にはない。つまり、日本には米国とイランの対立を解決するような独立した仲介役として動く能力はない」と言い切っている。

 テヘラン・タイムズが期待を込めて書いたように日本が独自の中東政策を取ろうとしたのは、80年代のことで、91年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争と、米国が中東への軍事的プレゼンスを強めるにつれて、イランに対する日本の独自外交の余地はなくなった。イラン政府や専門家は、日本外交の変化は十分知っているはずで、安倍首相の訪問に対して国民の間に広がった期待を冷まそうとしているのかもしれない。

 したたかなイランは、安倍首相の訪問が仲介役としては中身のないものであることは十分織り込み済みだろう。それでも、日本の首相としてイラン革命後初めてイランを訪れたことと、それがトランプ大統領の意を受けた訪問であるということで、イランにとってはすでに外交的な価値はある。安倍首相自身がイラン訪問で仲介役であることを殊更に強調しなければ、外交力の中身を問われることもないだろう。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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