Yahoo!ニュース

中朝国境、丹東市に住宅購入制限令

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中朝国境の街  中国遼寧省丹東市(写真:ロイター/アフロ)

 丹東市に住宅購入制限令が出るほど、中朝国境の街への期待が高まっている。ポンペオ氏が対北朝鮮への制裁維持を強調して中露を牽制し、中国政府は10数名の不法交易者を摘発したが、庶民の勢いは止まりそうにない。

◆丹東市の住宅価格が高騰

 「先生も丹東にマンションを買いませんか?」

 昔の教え子からメールが来たのは今年4月に入ってからのことだ。彼は北京を中心に不動産経営をしていたが、やがて拠点を天津に移し、のちに遼寧省に移していた。

 マンションを何件も購入しては、高騰した時期に転売し、富を蓄積していった男だ。最初筆者に北京のマンション購入を勧めたのは、まだ90年代末のことだった。5環(第5環状線)がまだ出来あがっておらず、これができたら5環以北の住宅価格が高騰するので、「今の内に」と勧めてきた。笑ってやり過ごしている内に、5環の建設も終わり、2008年の北京オリンピックが始まる頃には、住宅価格は6倍に跳ね上がっていた。

 一方、2002年、それまで中国人民銀行の総裁を務めていた戴相龍氏が天津市の市長兼副書記になると、改革開放後の繁栄から取り残されていた天津市は、いきなり著しい発展を遂げるようになる。それを見越して、すぐさま拠点を天津に移すといった具合に、その教え子の、時勢を読むビジネス感覚は優れている。

 その彼が、今度は遼寧省の丹東市に投資しようというのである。

 ビジネスの話にはまったく無縁の筆者ではあるが、この教え子の動きをたどっていると、中国の時勢が逆に読み取れる。

 このように不動産業者だけでなく、主として政府関係者が住宅を買い占めてはそれを転売して金儲けをするために、住宅価格が高騰し、一般庶民が「住むための住居」を購入できなくなるという情況をもたらしていた。住宅を購入できる程度の一定の富裕層あるいは中間層が不満を抱くことを中国政府は非常に恐れる。

 そのため中国政府は2010年に「住宅購入制限令」を発布し、二軒以上の住宅を商売用(転売用)に購入してはならないという制限を設けた。それも地域によって制限の仕方が異なり、「購入しにくくさせた」という表現の方が正確だろう。

 全国を「華北、華東、華南……」などに分けて、北京市、上海市など48都市に制限を設けた。遼寧省に関しては「瀋陽市」と「大連市」しか対象となっていなかった。

 だから今年4月21日に北朝鮮が「核を放棄し、全面的に改革開放を進める」と宣言してからは、丹東市に不動産業者が殺到し始めたのだ。

 時勢を先んじて読んでいた教え子は、その日の内に3軒も丹東市のマンションを購入していた。

 丹東市は北朝鮮の経済開発区である新義州と河一本を隔てて接している中朝貿易の拠点の一つだ。

 中国共産党系列のメディア「環球網」は、4月24日から25日にかけて住宅価格が48時間以内に57%も高騰したと伝えた。1平米3500元だったのが5500元になったという。

 こうして4月27日に、南北首脳会談が開催されたのである。

◆丹東市にも住宅購入制限令

 すると中国全土の不動産業者の多くが丹東市に殺到し、役所の登記機能がパンクしてしまった。

 登記予約票を発行したが、それでも追い付かない。

 そこで5月14日、遂に丹東市人民政府は、市独自の法規として「丹東市住宅購入制限令」を発布したのである。

 内容的には主として「振興区中心南路以東、江湾西路以西、黄海対外以南、鴨緑江大道以北、すなわち丹東新区区域の不動産を対象として住宅購入に関して制限を設ける」として、非当地(丹東市)戸籍人員が当該区域で居住するためではない住宅を購入する場合は、不動産権利を取得した2年以降でないと売買をしてはならないとか、金融危機(住宅バブル)を回避するために頭金など銀行の貸付規定を守らなければならないなど、細かな規制が設けられている。

◆辺境貿易の特殊性

 昨年5月1日のコラム「中国は北にどこまで経済制裁をするか?」で詳述したように、中国政府(国務院)は1992年に13の「辺境貿易都市」を指定したことがある。これは改革開放がなかなか進まないので、トウ小平が辺境地域に関しては地方人民政府の裁量で独自に交易を進めていいという特別措置をしたものだ。

 その中の一つに中朝国境(辺界)がある。

 北は吉林省延辺朝鮮族自治区の延吉市や南の遼寧省丹東市などが、その代表的なものだ。この丹東市がいま熱いのは、鴨緑江を挟んで、北朝鮮側に経済開発区・新義州があって、いま金正恩委員長がその開発に力を入れているからである。特にそこには中朝友誼橋(鴨緑江大橋)がある。

 まだ北朝鮮に対する国連安保理の経済制裁は解除されていないとは言え、庶民の間の交易は、すでに止めようもない。そこは中央政府ではなく、地方人民政府の正当な采配があるからだ。

◆ポンペオ米国務長官の呼び掛けに対応して

 7月20日、ポンペオ米国務長官は、国連安保理理事国の大使らと会談し、安保理の北朝鮮に対する制裁決議の維持を強化するように要請した。これは制裁緩和を呼び掛けている中露に対する牽制であることは明らかだ。

 それを事前に感知していたのであろう。中国は2日前の18日、丹東市で北朝鮮との交易に関して不法行為をしていたとして、10数名の企業関係者を拘束している。また延吉市では、北朝鮮の北東先端にある羅津(ラジン)先鋒(ソンホン)自由経済貿易区との交易禁止令に違反したとして数名の企業関係者が拘束された。

 国連安保理理事国大使として、中国の大使も呼ばれていたわけだから、当然、事前にポンペオ国務長官の発言は承知していたものと言えよう。ポンペオ発言があったときには反論できるように準備していたということは、「中国政府」としては、一応、建前上は国連安保理の対北経済制裁を遵守しているという形は取りたいものと考えることはできる。

 しかし、アメリカの反対で廃案になったとはいえ、中露は6月28日に国連安保理理事会で制裁緩和を呼び掛けてはいる。したがって、実際上はすでに緩和しているのと同じだ。

 7月9日のコラム「金正恩は非核化するしかない」に書いたように、習近平国家主席は、経済支援をしなければ、北朝鮮は非核化に進むことができないと考えているからである。

 関連の新しい情報に関しては、追ってまた考察する。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事