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金正恩は非核化するしかない

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
金正恩(キム・ジョンウン)委員長(写真:ロイター/アフロ)

 金正恩は習近平に段階的非核化と経済支援を取りつけたが、中国は北の非核化を絶対条件としている。北は訪朝したポンペオを強盗呼ばわりしたが、トランプの逆鱗に触れれば北は崩壊し、中国の支援がなければ破滅する。

◆習近平から経済支援を取り付けている金正恩

 6月20日のコラム「中国はなぜ金正恩訪中を速報で伝えたのか?――米中間をうまく泳ぐ金正恩」に書いたように、習近平国家主席は金正恩委員長を中国側に引き寄せるのに必死だ。そのため金正恩が主張する「段階的非核化」に賛同し、非核化の方向に動く兆しを少しでも見せれば、それを後押しするために経済支援をする方向で動いている。

 事実、6月28日、中国はロシアとともに、国連安保理の対北朝鮮制裁決議緩和案を安保理に提出している。アメリカが異議を唱えたため廃案となり、報道機関向けの緩和案として配布するだけに終わったものの、習近平が本気であることが見て取れる。

つまり、これまでの流れから見て、習近平は金正恩に対して以下の条件を付けた上で、「民生」という名の人道的支援の形で経済的支援をすることを約束していることになる。

(1)朝鮮戦争の休戦協定に終止符を打ち終戦協定に持っていき、朝鮮半島の平和体制を構築するに当たって、絶対に中国を外さないこと。

(2)必ず中国式の改革開放を進めること。「中国式の」という意味は、「中国の特色ある社会主義思想」に則って、「社会主義国家体制」を維持したまま、改革開放に移行することを示す。(それは昨年10月の第19回党大会で決まった「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を貫き、中国共産党による中国の一党支配体制を維持するのに不可欠な論理であり、同じ共産主義国家の北朝鮮が崩壊すると中国国内における共産主義統治に対する信頼性が失われるので、習近平は困るからだ。)

(3) 必ず核・ミサイルの開発を完全に放棄して、非核化を遂行すること。

◆中国はなぜ北の非核化を望むのか?――元中国政府高官を取材

 日本のメディアあるいは研究者たちは、「中国が北の核保有を望んでいる」と考える人が少なからずいるように見受けられる。

 しかし中国は、どんなことがあっても、北に核放棄をさせようと決意しているという。

 本当だとすれば、なぜなのか。元中国政府高官を、直接取材した。

 以下、Qは筆者、Aは元中国政府高官である。( )内は筆者の補足説明。

 Q:中国は本当に北の非核化を望んでいるのか?

 A:毫無疑問!(いかなる疑いの余地もない!当たり前だ!)

 Q:なぜか?その理由は?

 A:大きく分ければ三つある。

 第一.北の核・ミサイルは、北京を向かないとも限らない。

 第二.北が核放棄をしなければ、いずれ米軍は北を軍事攻撃するだろう。そうなると中朝軍事同盟がある中国は北を応援しなければならなくなる。しかし中国の軍事力は現段階では、とても米軍に及ばない。必ず負ける。となるとロシアが中朝側に付く可能性があるが、それは第三次世界大戦を招く。こういう事態は絶対に避けねばならない。また、中国がいま半島の戦争に巻き込まれれば中国の経済発展を著しく阻害するだけでなく、社会不安を招き一党専制の不安定要素となる。

 第三.北が核保有国となれば、南(韓国)が必ず核を持とうとする。北と南が核を保有すれば、必ず日本が持とうとする。中国は日本が核保有国になることだけは絶対に避けたい。

 Q:その第三は、日本の再軍備につながるからか?

 A:その通りだ。

 Q:アメリカ政府が機密解除した外交文書によれば、1971年に電撃的に訪中したキッシンジャーとの会談で、周恩来は日本の再軍備を強く懸念しているが、あれ以来、中国の日本に対する考え方は変わってないのか?

 A:変わってない。今後も、これは絶対に変わらない。

◆在韓米軍に関しては

 Q:ただ、在韓米軍の撤退に関しては、周恩来は最初は朝鮮戦争休戦協定違反だとキッシンジャーを責めたが、キッシンジャーが「いずれ撤退させる」と言いながら、「米軍が韓国から撤退すれば在日米軍が増強されることになるだろう」と言ったところ、周恩来はやや譲歩して、事実上、在韓米軍の継続を黙認した。あれは当時、中ソ対立があり、もし在韓米軍が撤退すれば、ソ連が北朝鮮を占領するだろうと考えたからだと思う。ソ連が崩壊した後、在韓米軍に対する中国の考え方は変わったか?

 A:これは変わった。なぜなら激しく対立していたソ連が消滅したからだ。今は中国はロシアとは非常に仲が良く、北朝鮮に対しては利害が一致している。

 Q:在韓米軍の撤退に関しても中露の意見は一致しているのか?

 A:一致している。

 Q:北朝鮮の非核化に関しても中露の意見は一致しているか?

 A:一致している。

◆金正恩は「中朝で一つの参謀部」形成と発言しているが

 Q:6月19日の三度目の訪中の夕食会で、金正恩は「中国の同志たちと一つの参謀部で緊密に連携していく」と言っているが……。

 A:同じ日の首脳会談で習近平が何と言ったかを思い出してほしい。習近平は「半島の非核化実現に向けた(北)朝鮮側の立場と決意を高く評価し積極的に支持する」と言っている。

 Q:だから「中朝で一つの参謀部」は、あくまでも「段階的非核化への闘い」と解釈していいのか?

 A:その通りだ。金正恩の非核化への決意は固いと中国は信じようとしている。しかしそれを実行するには(北)朝鮮人民の支持と納得がなければ、いくら独裁でもできない。金正恩は核保有強硬派である軍部幹部を下野させて経済発展を擁護する軍人たちを起用している。非核化に進むことは金正恩にとって国内的に厳しい状況にあるので、せめて経済的に豊かになったことを朝鮮人民に見せなければならない。中国が北を経済的に支援するのは、北の非核化を順調に進ませるためだ。

 概ね以上が、取材結果だ。

◆ポンペオ米国務長官の訪朝と北の反応

 7月6日、ポンペオ米国務長官が訪朝し、金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長と会談した。7日夜、朝鮮中央通信は、アメリカの態度を「実に遺憾極まりない」と批判する北朝鮮外務省報道官の談話を発表した。また「非核化問題とともに、朝鮮戦争の終戦宣言に関する問題などを並行して扱うことを提案したのに対し、アメリカ側は一方的に非核化だけを要求した」「アメリカ側は、完全で検証可能かつ不可逆的な非核化など、一方的で強盗的な要求だけを持ち出した」と非難した。

 その一方では、金正恩によるトランプ大統領宛ての親書をポンペオに渡し、そこには「首脳会談を通して結んだ関係と信頼が、今後の対話でさらに強固になるだろう」と、トランプを持ち上げる内容が書いてあったという。

 中国の中央テレビ局CCTVは、8日昼のニュースでポンペオ訪朝と北の反応に関して長い時間を割き、特集を組んだ。

 番組は、これはあくまでも金正恩の戦術であって、一種の「駆け引き」にすぎないと解説している。事実、アメリカ政府の官僚も、北朝鮮が不満を表明したことに関して「一つの交渉戦術にすぎない」と見ているとのこと。

◆当面は経済支援をしてくれる中国の側に

 思うに金正恩としては、今年9月9日に迎える建国70周年記念までに、なんとしても対話路線に転換したことによるメリットを自国民に見せなければならない。そのためには「完全非核化を見届けるまでは制裁を解除しない」アメリカよりも、北朝鮮の非核化と改革開放を促すために即座に経済支援をしてくれる中国の方が、当面はありがたいに決まっている。

 だから北の反応は、習近平が望んでいる朝鮮半島平和体制構築の中国参加などを「北朝鮮側は、ちゃんと主張しようとしましたよ」ということを習近平に見せ、「北朝鮮はアメリカ側に傾いてなく、中国の段階的非核化支持を、すごくありがたく思っていますよ」ということを習近平に知らせるというリップサービスであったと判断するのが妥当だろう。

 その習近平は、おそらく9月9日の北朝鮮の記念日に訪朝する可能性が高い。

 習近平としては、金正恩が改革開放を始めて「一帯一路」巨大経済構想に加盟してくれれば、中国の東北一帯に東側の海路への港が確保できる。AIIB(アジアインフラ投資銀行)による投資も、面倒な手続きがなく、実に簡単に審査基準を通過して直接投資ができるので実行するつもりだろう。

 中露は、北朝鮮への制裁解除は非核化実現のためだという論理で動いているので、実際上、すでに制裁は崩されているようなものだ。中朝国境では民間レベルの交易は既に活気を帯びている。

◆それでも北は非核化するしかない

 それでも中露ともに北の非核化は経済支援の前提としているので、金正恩は今となっては、その約束を破るわけにはいかない。ポンペオの「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」要求も実は非常に正しいのである(実際には「最終的かつ完全に検証された非核化」にトーンダウンしているようだが)。

 なぜなら、トランプとの約束を破れば、今度はトランプが黙っていないだろう。

 米中から挟まれては、今度ばかりは、これまでのように世界を騙すわけにはいくまい。

 金正恩は既に「非核化するしかない」ところに自らを追い込んでいるということができよう。

◆金正恩は身の程を心得るべき

 それにしても、北朝鮮外務省報道官は、「(交渉が)悲劇的な結果につながらない保証はどこにもない」と表明したそうだ。

 また金正恩得意の脅しによってアメリカから譲歩を引き出そうという戦術だろうが、少々危険過ぎはしないか。トランプの逆鱗に触れたら、本当に「悲劇的な結果につながらない保証はどこにもない!」。トランプが大統領中間選挙で困るだろうことから、何もできまいと高をくくっているとすれば、痛い目に遭うのは金正恩だ。身の程を心得た方がいい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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