「ドラゴン桜」の阿部寛が庭師で彫師役に。世界の映画人が集ったマレーシア映画を監督が振り返る
第二次世界大戦下のマレーシアの歴史を背景に、一組の男女の切ない愛情物語の真相が明かされていく映画「夕霧花園」。
製作国はマレーシアになる本作だが、世界の映画人がひとつになり、第二次世界大戦という歴史に向き合って作り上げた、1作といっていい。
キャストをみると、ドラマ「ドラゴン桜」の記憶がまだ新しい日本の阿部寛に、「The EYE 【アイ】」などで知られるマレーシア出身のリー・シンジエ、台湾を代表する名女優のシルビア・チャン、「オーシャンズ13」「ドラゴン・タトゥーの女」などで知られるイギリスのジュリアン・サンズらが出演。
スタッフに目を転じても、脚本をイギリス・スコットランド出身のリチャード・スミス、ヘアメイクをオーストラリアのニッキ・グーリー、衣装デザインをニュージーランドのニーナ・エドワーズとさまざまな国のメンバーが顔を揃えた。
そして、このスタッフとキャストを監督として束ねたのは、「九月に降る風」「星空」などで日本でも人気の高い台湾の気鋭、トム・リン。
いかなる経緯を経て本作は完成したのかをトム・リン監督に訊いた。(全二回)
台湾の名手がマレーシア映画を撮ることになった理由
まず本作「夕霧花園」は、トム・リン監督にとっては2015年の「百日告別」に続く作品となる。
台湾ではなく、マレーシア映画を撮ることになった経緯をこう明かす。
「いつも1本の映画を撮り終えると、もちろん次回作について考えます。
自分の撮りたいテーマや温めている企画があるので、そういったものを実現できないか模索します。
その一方で、わたしは、縁を信じているといいますか。ひじょうに大切にしています。
どういうことかというと、ありがたいことに、いまいろいろなところからオファーをいただいているんですね。
『こういう企画に興味はありませんか』『これを監督してみませんか』といった。
それで、いま自分の中では、自分の企画を実現させるよりも、この縁を信じてみようという気持ちが強い。
いただいたお話で心動かされるのであれば、やってみようという気持ちを大切にしているんです」
世界で分断が叫ばれる中、このことを描くことは意義があるのではないか
今回の「夕霧花園」はまさにそういった縁を感じた一作だったという。
「ある日突然、フェイスブックにメッセージが入ってきました。
今回のマレーシアの制作会社からでした。
それは、小説の映画化に向けて動いていて、すでに脚本の第二稿が出来上がっているとのこと、興味はないでしょうか?といったメッセージでした」
そこで原作(※マレーシアの作家、タン・トゥアンエンの小説「The Garden of Evening Mists」。同作は世界的に権威のある文学賞のひとつにあげられるイギリスのブッカー賞にノミネート、現代アジアの文学の中でも最も優れた小説に贈られるマンアジア文学賞と歴史小説を対象としたウォルタースコット賞を受賞している)を読むことにした。
「まず原作を読ませてくださいと先方にお願いしました。
第二稿まで出来上がった脚本を先によんでしまうと、いろいろと影響を受けかねない。
ということで、まずはまっさらな状況で小説の物語と向き合ってみたかったのです。
こうしてタン・トゥアンエンさんの小説を読んだのですが、ひと言で表すと、ひじょうに感銘を受けました。
とりわけ、主人公二人、テオ・ユンリンと中村有朋の感情のやりとりは感動的で心を揺さぶられるものでした。
また、この二人の姿というのは、戦時下においても人が民族や国籍を超えて互いを敬い、分かり合えることを物語る。
いま世界で分断が叫ばれる中、このことを描くことはひじょうに意義があるのではないかと思いました。
それで監督を引き受けることにしました」
慎重にかつ丁寧にマレーシアの史実に向き合わないといけない
とはいえ、時代背景は、マレーシアが独立する前、現在の同国とシンガポールが、第二次世界大戦中イギリス領マラヤと呼ばれ英国の植民地であったころのことになる。
物語は、1942 年に日本軍がマラヤを占領し、イギリス軍が退却。それから、3年間日本軍が支配し、その後も、1960年まで不規則なゲリラ戦争になり、12年間緊急事態と宣言されたという、マレーシアの悲劇的な歴史が深く関わる。さらに慰安婦や慰安所といったシビアな問題も絡んでいる。
当然、台湾のトム・リン監督にとっては生まれる前の話。しかも、自国ではない他国の歴史であり、さらには戦争という難しい時代の話でもある。
挑むことに躊躇はなかったのだろうか?
「おっしゃる通り、この作品はひじょうにマレーシアのみなさんにとって重要な歴史を扱っています。
映画というフィクションではありますが、物語には、リアルなバックグラウンドがある。
なので、わたしは慎重にかつ丁寧にこの史実に向き合わないといけないと考えていました。
まず、わたしはマレーシア人ではない。マレーシアの歴史に詳しいわけでもない。
ですから、少なくともマレーシアの方よりも倍以上はいろいろと学ばなければいけない、きちんと歴史を知った上で取り組まないといけないと思いました。
でも、一方で、わたしには台湾人としての強みもあると考えました。たとえば、登場する人物のどこにも肩入れすることなく彼らを客観的にみることができる。
物語全体もどの国が、どの人物がいい悪いとかではなく、冷静にひとつひとつの事態を見極めて描くことができると思いました。
となると、わたしが全神経を集中してやることはただひとつ。
時間をかけて自分の知識を増やし、いっしょうけんめいマレーシアの歴史を理解し、この物語で描くべきことを見極めることでした」
わたし自身が自信をもって演出するためにも、
知りえることはすべて知っておかなくてはならない
具体的にはどういった下準備をしたのだろうか?
「フィールドリサーチをして、関連の書物を読み、当時のドキュメンタリー映像も見ました。
戦争の体験者やこの時代を研究している学者にもインタビューをしました。
これらは歴史に関する部分ですが、一方で、文化芸術の方面のことも学びました。
たとえば、阿部寛さんが演じた中村有朋という人物は、ひじょうに有名な庭師でもありますが、入れ墨の彫師でもある。
浮世絵に関することも非常に詳しくて彼は、豊富な知識をもっている。
ですから、そのあたりのことも徹底的にリサーチして自分なりに学びました。
なぜなら、わたしは監督として中村という人物を演出しなければならない。
そのためには、そういうことがわかっていないと中村有朋という人物を演出できないと考えるからです。
わたし自身が自信をもって演出するためにも、知りえることはすべて知っておかなくてはならない。
ほかの登場人物にしても同じです。監督として演出をきちんとできるように努力しました」
そうしたリサーチを怠らない一方で、トム・リン監督は実体験も大切にした。
「やはりわたしは台湾人なので、マレーシアの風土や土地柄を感じたことはない。
今回の映画において、その感覚は解消しなくてはいけないと考えました。
なので、撮影に入る前に、わたしは現地でしばらく生活することにしました。
やはりその土地の空気や雰囲気、そこに流れる時間のようなことを身をもって体験することは大切です。
そのことで気づかされることもたくさんあって演出に生きてくる可能性がある。
あと、もうひとついいことがあるんです。
マレーシアに入ったら、いい意味でいろいろな雑念をシャットアウトすることができる。
台湾にいるとどうしても、次の企画のことを考えたり、関係者や知人と会わなくてはならなかったりと余計な予定が入ってしまう。
でも、マレーシアにいってしまえば、そこに友人も家族もいない。
そうなると、映画作りの準備に自ずと集中できて専念できる。この雰囲気の中に自分の身を置くことが今回はベストだと思いました」
(※第二回に続く)
「夕霧花園」
監督:トム・リン
脚本:リチャード・スミス
出演:リー・シンジエ、阿部寛、シルビア・チャン、ジョン・ハナー、ジュリアン・サンズほか
ユーロスペースほかにて全国順次公開中
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