凱旋門賞を勝った伯楽と三浦皇成騎手とのかかわり、そして贈られた言葉とは?
三浦皇成の語る「サー」
現地時間10月2日、フランスのパリロンシャン競馬場で第101回、凱旋門賞(GⅠ)が行われた。
日本馬が過去最多となる4頭も出走した事で注目を集めたが、ご存知のように勝ったのはイギリスからの遠征馬アルピニスタ(牝5歳、M・プレスコット調教師)。5歳牝馬による戴冠は1937年のコリーダ以来、実に85年ぶりの快挙となった。
GⅠ6連勝でこの偉業を達成した名牝を育てたのはイギリス皇室から”サー”の称号を得るマーク・プレスコット調教師。日本ではあまり馴染みのない名前かもしれないが、実は10年以上前に、日本のいくつかのメディアに取り上げられていた。
2008年にデビューした三浦皇成騎手。その年いきなり91勝を挙げ、それまで武豊騎手が持っていたJRAに於ける新人騎手の最多勝記録を大幅に更新。すると、2年目の09年、更に3年目の10年と早速イギリスの馬の街として有名なニューマーケットへ遠征。19、20歳の夏を現地でそれぞれ約1ヶ月、約2ヶ月と過ごし、修行をした。
その際、彼の面倒を見てくれたのがニューマーケットで開業するプレスコット調教師だったのだ。
「すごく紳士的な方でした」
当時を述懐する三浦はそう語る。
また、サーの人柄を表すエピソードとしては、こんな事もあった。
三浦のイギリス遠征後、初となる騎乗馬を用意してくれたのも彼だった。そのレースの前日、自らの書斎に三浦を呼んだ彼は「せっかくの初騎乗なので好勝負出来そうな馬を用意したよ」と言うと、更に続けた。
「ニューマーケットからは少し遠いけど、フォスラス競馬場まで行ってください」
彼が言うようにニューマーケットからフォスラス競馬場までは約450キロメートル。車で片道約5時間の行程となった。
しかし、少し遠いそんな競馬場でデビューさせたのにも、師なりの思い遣りがあった。
フォスラス競馬場は日本ではあまり馴染みのない競馬場だろう。それもそのはず、2009年に開場したばかりで、三浦が乗りに行った当時、正しく新たにオープンしたばかりの競馬場というのがウリだった。
では、何故プレスコットは三浦の初騎乗をそこにしたのか。当時、次のように語った。
「イギリスでは歴史の長い古い競馬場はそのほとんどが自然の地形をそのまま活かしたいわゆるトリッキーなコースです。そこへ行くとフォスラスは平坦のオーバル(周回)コースで、日本の競馬場に似ています。コウセイもここなら余計な気を使わずに乗れると思います」
ここまでの配慮に背中を押され、三浦はイギリスでの初騎乗初勝利を決めてみせた。
現在の皇成に贈られた言葉
余談だが、レース後の三浦は顔面を蒼白にして「久しぶりの競馬で追ったので気分が悪くなっちゃいました」と苦笑した。これがイギリスではスタンダードな起伏の激しい競馬場だったら、と考えると、見ていたこちらも冷や汗が出る思いだった。
閑話休題。三浦にとってイギリスの師匠が凱旋門賞を制した事に対し、あれから干支がひと回り以上して現在32歳となった彼は言う。
「凱旋門賞を勝つんですからね。凄いですよね。本当に素晴らしい人格者という感じの人だったので、報われて僕も嬉しい気持ちです」
ちなみに凱旋門賞のレース前、プレスコットと言葉を交わすと、彼は言っていた。
「コウセイは元気にしているかい? 良いジョッキーになったかい? またイギリスへ来たければいつでも受け入れるよ、と伝えてください」
そして、最後にひと言、笑いながら続けた。
「アルピニスタに乗せられるかは分からないけどね」
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)