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調査報道をどう続けるか 伊ペルージャのジャーナリズム祭報告

小林恭子ジャーナリスト
ローラン・リシャール氏(撮影Bartolomeo Rossi)

 ()「メディア展望」6月号掲載の筆者記事に補足しました。)

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 今年4月17日から21日まで、イタリア中部ウンブリア州の州都ペルージャで、恒例の「国際ジャーナリズム祭」が開催された。今年は18回目にあたる。欧州を中心に世界中からやってくるジャーナリスト、メディア企業の編集幹部、学者、学生、テクノロジー・エンジニア、一般市民などが500を超えるセッションに参加する。

 筆者は2年ぶりにジャーナリズム祭に足を運び、ウクライナ戦争を始めとする戦争・紛争に関連したセッションや、国家によるメディア統制の窮状を伝えるセッションを回ってみた。

調査報道を続けていくために

 「沈黙を余儀なくされたジャーナリストの調査をいかに続けていくか」と題されたセッション(4月19日)は、冒頭に2021年にノーベル平和賞を受賞したロシアの独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」のドミトリー・ムラトフ編集長を迎えた。在ロシアのムラトフ氏に仏非営利組織「フォービドン・ストーリーズ」がインタビューした動画による参加である。

ムラトフ氏(撮影Bartolomeo Rossi)
ムラトフ氏(撮影Bartolomeo Rossi)

 プーチン政権下のロシアで、メディア統制がより厳格化していることは良く知られている。2022年、ロシアの裁判所はノーバヤ・ガゼータの発行免許をはく奪する判決を出した。翌年、法務省はムラトフ氏をスパイと同義の「外国の代理人」に指定。「ロシアの内政外交に否定的な見方を醸成する情報の拡散に参加した」ことがその理由だ。

 このような状況下でもムラトフ氏がロシアに居続けるのはなぜなのか。

 ムラトフ氏はロシアの人権団体「メモリアル」の幹部だったオレグ・オルロフ氏の例を挙げた。「メモリアル」は2022年にノーベル平和賞を受賞している。友人でもあるオルロフ氏にムラトフ氏は「このまま政権批判を続けたら、投獄されるぞ」と警告し、逃亡を促したが、オルロフ氏は同意しなかったという。

 今年2月、オルロフ氏はウクライナ侵攻に反対して軍の信用を失墜させたとして禁固2年6月の実刑判決を下された。「全員が亡命するわけにはいかないし、ロシア国民がまだここにいる」とムラトフ氏はロシアに住み続ける理由を述べた。

 ムラトフ氏によると、ロシアのジャーナリズムに対する脅威として、政治圧力のほかに「報道の自由が国民の最優先事項ではないこと」があげられるという。

 「国民は心身の安全や汚職の撲滅、生活水準向上の方をより重視している」。

 現状では、「報道の自由がなければ、汚職は撲滅できないのだということを国民に十分に納得させていない」と指摘した。

共闘

 国家レベルでの弾圧や戦争によって、ジャーナリストが報道を停止せざるを得なくなる状態をどう解決していくのか。セッションは複数のパネリストに問いかけた。解決方法の1つは「ジャーナリスト同士の共闘」である。

 フランスのジャーナリスト、ローラン・リシャール氏は2017年、権力者の圧力によって報道停止となった案件を復活させることを目的として「フォービドン・ストーリーズ」を設立した。

リシャール氏(撮影Bartolomeo Rossi)
リシャール氏(撮影Bartolomeo Rossi)

 直近の例では、アゼルバイジャンの調査報道組織「アブザス・メディア」で汚職疑惑を追っていたジャーナリストが逮捕されたことを知り、12の報道機関とともに調査を続行した。欧州連合からの資金がアゼルバイジャンで悪用されている実態を突き止めた。「遠い国の話」ではなく、欧州に住む市民全員に関連性が高い事件だとリシャール氏はいう。

 この調査に参加した一人が独立調査組織「ペーパー・トレイル・メディア」を南ドイツ新聞の元同僚とともに立ち上げたバスチャン・オーバーマイヤー氏である。同氏は、国際的な課税逃れの実態を暴露した「パナマ文書」報道(2016年)に当初からかかわったジャーナリストだ。

オーバーマイヤー氏(撮影Bartolomeo Rossi)
オーバーマイヤー氏(撮影Bartolomeo Rossi)

 「複数の報道機関が関わることで、インパクトが大きくなる」とオーバーマイヤー氏はいう。単独の組織や一人のジャーナリストだと権力者が圧力をかけて報道を停止させてしまいがちだが、世界の複数の国の報道機関がまとまって調査報道を行うことで、つぶされにくい状況ができるという。

監視ソフト「ペガサス」報道から3年

 本誌2022年5月号の本欄で紹介した、調査報道「ペガサス・プロジェクト」は「フォービドン・ストーリーズ」にリークされた5万件の携帯電話の番号が発端だった。人権擁護組織「アムネスティ・インターナショナル」の協力で、イスラエルの企業NSOグループが開発したモバイル端末用スパイウェア「ペガサス」がリークされた電話番号の半数にアクセスした痕跡を見つけた。

 ペガサスは監視相手のスマートフォンから様々な情報を取得できる。該当する電話番号の持ち主は政治家、人権活動家、ジャーナリストなどだった。

 2021年、10か国17の報道機関が参加した「ペガサス・プロジェクト」報道は、複数の国の政府がこのソフトを利用して監視活動を行っていることを明らかにした。

 「ペガサス・プロジェクトから3年経ち、規制は実現するのか、それともさらに道は遠いのか」(4月20日)と題されたセッションでは、携帯電話をペガサスに侵入されたジャーナリストらが体験談を語った。

ペガサス・プロジェクトについてのセッション(撮影Diego Figone)
ペガサス・プロジェクトについてのセッション(撮影Diego Figone)

 ラトビアに拠点を置くロシア語メディア「メドゥーザ」の最高経営責任者ガリアナ・トムチェンコ氏は自分の携帯電話がペガサスにハッキングされたのは「自分が不用意な使い方をしたからではないか」と自分を責めたという。

 2023年、ロシア当局は同メディアを「好ましくない組織」に指定し、ロシア国内での運営を事実上禁止した。ロシア国民がメドゥーザに協力することも禁じた。

 トムチェンコ氏は携帯電話に入っているジャーナリストや協力者の個人情報が漏洩する可能性に動揺したという。

トムチェンコ氏(撮影Diego Figone)
トムチェンコ氏(撮影Diego Figone)

 報道後から4カ月後の2021年秋、米議会はNSOグループを貿易取引制限リストに載せた。翌2022年3月、欧州議会ではペガサスなどのスパイウェアの使用状況を調査する委員会を発足させている。こうした動きはスパイウェア業界に強い警告のシグナルを送るはずだが、実際はどうなのか。

 セッションにズームで参加したアムネスティのアニエス・カラマル事務局長はペガサスのようなソフトは「簡単にはなくならない」という。「新しいテクノロジーであるために完全に排除するための法律や規制が追い付かない」。

 また、対象者に気づかれずに監視するソフトはこれを使おうとする側にとっては「利便性が高すぎる」ので、全面的な禁止への動きができにくいという。

ズームで話す、カラマル事務局長(撮影Diego Figone)
ズームで話す、カラマル事務局長(撮影Diego Figone)

 来年の国際ジャーナリズム祭は4月9日から13日まで開催予定だ。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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