相手に気持ちよく人に動いてもらう7つのスキル(3/4)
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研修やコンサルティングで高橋浩一さんに寄せられる悩みのうち、最も多いのが「人に動いてもらいたい場面で、思うようにいかない」ということだそうです。人に動いてもらう場面で、相手から疑問や反論をぶつけられると、誰だってその瞬間はよい気分にならないでしょう。しかし、自分の取り組む仕事に対して、何らかの「壁」が発生するということは、自分の世界が広がるチャンス。壁を乗り越えた先には、新しい未来があります。
<ポイント>
・ビジュアルで論点を整理する
・相手の言葉を深掘りしていくことで、思い込みを外していく
・ホワイトボードは一緒につくりあげていくもの
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■「見える化する力」
倉重:よくメモを取るのがうまい人がいますよね。そういう人はビジュアルで情報を整理するコツを知っているのかもしれません。本に図解をするときのパターンがあったので、それを載せてもいいですか。
高橋:はい。「図解をするときの6パターン」ですね。図解がうまい人というのは、単に絵を描くのがうまいのではなくて、物事の関係性をきちんと捉えている人だと思うのです。
高橋:先ほどのダウンサイジングの話がありましたけれども、何かと何かを比較する、あるいは、ビジョンを実現するために、どういう変化をしていきたいのか。その引っ越しのプロセスを言葉にしていくとか、倉重さんの弁護士事務所は、どういう業界の方のポジションなのかといったことを理解しておくと、もっと考えやすかったりします。あとは、考える要素を縦軸で整理するとか、どうしても図解しきれなければ、ただ並べるのでもOKです。
倉重:図解の検討順位まであるのですね。
高橋:そうですね。図解と言われて皆さんがイメージするのは、この辺りが多いと思います。田んぼの田の字のようなものなのですが、こういうものは意外と軸の選定が難しいことがあります。
倉重:確かに、その場で、ぱっと考えるのは難しかったりしますよね。
高橋:コンサルティング業界にいた人などは慣れているので、簡単に縦軸と横軸を引いたりしますけれども、それは結構難しいことなのです。私がお勧めするのは、物事の関係です。何かが対立していたり、変化があったり、手順があるほうが考えやすいのではないかと思っています。
倉重:確かにそうですね。図解パターンも知っておくだけで、枠にはめて検討できるのでいいなと思いました。
高橋:ありがとうございます。パターンがあると落としどころができるので考えやすいですよね。
倉重:私も絵を描くのは下手なのですがホワイトボードは結構得意で、何となく自分の頭の中で無意識にしていたのですが、こういった概念図をパターン化すると、よりいっそう引き出しやすくなるなと思いました。
高橋:これは「見える化する力」なのですが、やはり図解というのは本当にインパクトがあります。先ほどホワイトボードとおっしゃいましたが、一緒にいる場でまとめると、ものすごく納得感が深まりますよね。
倉重:自分としては当たり前のことを書いているだけなのに、すごく納得してもらえますし、「写真を撮らせてください」と言われることが結構多いですね。
高橋:それはもう本当に鮮やかな見える化をされているのだと思います。
倉重:絵は、ものすごく下手なのですが。
高橋:不思議なことに、あまりきれいだと逆に思い入れが湧かなかったりします。お客さまと一緒にホワイトボードに書いて、少しぐちゃぐちゃになったときに、きれいな所だけを残して、あとは消そうとする方がいるのです。でも、そのプロセスは全部取っておいたほうが、後になっても全部分かりますよね。「きれいな部分を残すのはいいのですが、ぐちゃぐちゃの部分こそちゃんと残しておきましょう」といつも言っています。
倉重:では、「1回の会議につきホワイトボード1枚で何とか議論する」という感じですか。
高橋:いえ、何枚も消して書き直してもいいですよ。ただ、私のお勧めは、最後の最後にまとめるのではなく、中間で軽くまとめる方法です。
例えば、「ここまでの話をホワイトボードで整理させてもらってもいいでしょうか」と言って、ミーティングの最後の残り数分でまとめられると、「ちょっと違うな」と思っても間に合わないですよね。真ん中のタイミングでまとめると、少しズレているところの修正も利きます。やはり見えているから議論がしやすくなりますよね。
倉重:ゼロから一緒に作り上げていっている感じがいいのでしょうね。最初から用意されたPowerPointのビジュアルでは駄目なのでしょうね。
高橋:そうですね。PowerPointを用意していく方の場合は、プレゼンモードにしないで「ここが難しいんですよね」という感じでリアルタイムに書き加えていきます。
倉重:共に編集作業をしていくわけですね。一緒に作った世界に1つの提案資料として残りますね。
高橋:綺麗さよりも一緒に作っているプロセスを通して納得感が深まるということが重要です。今回の「気持ちよく人を動かす」中でも「共に創る」と名付けているゆえんでもあります。
■「思い込みを外す力」
倉重:「でも、過去にこうやって失敗したからね」という思い込みがあったりしますね。
高橋:思い込みは頭の中の固定観念の世界ですので、大体見える化をしても乗り越えられない壁が出てきます。それに当たったときは、思い込みを外す力が必要です。
倉重:5つ目のスキル「思い込みを外す」ですね。
高橋:例えば、先ほどのお客さまの反論の例を挙げますと、「使いこなせるかどうか不安です」と言われて、「もう少し詳しく聞かせていただけますか」と聞いていくわけです。「うちの社員はそんなにレベルが高くないのです」という言葉にすぐさま反論してしまうと、無理やり説得することになってしまいます。「なぜそういうことをおっしゃるのか」と聞くと、大体過去の事実が裏側にあります。
過去の事実が明るみに出てくると、「そういう事実があったから、そういうふうに強く思われているのですね」というポイントが見えてきますよね。
倉重:なるほど。深掘りをしていくと分かるわけですね。
高橋:特に倉重さんのように、事実や論理を武器に仕事をされている世界の人からすると、事実を冷静に見ていったら思い込みだったということがあると思います。そのまま「思い込みですよね」と指摘すると、少々角が立ちます。「なぜそう思われたのですか」と問い直していくと、「これは私の思い込みかもしれませんね」という台詞がお客さまのほうから出てくるのです。
倉重:話しているうちに、お客さん側も「自分はここに引っかかっていたのだな」と気付くパターンもありそうですね。
高橋:そうですね。人から問いかけられることによって気付くこともあります。思い込みを外すというのは、言いくるめたり、説得したり、無理に、強引に言い聞かせるというよりも、相手の中にあるバイアスや思い込み、歪んで捉えているところについて、自然と気付いてもらうということです。
倉重:気付きを促すということなのですね。「人は留保したい生き物である」とも書いてありましたね。
高橋:よくダイエットの例を出すのですが、「体に悪いから夜食は我慢する」「でも食べたい」というせめぎ合いになると、普通の人なら「ダイエットは明日から」となると思います。
倉重さんは、よく筋トレの動画をアップされていますが、そういうストイックな方は世の中ではごく一握りで、大体の人は誘惑に負けてしまうわけです。健康診断の結果がものすごく悪ければ節制しようと思うかもしれません。大体の人は保留したいのだけれども、衝撃的な事実を目にすると心が変わります。でも、お客さまを怖がらせるわけにはいかないので、メモの提示という意味で、ホワイトボードがあると物事が進みやすいと思います。
倉重:しかも、そのホワイトボードは一緒に作り上げていっていますからね。
高橋:最初は丁寧に聞いていくところから段階を踏んでいくと、すっきり感が生まれて、相手も耳を傾けるようになってきます。
倉重:お客さんも、そもそも思い込みであることに気付いていないパターンもありますよね。
高橋:そこで見える化できると、気付いてもらいやすいです。
倉重:これは本当に、お客さんに限らず、部下との関係性にも影響がありそうだなと思いました。
高橋:社内のコミュニケーションにもホワイトボードを使っても全然いいと思います。やはりビジュアル化されると、相手も分かりやすいですから。
倉重:部下を持つ人は、みんな意識したほうがいいと思います。
■「軸を動かす力」
倉重:次が6個目の「軸を動かす力」ですね。
高橋:あとは損得勘定のところです。倉重さんも、とてもいい営業をされて、移転をこの会社に任せたいと思っても、ものすごく高い見積もりが来たらさすがに考えますよね。
倉重:高過ぎだろう、と。
高橋:倉重さんのところはビジネスがうまく行っているので、そんな悩みはないかもしれませんが、普通の人は費用対効果で考えます。たまたま本の中でも引っ越しの例を挙げているんですが、大抵は家賃や築年数、利便性を比較します。
倉重:一人暮らしで引っ越しをする場合ですね。
高橋:そうです。ここでは一人暮らしの引っ越しのケースです。駅近で新しいけれども家賃は高い、古いけど広い、とにかく安いけどほかの条件はあまり良くない、といったものです。大体ものを決めるときは、最初は分かりやすい数字の基準から入ると思います。
倉重:家賃が一番分かりやすいですよね。
高橋:内見をしているうちに、いいなと思う物件が出てきますよね。そういうときに何が起きるかというと、当初は想定していなかったような基準が増えていくのです。オフィスの移転は私も経験がありますが、「これは若い社員がとても喜びそうだな」とか「ビルの名前の響きがいいな」ということがあると思います。それは、最初の判断基準には大抵入っていないですよね。軸が動くときは、この判断基準が書き換わるときです。
倉重:「こういういいところがあるのなら、もう少しお金を出してもいいかな」とか周りの環境ですね。
高橋:そうですね。イケてる感を先ほどの倉重さんの会社のビジョンに結び付けると、やはり「次のステージはここだ」という感じに変わっていきます。それを狙ってやっていくのが、この軸を動かす力です。
倉重:なかなか難しくないですか。その相手の行動理念というか、会社のかなり深いところに立ち入らないと駄目ですよね。
高橋:具体的にどういうふうに軸を動かすかというと、観点としては3つあります。網羅感、具体化、優先順位です。例えば先ほどの、倉重さんの事務所の引っ越しの例で言うと、まだ話題に出てきていない判断基準を出します。例えば「こういうのは若い社員に喜ばれそうですよね」というと「それは考えていなかったな」となるのが、網羅感の観点です。
具体化というのは、「倉重さんが先ほどおっしゃっていたビジョンのこの部分は、まさしくこのオフィスのここで表現できます」というふうに変換してあげます。普通、ビジョンとオフィスというのは、すぐに結び付くものではないと思いますが、説明されると「なるほどね」と理解されたりします。
倉重:確かにそう思います。
高橋:優先順位というのは、「AとB、どちらを大事にしますか」というふうに問い直すことで、買い手側からすると冷静に全部は実現できないのだったら、こちらを優先されればいいか、というようになります。この網羅感、具体化、優先順位という3つを問うのが、軸を動かす力の中でのポイントになってきます。
倉重:この3つの大きいクエスチョンに当てはめて聞いてみるのは、どんな場合でも利いてくるのではないかと思います。結構やり取りして、相手のことが分かったなという段階で、これをやるのですよね。いきなりやっても駄目なのですよね。
高橋:はい。まだ深まっていないですよね。先ほどの話で言うと、倉重さんの事務所の移転で営業に来た会社が、いきなり要件を詰めさせてくださいと言っても、「えっ」となりますよね。
でも、倉重さんが直々に語られているビジョンを聞いて、それが深まってきた段階でこの話が出てくると、いい感じで一緒に詰めている感じがしますよね。
倉重:そうですね。確かにいきなり聞かれても、「お前は俺のこと何も知らないくせに」と思ってしまいますよね。
高橋:煮詰まってきた段階で、整理してあげるということです。
(つづく)
対談協力:高橋 浩一(たかはし こういち)
東京大学経済学部卒業。外資系戦略コンサルティング会社を経て25歳で起業、企業研修のアルー株式会社に創業参画(取締役副社長)。事業と組織を統括する立場として、創業から6年で70名までの成長を牽引。同社の上場に向けた事業基盤と組織体制を作る。2011年にTORiX株式会社を設立し、代表取締役に就任。これまで4万人以上の営業強化支援に携わる。
コンペ8年間無敗の経験を基に、2019年『無敗営業「3つの質問」と「4つの力」』、2020年に続編となる『無敗営業 チーム戦略』(ともに日経BP)を出版 、シリーズ累計7万部突破。2021年『なぜか声がかかる人の習慣』(日本経済新聞出版)、『気持ちよく人を動かす 〜共感とロジックで合意を生み出すコミュニケーションの技術〜』(クロスメディア・パブリッシング)を出版。年間200回以上の講演や研修に登壇する傍ら、「無敗営業オンラインサロン」を主宰し、運営している。