『少年ジャンプ』『ビッグコミック』50周年のマンガ界が迎えた大きな転機
2018年は集英社発行の『週刊少年ジャンプ』と小学館発行の『ビッグコミック』が創刊50周年を迎える。前者については昨年から50周年を記念した「ジャンプ展」を始め、様々な企画が行われているし、後者も2月に50周年記念号を発行したのを始め、周年企画が続いている。『ビッグコミック』で創刊号から少し経って連載が始まった「ゴルゴ13」は12月に50周年記念を行う予定だという。また50年前に『週刊少年マガジン』で大人気だった「あしたのジョー」もこの春、連載から50年を記念した企画をいろいろ行っている。
今年は日本のマンガ界にとってひとつの節目なのだが、その節目にあたってマンガ界が今どういう状況に置かれ、これからどうなろうとしているのか。それを特集したのが4月7日に発売された月刊『創』5・6月号「マンガ・アニメ市場の変貌」だが、そこで提起した幾つかの問題をここで紹介しておきたいと思う。『創』は1990年代半ばから毎年、この時期にマンガ特集を掲載し、マンガ界を定点観測してきたが、90年代半ばに『週刊少年ジャンプ』が653万部発行というピークを極めて紙のマンガ市場が大転換して以来の大きな変化がこの1年ほど押し寄せているように思う。
以下、『創』マンガ特集の総論の部分を紹介しよう。
紙のコミックスをデジタルが凌駕したというニュースをめぐる議論
先頃、出版科学研究所の発表したデータが大きな波紋を投げた。マンガの単行本、いわゆるコミックスの市場において、ついに紙のマンガをデジタルが凌駕したというデータだった。新聞やテレビがニュースとして扱い、海外でも報道されたという。
しかし、今回取材して耳にしたのは、それは本当なのかという疑問の声だった。マンガ界に圧倒的影響力を持つ講談社、小学館、集英社の3社のマンガ部門担当者の口から、いずれも同様の疑問が発せられた。
それらの出版社で、確かにデジタルは伸びているとはいえ、紙とデジタルの売り上げ比はまだ7対3くらいで、逆転したというのは実感とかなり離れているというのだ。
こういう疑問が出てくる背景には、デジタルコミックのデータ集計が、紙のように簡単でないという事情がある。そもそもほとんどの出版社がそのデータを公表していない。デジタルコミックは、例えば紙の単行本のように1冊ごとでなく1話ごとの販売もなされるし、期間限定で無料公開といった施策も頻繁に行われている。データのとり方が紙の本ほど単純でないのだ。マンガがほとんど紙だった時代に比べると、市場全体を把握することが極めて困難になっているのは間違いない。
そんなふうにデータをとるのが難しくなっているのは、それだけマンガをめぐる世界が大きく変容しつつあることの反映だ。特にこの1~2年のデジタルへのシフトはマンガの世界を一変させかねないほどの劇的な変化といってよい。
そういう状況下で、新たに様々な問題も生じている。昨今、大きな問題になっているのは違法サイト、海賊版の横行だ。この1~2年、かなりの規模と技術を使った海賊版サイトが増えつつあるという。マンガもきれいに読めるし、許諾を得ずに作品をアップしているために品揃えもよい。マンガをデジタルで読むことが一般化したことを背景に、大規模で巧妙な違法サイトが横行し始めているというのだ。これが作家や出版社にとって深刻な問題になりつつあるという。
加速度的に部数が落ちている紙のマンガ雑誌と書籍
さてそうした事情を説明したうえで、出版科学研究所が先頃発表したデータを紹介しておこう。
『出版月報』2月号で発表された「紙&電子コミック市場2017」によれば、2017年のコミックス(単行本)とコミック誌を合わせた市場では、紙が前年比12・8%減の2583億円、電子が同17・2%増の1747億円。コミックスだけを比較すると、紙が1666億円で電子が1711億円。比率は紙49・3%に対して電子が50・7%。わずかではあるが、紙のコミックスの売り上げを初めて電子コミックスが上回ったというのだ。
大手出版社では、紙のマンガ雑誌は既にほとんどが赤字で、そこでの連載をまとめたコミックスで収益を上げるというビジネスモデルになっている。ところがその紙のコミックスも急激に市場が縮小しているというのだ。確かに『週刊少年ジャンプ』が典型なように大型の人気連載がこの2年ほどで次々と終了しており、その分、コミックスの売り上げが激減しているのは確かだ。『創』では毎年マンガ特集で講談社、小学館、集英社の大手3社の1年間のコミックス初版部数ベスト15のランキングを掲載しているのだが、かつてのように初版100万部クラスの作品が上位にたくさんあった時代と大きく様変わりしている。
ただ一方で指摘しておきたいのは、初版10万~20万部の、ベスト15の下にある作品数が増えているという。デジタルでの連載が増えたことによって発表される作品の数が大幅に増え、昔のようなビッグヒットは出にくくなった代わりに中ヒットの作品が増えているという。つまりマンガをめぐる市場構造が変わりつつあるというわけだ。
マンガは紙かデジタルかといったデバイスの垣根を越えて、むしろキャラクターやコンテンツをどうビジネスとして展開していくかというふうに考えられるようになりつつある。
それはアニメビジネスにおいてはさらに顕著で、配信を含めてアニメの発表媒体が多様化するとともに、ゲームとの連動や海外配信を想定してコンテンツを戦略的に展開するという考え方が一般化しつつあるといえる。
『ジャンプ』『ビッグコミック』50周年という節目
日本のマンガの歴史は戦後、1959年に『週刊少年マガジン』『週刊少年サンデー』が創刊された時に大きな幕開けを迎えた。それまではマンガといえば1コママンガが全盛だったり、マンガ雑誌といえば月刊誌だった時代があった。少年向けの週刊マンガ誌の登場は、手塚治虫さんが作り上げたとされるストーリー漫画の本格的幕開けでもあった。
日本のマンガの次の大きな転機といえば1968年に本格的な大人向けのマンガ雑誌『ビッグコミック』が誕生したことだ。最初は新たな市場開拓は簡単ではなかったようだが、その後70年代から80年代にかけて青年誌と言われるマンガ雑誌が次々と創刊され、新たなジャンルが拡大していく。それまで子ども向けのものと思われていたマンガ市場は一気に拡大し、テーマもファンタジーや学園ものだけでなく、社会的なテーマがマンガで描かれるようになった。
これは週刊少年マンガ誌を読んで育った世代がちょうど10年を経て大人になっていった時期と重なっている。つまりマンガを読んで育った世代が成人になるにしたがって、成人向けのマンガ市場が形成されていったのだった。
1968年はもうひとつ、当時全盛を極めていた『週刊少年マガジン』『週刊少年サンデー』に約10年遅れて『週刊少年ジャンプ』が創刊された年でもあった。後発ゆえに著名作家に頼らずに独自に新人を発掘しようと試みていろいろな手法を開拓していった『週刊少年ジャンプ』は70年代に急速に伸びていった。
80年代から90年代前半というのは、週刊少年誌市場も拡大したうえに青年誌という新たな市場も広がっていった、大手出版社にとってはまさに黄金時代だった。マンガが経営の屋台骨を支えるドル箱となったのだった。
その頂点は1995年だった。その年、全国紙の毎日新聞を凌駕する653万部という発行部数を記録した『週刊少年ジャンプ』は、『ドラゴンボール』『スラムダンク』『幽遊白書』という人気連載が次々と終了したのを機に、一気に部数を落としたのだった。
同誌が昨年、200万部を割った時もニュースになった。他と比べればまだ巨大な部数だが、それにしてもピーク時に比べると3分の1以下になっているわけだ。ゲームなどの登場によって子どもたちの娯楽が多様化したことなど時代の変化に伴う市場の変容といえよう。
1959年の週刊少年マンガ誌の誕生以降を第1期、1968年以降の青年誌市場の誕生と拡大を第2期とすると、この2~3年は紙のマンガが落ち込んでデジタルコミックが伸びていくという第3期にマンガの歴史は至ったというべきだろう。出版科学研究所のデータが正しいとすると、コミックスの紙とデジタルが逆転した2017年がその転換点と言うべきかもしれない。
マンガをめぐる次の10年の覇者は誰になるのか
同時にそれは、これまで続いてきたマンガをめぐる構造が変わったことを意味する。データのとり方を含めて、これまでの物差しが当てはまらなくなりつつあるのだ。そしてもうひとつ注意すべきは、これまで戦後一貫してマンガを作り出してきたのは出版社だったのだが、それがへたをすると変わりかねない局面だということだ。出版社がこれまでそうしてきたように、今後もずっとマンガの世界で圧倒的地位を確保していけるという保証はないかもしれないのだ。
それゆえ今、大手出版社は、単にマンガの作品を提供するだけでなく、デジタルコミックの領域でも主導的地位を確保しようと試行錯誤を続けている。特にこの1年ほど、デジタルコミックの世界は戦国時代というべき状況に突入しつつある。ライバルは他の出版社だけでなく、他の業種になりつつある。現状ではコンテンツを開発する手腕においてはIT業者はいまだに力足らずではあるのだが、出版社とて安穏としていられる状況でないことは確かだろう。次の10年間でマンガをめぐる状況はどう変わっていくのだろうか。
発売中の『創』のマンガ・アニメ特集号では、紙のマンガはもちろん、大手3社だけでなくLINEマンガなどデジタルコミックの現状、海外でのライツ展開、アニメをめぐるフジテレビやテレビ東京の戦略、KADOKAWAの独特な展開など、様々な角度から日本が誇るマンガ・アニメ市場をレポートしている。ぜひご覧いただきたいと思う。