安倍昭恵さんとの「対談」と、その影響力、政治性について
表題のとおり、昨日10月26日、安倍昭恵さんと総理公邸にて「対談」しました。ただ、ぼくの認識では安倍昭恵さんがFacebookの投稿で書かれている「対談」と一言でまとめるには、もう少し背景が複雑ですので記事にしておくことにしました。
対談は一般的に、主催者と企画があって成立するものです。雑誌の場合は出版社、ネットの場合はIT企業の編集部が、企画を作成し、論者を検討し、対談を収録します。ぼくも何度も引き受けたことがありますし、安倍昭恵さんに関するものでいえば、今夏政治の界隈では話題になった『AERA』誌の2016年8月8日号などもその典型例でしょう。この号の大特集は「子のない人生」。その巻頭インタビューに安倍昭恵さんが登場しています。
それに対して、今回の「対談」は下記の記事の、ぼくの長いコメントがきっかけでした。
安倍昭恵首相夫人の独自活動は自民党メディア戦略の一環か?(週プレNEWS)- Yahoo!ニュース
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160910-00071741-playboyz-pol
ネットでも話題になった、安倍昭恵さんと三宅洋平さんの邂逅について、『週刊プレイボーイ』誌からのコメント依頼があり、引き受けたものでしたが、その2日後に谷崎テトラさんからFacebook経由で「安倍昭恵さんが会いたいと言っている」という連絡がありました。選挙や政治を扱う仕事柄、それなりに政治家とのいろいろな「コミュニケーション」は経験があります。「圧力」ととるかどうかはケース・バイ・ケースといわざるをえませんが、一定の時間がたってから電話や編集部に(たいてい記録を残しにくいからではないかと思しき電話で第一報がきます。最近はスマホなのですぐ録音できてしまうのですが…)連絡を取ってくることが大半です(編集部とネットで同時に「コミュニケーション」してきた人もいらっしゃいましたが…)。なので、それなりに慣れているつもりではありますが、批判的な記事を書いてから随分な迅速に、ネット経由で、総理夫人本人の意向となると、さすがに例外尽くしということでいささかの驚きは禁じえませんでした。また社会起業家やメディア業界の知人たちのなかには安倍昭恵さんと面識のある方が何名かいるので風の便りで人物像については少し聞いていましたが、ちょっと身構えました。そこで、ぼくから面識のあるBLOGOS編集部にコンタクトを取って、コンテンツにできるのであれば、という条件でお引き受けしたというのが背景です。ですので、一般の対談とは性質が異なっているということは強調しておきたいところです。
ただし結論を先取りすると、詳細は2週間以内にはコンテンツとして公開されることになると思いますが、直接的な意味での「圧力」どころか、詰問口調での質問さえありませんでした。さらにいえばちょっと拍子抜けというか、安倍昭恵さんはそれほどぼくに関心を持っていたというわけでさえなかったという印象です。というのも、形式的には先方から呼ばれて「対談」したことになると思いますが、なぜか「対談」は主に谷崎テトラさんとぼくから質問するというかたちで進行しました。安倍昭恵さん本人からの質問はかなり少なく、ぼくのこれまでの仕事や主張に強い関心を持っておられる様子ではありませんでした。名刺代わりに『メディアと自民党』と『民主主義』を持参しましたが、これらの書籍の著者であることもあまり認識されていなかった様子でした(その意味でいえば「対談」して明らかになった安倍昭恵さんの関心との兼ね合いでいうなら、『無業社会』をお持ちすればよかったと少々後悔しています)。しかし意図せずというべきか、「対談」では、前述の『AERA』誌に掲載されたインタビューとはまったく違う角度から、安倍昭恵さんの素の「人となり」に迫る内容になっており、これはこれで広く読んでいただく価値のある実りあるものになったと確信しています。
考えてみれば、総理夫人の政治性と影響力というのは、なかなか興味深い論点です。政治家本人は自ら立候補して、選挙で有権者から選ばれるという意味において、主体性と正統性の比較的明確な契機があります。その一方で、総理夫人となるとどちらも明確ではありません。いわば「非公式な政治的影響力」とでもいうべきか、あるとき突如として本人の好みとはまた別の次元で、公人となることを要請されるわけです。日本の場合、選挙の応援演説に行くことも求められるでしょう。安倍昭恵さんも同様です。今夏の参院選においては、たとえば自民党の朝日健太郎議員の応援に立たれたようです。
こうした事実を考慮すれば、好むと好まざると「総理夫人」という看板は少なくともその立場にある限りは下ろすことができないといわざるをえないのではないでしょうか。多様な人のつながりや日本のファーストレディとして極めて新しいタイプの個人での積極的な活動も、多くの人が安倍昭恵さんの政治性や影響力を期待することでかたちになっている側面もあるだけに、その役割を引き受け、より生産的な活動につなげていっていただきたいと思います。安倍昭恵さんは「話して分かり合えない人はいないと信じている」という趣旨の発言を随所でされていますが、対象的にというべきかぼくは「原則として人は分かり合えないが、共存することもできる」と考えています。「対談」してもやはり我々は「分かり合えた」とはいえませんが、その「成果」は遠くないうちに広く読んでいただけるコンテンツになるはずですので、ぜひ楽しみにしていただければと思います。