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在宅勤務で「ビデオ終日オン」はパワハラ?精神的疲れを防ぐコミュニケーション術【#コロナとどう暮らす

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
リモートワーク中、PCのカメラでつながる職場の人たち(イメージです)(写真:アフロ)

Yahoo!ニュースでは新型コロナウイルスを経験した社会が今後どのように変化していくのか、皆さんが不安に感じていることをコメント欄に記載する記事を公開しています。その中にリモートワーク中のコミュニケーションに不安を感じている方がいらっしゃいました。産業医として私なりの見解を述べたいと思います。

リモートワークで生まれる悩み

新型コロナウイルス感染防止のため、リモートワークの導入が進んでいます。社員の皆さんにとっては通勤ストレスから解放されるといったメリットが大きい一方で、さまざまな弊害や課題も浮かび上がってきています。

上記コメント欄では「リモートワークだと周りの人が見えないから仕事を頼みづらい」と訴えた同僚に対して、上司が言い放った言葉は「では皆さん、同僚が見えていないと不安ならば、PCのビデオカメラを終日オンにしましょう」だった、と打ち明けています。これは監視かパワハラか…と困惑している様子がうかがえます。

企業の産業医として最近はオンラインで行っている面談の中でも、リモートで働く皆さんの悩みが多く聞かれます。悩みは物理的なものと精神的なものがあります。

物理的な悩みは

  • 仕事のスペースが確保できない
  • 子どもの声やテレビなどの騒音
  • ネット環境の不備
  • 眼精疲労

などが目立ちます。

精神的な悩みは

  • 評価が不安で通常より頑張りすぎて疲労感
  • 監視されているような圧迫感
  • 仕事の共有ができずに孤独感

などが挙げられます。

活気が出るか疲弊するか、その違いは?

リモートワークを導入した企業側も、慣れない対応続きで疲弊が見られます。ところが、社員が生き生きと働いて通常時よりむしろ活気を感じる企業も中にはあるのです。

つい先日もあるIT関連企業でこんなことがありました。

数か月前まで仕事を休みがちでモチベーションも低下しているように見えた20代の男性社員が、リモート勤務になってから見違えるように勤務状況が良くなり仕事のペースも上がっていることがわかったのです。

調子が悪かった男性社員は同年代の同僚との関わりや朝の通勤が苦手な傾向がありました。リモート勤務になり他人との関わりに神経を使わずに済むようになった分、仕事に集中できたことが好調の要因になっていると思われます。

またオンライン会議だと余計な忖度がなくなり決定がスムーズで、リモートのほうが仕事がはかどるというお話も聞きました。

「ビデオ終日オン」はパワハラか

一方、リモートワーク導入で疲弊している企業の特徴としては、リモートに抵抗感が強く「出勤できない事情を抱えた社員がすること」というイメージを持っている社員が多い傾向が見られます。特に対面でなければうまくいかないという思い込みの強い管理職が多い企業では、その思い込みが社員を精神的に追い詰めている傾向が強いのです。

というのは、管理職の中には「自分の目で見ていないと管理できない」「見られていないと社員はさぼる」と考えている人がいます。こうした上司を持つ部下の悩みとして「パソコンの前に座っていないとさぼっていると思われる」という不安から、「休憩が取りにくい」「トイレにも行けない」「宅配便が届いても出られない」という状況で疲労感が募るという声が上がっています。

管理職が仕事の成果ではなく社員の勤務態度を管理しているような状況で、社員は仕事の成果ではなく勤務態度を評価されていると不安を感じます。それがストレスになり、業務を行う上でマイナス要因になります。

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上記コメントのような「ビデオカメラを終日オンに」という上司の言動により、部下が心身の強いストレスを感じて業務に支障が出る場合、その言動はパワハラといえます。部下は監視が強まると受け止め、仕事環境を不快なものと感じてしまうおそれもあります。

管理職の皆さんには、ジョブデマンドコントロール(JDC)モデルについてぜひ意識していただきたいと思います。

管理職が意識したい JDCモデル

JDCモデルとは、スウェーデンのカロリンスカ医科大学ストレス研究所のロバート・カラセク博士が提唱した理論です。労働のストレス要因と健康障害について研究してこのモデルを提唱しました。

このモデルは「仕事の要求度(仕事量や時間、緊張)」と「仕事のコントロール(自由度)」のバランスによりストレスの強度が変化するというものです。簡単に言い換えると、仕事の量や難易度は同じでも、仕事の進め方や勤務体制に関してどのくらい自分に決定権があるかでストレスの強度が変わるということなのです。

カラセク博士は仕事の要求度と自由度により仕事を4つのタイプに分類しています。

  • 第1は仕事の要求度も自由度も低いタイプ
  • 第2は仕事の要求度は低く自由度が高いタイプ
  • 第3は仕事の要求度は高く自由度が低いタイプ
  • 第4は仕事の要求度も自由度も高いタイプ

4つの中で最もストレスリスクが大きいとされているのは第3です。忙しい中で絶えず上司など他者にコントロールされ、自分のペースで仕事ができない―この状態が最も大きなストレスを生みます。一方、仕事の要求度が高くても仕事の進め方に裁量権があり自由度が高い場合の第4では、生産性や満足感は高くストレスは抑えられます。つまり仕事の要求度だけがストレス要因になるのではなく裁量権や自由度が大きな要素になるのです。

いまコロナ対応下で業務量が増えたり難易度が高まったりで、通常より「仕事の要求度が高い」状態の職場は少なくないでしょう。そんな中で絶えず上司など他者にコントロールされ、自分のペースで仕事ができないような「自由度が低い」状況はなるべく避けたいところです。

「ビデオカメラを終日オンに」という呼びかけは、働く人の自由度を低下させ、ストレスを高める原因になり得ます。さらに仕事の手伝いを頼みにくい、つまりサポートを得にくい環境が重なると、一層ハイリスクといえます。上司の意識改革が不可欠といえるでしょう。

社員はアイデアを出し声を上げよう

一方、部下の側からもリモート業務をスムーズに進める工夫や相談の仕方など、自らアイデアを出すことが有効といえます。

「リモートだと同僚の業務状況がわからないからやりにくい」という点を解決するためには、例えば各自の仕事の進捗がわかるように共通のサインを掲示しておく、あるいは仕事が一段落してゆとりができた人が同僚を手伝える時間帯を掲示しておく、といった方法も考えられます。

会議という堅苦しいものでなく簡単な顔合わせの時間(1日15分程度)を確保し、雑談する雰囲気の中で、仕事のやりにくさを改善するための提案を出してみてはいかがでしょう。

その上で「ビデオ終日オンは緊張するので控えたい」と上司に伝えてみるのです。管理職の立場の方々には、こうした声が出やすい雰囲気づくりをした上でしっかり耳を傾け、環境整備に努めていただければと思います。また、仕事ぶりが見えないから評価されないのではないかと怖くてつい仕事をやりすぎるという「過剰適応」状態になっている方もいます。毎朝、自分の仕事の目標点を確認してメモにしておく、うんざり気分になるまで仕事をしない、など自分を追い詰めない工夫も必要です。

リモートワークでどうしたら生産性が上がるのか、企業にとっては手探りの状態ですが、このテーマは管理職も一般社員も一体となり共同で取り組むテーマだといえます。オンライン会議などに使うツールの機能や活用法に詳しい若手の能力を発揮できる場にもなるはずです。日々業務にあたる社員の皆さんが働きやすい形になるように積極的に声を上げ、管理職はその声をきちんとキャッチする。その繰り返しが、気持ちよく持続的に働ける場を作ることになるはずです。ぜひ前向きに取り組んでほしいと思います。

※記事をお読みになって、コロナ後の働き方についてさらに知りたいことや疑問に思っていること、自分なりの乗り越え方などのアイデアがありましたら、ぜひ下のFacebookコメント欄にお寄せください(個別の回答はお約束できませんのでご了承ください)。

また、Yahoo!ニュースでは「私たちはコロナとどう暮らす」をテーマに、皆さんの声をヒントに記事を作成した特集ページを公開しています。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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