天皇賞でハナ差の大接戦を演じた2頭の騎手は、それぞれ何を想って戦ったか?!
人気のフィエールマンと穴馬スティッフェリオ
5月3日、京都競馬場で行われた春の天皇賞(G1)。ゴール前はスティッフェリオ(牡6歳、栗東・音無秀孝厩舎)とフィエールマン(牡5歳、美浦・手塚貴久厩舎)の競り合いになった。北村友一にいざなわれ先行策から早目に抜け出したダークホースのスティッフェリオ。これに対し、クリストフ・ルメールが騎乗し後方から進んだのがフィエールマン。最後に襲いかかった。2頭の鞍上はそれぞれどのような想いで令和最初の春の天皇賞を戦ったのか。当事者である2人に聞いてみた。
いきなり手前味噌で申し訳ないが、この天皇賞、私は新聞紙上の予想で本命をフィエールマン、対抗をスティッフェリオとしていた。ディフェンディングチャンピオンのフィエールマンは戦前から有力視されていたが、スティッフェリオは少々、奇をてらった予想だった。そして実際に前者は単勝2・0倍の1番人気だったのに対し、後者は単勝64・2倍。11番人気の低評価だった。
スティッフェリオの手綱を取ったのは北村友一。過去に5回、コンビを組んでいたが、最後に乗ったのは2018年の7月。当時は準オープンに出走し、2着に敗れていた。1週前の4月22日、そして直前の29日にも調教で騎乗。先述した通り注目される立場ではなかったが、次のように感じたと言う。
「大きな成長はしていないと思いました。正直、天皇賞で足りるとは感じられませんでした」
そう言いつつも「昔からバランスは良い馬だと思っていました」。悪い馬ではないという感触は持っていたのだ。
一方、フィエールマンに騎乗するC・ルメール。新型コロナウイルスの影響で移動を控えたため、中間の調教には騎乗出来ず。前走の有馬記念ではアーモンドアイに乗っていたため、更にその前の凱旋門賞以来のタッグとなった。
「追い切りの様子をテレビでチェックしたところ、綺麗なフットワークで走っていました。だから不安はありませんでした」
レース当日の両頭の雰囲気は……
レース当日に発表されたフィエールマンの馬体重は前走比プラス8キロの490キロ。これを聞いても主戦騎手の脳裏に不安の叢雲が広がる事はなかっただろうか?
「休み明けだったので増えているのは覚悟していました。だから体重は確認しませんでした。それよりも雨が降って来ないのが良いと思いました。道悪になってもフランスみたいな馬場になるわけではないから大丈夫だけど、出来るなら綺麗な馬場でやれた方が良いと考えていましたから」
パドックで跨った時は「元気一杯で踊っていました」と言い、更に続けた。
「でもいつもの事ですから心配はしませんでした。手塚先生からは『先々週の追い切りで少し掛かったから、道中はプレッシャーをかけないようにして欲しい』と言われました。それは丁度、僕がイメージしていた通りでした」
その時、北村はスティッフェリオの上で次のように感じていた。
「馬の雰囲気は変わらずいつも通りでした。『これが良い方に出てくれれば……』と思いました。レースは『少し後ろから脚をためて行ければ……』と思っていたくらいでとくに作戦は考えていませんでした」
6番枠という絶好のゲートからスタートを切ると、北村の思惑に反してスティッフェリオは好発から逃げるか?という構え。結局ダンビュライトが行ったため2番手を追走する形になった。
「思ったより前になったけど、ペースが遅かったので自然とそうなった感じでした。気楽に乗れる立場でもあったので慌てる事はありませんでした」
かたや昨年のチャンピオンホースは大外14番枠からスタートを切って10番手。後ろから数えた方が早い位置だった。
「前を壁に出来ない可能性のある大外枠は少し気になりました。でもスタートを切ったらパニックになる事もなくリラックスして走れたのですぐに他の馬の後ろに入れる事が出来ました」
そのままの位置取りで1度目の3コーナーから4コーナーへの坂を下ったスティッフェリオに対し、フィエールマンは少し番手を上げた。最初の1000メートルは63秒0の緩い流れ。1周目のスタンド前を走る両頭は、いずれも少し行きたがる素振り。「ペースが遅くて行きたがったけど、我慢出来る範囲でした」と北村が言えば、ルメールは「ちょっと掛かったけどミルコ(シルヴァンシャー)の後ろにいたので大丈夫でした」と語った。そして、2人にとって救世主となったのがキセキの存在だった。武豊の乗る17年の菊花賞馬は1周目のスタンド前で番手を上げ、1コーナーを回る時には先頭へ躍り出た。お陰で3番手となったスティッフェリオの上で北村は「少し楽になった」と感じた。
「キセキが行ってくれた事で流れました。これで折り合いもだいぶ楽になりました」
ルメールも同意する。
「ユタカさんが内の馬と併せないように少し外を回っているのが見えました。併せると掛かる心配があるからそうしているのだと思ったけど、それでも先頭に立ったから、ペースアップしてくれると確信しました」
最後は馬体を並べてゴール
リーディングジョッキーが考えた通りになった。序盤の1000メートル通過地点から次の1000メートルは60秒4。「遅いままだったら苦しかったけど、助かりました」とルメール。馬群は向こう正面を駆け抜け3コーナーの上り坂へかかった。先頭はキセキ。少し開いてダンビュライト。更に少し開いてスティッフェリオは相変わらず3番手。この絶好位にも、しかし鞍上は「しめしめ」とは思っていなかった。
「良い感じで走ってくれているとは思いました。ただ、正直、この時点でもまだ『どこまで頑張ってくれるかな?』という思いだったので、動いていこうという気はありませんでした。無心で乗っていた感じでした」
一方、ルメールは先導役をシルヴァンシャーからミッキースワローに替えたと言う。
「ミッキースワローが外からポジションを上げていきました。この馬が有力馬なのは分かっていたので、ついていこうと思いました」
ただし、北村同様、勝負に行くのはまだ早いと考えていた。
「フィエールマンは末脚に懸けた方が良い馬です。4コーナーまではジッとしていようと思いました」
直線に向くとキセキが一杯になった。馬場の真ん中を通ってスティッフェリオが先頭に躍り出る。内を突くも伸びを欠くユーキャンスマイルに対し、大外に出されたフィエールマンはエンジンに火をつけ一完歩ごとに前との差を詰めてきた。
その時の心境を両騎手は次のように語る。まずは北村。
「直線に向いてからもバテる事なく伸びてくれました。『お?! 伸びるな……』という感じで追いました」
一方、ルメールは……。
「直線半ばで伸びた時は正直、楽勝出来るかと感じました。でも単走になってモノ見をしたので鞭を入れて集中力を高めさせました」
再び北村の弁。
「良く伸びてくれたので『あれ?勝てるの?』と思いました」
しかしその時すでに前年の王者はこのダークホースをロックオンしていた。
「併せればまた伸びると思ったので、スティッフェリオ目掛けて追いました」
こう語るルメールに対し、北村はその鞍上でスティッフェリオの脚が上がるのを感じた。
「最後の5完歩で一気に止まってしまいました。最後までソラを使うような事はなかったけど、さすがに一杯になってしまったんです」
2頭の馬体が並んだところがゴールだった。その瞬間、彼等は勝敗を見分けられたのか? 北村は言う。
「勢いが違ったのでほんの少しだけ負けたかと思いました。ゴールした直後にクリストフが『ギリギリ~!!』って言っていたのですが、それが『ギリギリかわせた』という意味なのか、それとも『ギリギリ届かなかった』という意味なのか、分かりませんでした」
この言葉の真意を発した本人に聞くと、彼は答えた。
「勝ったか負けたか分かりませんでした。どっちにしても差がないという意味で言いました」
大接戦の末に……
結果は皆さんご存知の通り。フィエールマンが平成と令和をまたいで春の天皇賞を連覇した。ルメールが勝利を知ったのは脱鞍所まで上がってきた時だった。
「厩務員さんが『勝っている』と言い、手塚先生がガッツポーズをしていました。それで勝ったと分かり、ホッとしました」
無心で乗っていたという北村だが、さすがに悔しさを滲ませた声で言う。
「終わってみたらハナ差でしたからね……。悔しかったし、あそこまでいったら勝ちたかったと思いました。でも、自分としてはやれる限りの事はやったという気持ちもあるので後悔はしていません」
一方、一昨年の秋から天皇賞4連覇を果たしたルメールは言う。
「前日は1つも勝てず、当日もたくさん人気馬に乗せてもらっていたのに1勝だけと、なかなかうまくいきませんでした。でも、天皇賞に引きずらないように『競馬だからそんな事もある』とポジティブに考えるようにしました。そしてフィエールマンを信じてモチベーションを上げていきました。結果、差は僅かでも勝てて嬉しかったです。凱旋門賞では力を発揮出来なかったけど、やっぱりフィエールマンは強くて凄い馬です!!」
3200メートル走った先に待っていた僅か数センチの差の明と暗。2頭は果たしてこれからそれぞれどのような道を進むのか。今後、紡がれるであろう新たな物語にも注目したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)
*今回は新型コロナウイルスでの影響で電話での取材となりました。レース直後にもかかわらず対応してくださった両騎手に感謝いたします。とくに惜敗で悔しい思いをしているにもかかわらず真摯な対応をしてくださった北村友一騎手、ありがとうございました。