地味に成立した金商法等改正法の派手な破壊力
法律改正により、金融サービス提供事業者は、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」とされた意義は何なのか。
重要な改正法の成立
金融庁は、行政の目的として、経済の持続的成長と、国民の安定的な資産形成とを掲げていて、この目的実現のために、金融機能の高度化を推進しているわけですが、そのなかで、とりわけ重視しているのが投資運用業の抜本的な改革です。なぜなら、経済の持続的成長にとって、産業界のガバナンス改革は必須であり、投資運用業は、そこで極めて重要な役割を演じ、また、なによりも、資産形成の直接的な担い手だからです。
そうしたなか、11月20日に、「金融サービスの提供に関する法律」の改正法が成立しました。この新しい法律は、金融行政の大きな歴史的転換を示すものなのに、その真の意義は、現状、まだ十分に理解されていないようですが、今後、時間をかけて、金融界に浸透し、非常に大きな影響を与えていくものと思われます。
法律の歴史的経緯
歴史的には、2001年4月に「金融商品の販売等に関する法律」が施行され、2020年6月の改正により、そこに新しい金融サービス仲介業が導入されたのに伴い、「金融サービスの提供に関する法律」と改称され、更に、今回、資産形成の促進普及のための「金融経済教育推進機構」の設立が加わって、「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」へと名称変更されたわけです。
そして、改正法では、第1条の法律の目的に、「国民の安定的な資産形成及び適切な資産管理を促進するための基本的事項を定めること」と、「金融サービスの利用環境の整備」とが加えられ、第2条で、資産形成について、「金銭、有価証券その他の金融資産の運用により、資産を形成すること」と定義されました。
もともと、「金融商品の販売等に関する法律」は、金融商品の販売に際して、販売業者が説明義務を怠り、そのために顧客が損失を被った場合に、販売業者が損害賠償責任を負う旨の規定に、制定目的がありました。今回の改正でも、この規定自体に変更はありませんが、二度の改正で、法律の目的が大幅に拡充されたために、第1条の目的から、販売業者の損害賠償責任に関する文言は削除されています。
新しい誠実公正義務
旧法の第24条には、「金融サービス仲介業者並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」との規定があり、「金融商品取引法」の第36条にも、「金融商品取引業者等並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」とありました。いわゆる誠実公正義務の規定で、同様のものは、「銀行法」にもあったわけです。
今回の改正では、これらの古い誠実公正義務が全て削除され、替わって、第2条において、「金融サービスの提供等に係る業務を行う者」が負う誠実公正義務が一元的に規定され、その内容も、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」と変更されたのです。今後、「最善の利益を勘案しつつ」が挿入された意味について、特に「最善」とは何かについて、活発な議論が展開されていくと予想されます。
民法の特例法か規制法か
業者が金融商品の説明を怠り、そのことで損失を被った顧客は、不法行為による損害賠償責任を定めた民法第709条の規定に基づいて、損害賠償請求の訴訟を起こそうとすれば、原告として、業者の説明義務、損害の因果関係、損害額などを証明しなければならないのに対し、この法律は、説明義務違反から直ちに業者の損害賠償責任を認めて、かつ損害額の推定規定を置くことで、原告の負担を軽減しています。
つまり、この法律は、金融規制関連の法律であるにしても、法律の身分としては、規制法ではなく、民法の特例法になっているわけです。しかし、それでも、金融行政の一翼を形成しているのは、損害賠償請求を簡易化したことで、業者が負う金融商品の説明義務に間接的な履行強制力を付与しているからです。
今回の改正で新たに設けられた誠実公正義務については、金融商品の説明義務についてのような特別な手当がなされていないことや、そもそも、規制法である「金融商品取引法」等から移行された経緯もあって、規制法の規定と考えるほかないようですが、この法律の性格については、今後の更なる改正の可能性も含めて、高度な議論の対象になるはずです。
「顧客等」の「等」の意味
新しい誠実公正義務は、第2条にあるように、「金融サービスの提供等に係る業務を行う者」の全てに適用されます。そして、第2条第2項において、対象となる事業者の範囲が広く定義されていて、ここに金融商品取引業者や銀行等が含まれるので、「金融商品取引法」等から、誠実公正義務が削除されたわけです。
ここで極めて重要なことは、確定給付企業年金と確定拠出企業年金も対象とされたことです。企業年金においては、企業等の制度運営の関係は、制度の加入員と受給者に対して、新しい誠実公正義務を負うことになりますが、加入員等について顧客という言葉は馴染まないので、「顧客等」として、「等」に含ませたわけです。
金融庁所管の事業者については、他の法律にあった誠実公正義務が削除され、新しい法律に一元化されたのですが、厚生労働省の所管である企業年金については、同様の対応はあり得ないので、従来からの企業年金関連法にある忠実義務と、新しい誠実公正義務とが併存することになったわけです。
この併存の意味するところや、二つの監督官庁の管轄の分担については、現時点においては、必ずしも明確ではなく、これから詳細が決められていくのでしょうが、例えば、基金型の確定給付企業年金の場合、理事は、現在の法律では、基金に対して忠実義務を負うのに対して、新しい法律では、加入員等に直接に誠実公正義務を負うなど、重要な構造上の相違のある点に注意がいるでしょう。
「金融経済教育推進機構」
機構設立の前提として、法律に、新たに、「金融サービスの利用環境の整備等」という表題の大きな章が設けられました。その第82条には、「政府は、国民の安定的な資産形成の支援に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針を定めなければならない」とあり、従来から国民の投資教育、あるいは金融教育といわれてきた課題について、政府主導の推進母体として、機構が置かれるということです。
なお、この機構は、第137条により、金融庁長官の管轄下に置かれます。また、現在は、日本銀行の金融広報中央委員会において、金融教育活動がなされていますが、今後は、新設された機構に、その業務が移管されるのだと考えられます。
企業の新たな責任
第85条には、「事業主は、その事業に支障のない範囲内で、その従業員を対象とする国、地方公共団体又は次条の金融経済教育推進機構による安定的な資産形成に資する制度の利用の促進のための取組並びに安定的な資産形成に関する教育及び広報に協力するよう努めるものとする」とあります。
ここで次条とされる第86条は、機構の目的を定めたもので、そこでは、「適切な金融サービスの利用等に資する金融又は経済に関する知識を習得し、これを活用する能力の育成を図るための教授及び指導を推進することを目的とする」とされています。
この事業者の協力義務については、現段階では不明の点が多いわけですが、もともと、確定拠出企業年金の運営について、従業員の投資教育に関する企業の責任が問題になっていて、今回、確定拠出企業年金が金融事業者とされ、加入員・受給者の最善の利益を勘案しつつ、誠実かつ公正に業務を遂行する義務を負ったこともあって、企業にとっては、極めて重要な経営課題になるのでしょう。