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起訴された元ヒステリックブルー・ナオキの報道が途絶えてしまった気になる事情

篠田博之月刊『創』編集長
ヒステリックブルーの会報より。下段右がナオキ(筆者撮影)

続報がほとんど途絶えたナオキの逮捕事件

 2020年9月23日に逮捕された元ヒステリックブルーのナオキの事件、マスコミの続報がないので、どうなったのかと思っている人も少なくないだろう。

 実はナオキは10月14日に起訴された。逮捕時点で大きな報道がなされた割には、起訴などの続報がほとんどなされていないのには、ある事情があった。起訴の際に示された罪名が、逮捕時の「強制わいせつ致傷」から「強制わいせつ未遂」に変更になっていたのだ。

 逮捕時の報道では「女性に後方から近づき、口をふさいで押し倒してわいせつな行為をしようとして、右ひじにかすり傷を負わせた」(朝日新聞)とされていた。押し倒して云々という報道を見れば誰もが、レイプ未遂事件と受け取るだろう。でも捜査が進むうちに、どうもそうではないことが明らかになったようだ。

 前回の下記の記事に書いた通り、私は逮捕翌日にナオキに接見して話を聞き、マスコミ報道と本人の説明が違っていることを指摘した。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20200924-00199887/

性犯罪で再び逮捕された元ヒステリックブルーのナオキに警察署で接見した

  

 その時の本人の説明によると、事件のあった7月6日の午前2時過ぎ、彼は被害女性に背後から近づき、口を塞いで胸などに触ろうとした。ところが女性が驚いて大声をあげたため、現場から逃げ去ったという。

 ちなみに前回の記事で「両手で口を押さえた」と書いたが、そうではなく口を押さえたのは片手で、もう一方の手で胸などを触ろうとしたようだ(前回の記事のその部分を修正しました)。ところが女性が動転して転倒、その際に右ひじを擦りむいた。ナオキ自身は慌てて逃げ去ったため、女性が転倒したことやひじを擦りむいたことを知らなかったらしい。

 そのあたりについては裁判で明らかになると思うが、いずれにせよ「押し倒してわいせつな行為をしようとした」との報道は誤りだったわけだ。警察もどうしてそういう報道になったのか首を傾げているという。押し倒してわいせつ行為というのと、口を押えて体に触ろうとしたというのでは、相当印象が違う。

 マスコミがレイプ未遂事件のような伝え方をしたのは、当時、警察がそういう見立てをしていたからだろうと思う。正式な発表ではなかったにしてもオフレコの取材では、警察もこの事件を重大視しているという感触を伝えていたのだと思う。

前科を考えて警察もマスコミも重大事件と

 警察がそういう見立てをしたのは、ナオキが、かつて2004年にレイプ事件を起こして12年間も服役していたという前科に目をつけたからであることは明らかだ。まだその時点で、逮捕して本人を取り調べることもしていないから、まさに「容疑」でしかないのだが、その見立てに沿ってマスコミも一斉に報道を行ったのだろう。

 本来ならマスコミは警察を監視するのが役目なのだが、実際には警察の話を聞き出していかに早く報じるかという競争になっているから、警察の見立てはそのまま記事に反映される。本当は、その警察の見立てを被疑者ないし代理人弁護士にあてて裏をとるべきなのだが、日々の事件報道でそこまでやっているマスコミはほとんどない。ナオキは元々マスコミへの不信感が強いから、取材依頼があったとしても断った可能性が高いのだが、そもそも被疑者に取材しようとした記者そのものがいなかったようだ。

 そして冒頭に書いたように、どうして続報が途絶えたかというと、当初マスコミが考えていたレイプ未遂事件でなく、痴漢行為をしようとして未遂に終わった事件であることが明らかになり、ニュースバリューが下がってしまったからではないだろうか。

 もちろん痴漢といえど犯罪であることは明らかだ。ただ通常は、痴漢の未遂行為を実名で報じ、朝日新聞のように自宅の場所まで記事に書き込むというのは考えられない。やはりナオキの前科を考えて、警察もマスコミも当初、これを重大事件と考えていたのだろう。

 実は起訴が決まる前に、ナオキと被害女性の間には示談が成立していた。だから刑法改正以前ならこれは不起訴になった可能性が高い。もちろん何度も言うが、痴漢行為も犯罪であるから、正当化できないのは当然だ。ただ、当初、強姦未遂と思い込んで大きな報道を展開しながら、捜査の進展によって、それが違っていたとわかった時に、続報をやめてしまうというのは、正しいあり方なのだろうか。

 むしろ起訴について報じる中で、きちんと説明をすべきなのではないか。そうでないと初期報道がそのまま社会的に定着してしまう。実名報道だから、裁判が始まる前にマスコミが被告を裁いてしまっていることになる。居住地周辺の住民にも取材がかけられ、『週刊文春』は同居している妻の元の職場にまで取材に訪れている。

 ついでながら前回の私の記事でもうひとつ細かい点で事実と違うところがあった。事件後、ナオキは自首して、9月23日に警察の指示通り、逮捕前提で警察署を訪れたのだが、「弁護士や家族と一緒に出頭した」と書いたのは、その時のことでなく、7月11日に自首した時のことだった。9月23日は、最寄り駅までは事実婚の妻も一緒だったが、警察署へは一人で入ったという。

再犯率が高いと言われる性犯罪をめぐる裁判に

 さていずれ裁判が行われるわけだが、事件としては痴漢行為の未遂とはいえ、これは別の意味では大事な裁判だ。前号で書いたように、性犯罪は再犯率が高いと言われるそのことを、はしなくも今回の事件は証明してしまった。4年前に出所した後、ナオキが更生にどう取り組んできたかが、今回の裁判の大きな争点だ。その点に関心を持っている人も多いと思うので、ぜひ公判では、性犯罪の再犯をどうやって防ぐのか、二度と性犯罪に手を染めないためにはどうすればよいのか、徹底して議論してほしいと思う。

 ヒステリックブルーといっても、もう知らない人も多いかもしれないが、1998年にメジャーデビューして、99年にはNHK紅白歌合戦にも出場。多くのファンがいた、当時は人気のバンドだ。2003年にメンバーの考え方の違いなどもあってバンドは活動休止。ナオキが性犯罪に走ったのはその後のことで、バンド活動ができなくなった精神的打撃が背景になっていたと思われる。

 そしてナオキは長い刑務所生活の中で、キリスト教に入信し、性犯罪の再犯防止のための治療プログラムR3を受講した。

 出所直前の2016年に『創』8月号に「罪と償いについて考える」という長文の手記を発表。更生へ向けた誓いを公表したのだった。その後、逮捕時に同居していた女性と知り合い、家族との関係もうまく行っていたから、私はもうナオキの更生は心配ないと思っていた。

 薬物依存もそうだが、更生を誓って出所しても、出所後の生活は並み大抵の苦労ではない。事件を機に周囲との関係が壊れるケースが多いから出所後は就職はおろか、住居の確保も困難な場合が多く、追い詰められた末に再び犯罪に手を染めることになる。ナオキの場合は、その意味では更生へ向けた環境は比較的整っていたと言えるだろう。

 それが今回こういう事態になってしまったわけだが、他の再犯防止のために頑張っている人たちのためにも、ナオキには裁判に臨んでぜひ、再犯に到ってしまった自分自身を切開し、どうしたら再犯を防げたのか、語ってほしいと思う。

 事件を起こした後、自首した時にナオキは、もう二度とこういうことをしないよう、こういう事態と決別するために自首したと語ったという。その思いを忘れずに生きてほしいと思う。

【追記】この記事を書いた後、朝日新聞デジタルの小さい記事で、ナオキの起訴を報じているのを見つけた。しかし、逮捕時の容疑が変わったことなど全く書いていない。最初の朝日の報道が誤報と言ってよいほどの記述だったのを修正する良いチャンスのはずなのに、いったい朝日新聞はどうしちゃったのだろう。 

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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