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2019年10月の消費増税も延期すれば、財政再建計画は崩壊する

小黒一正法政大学経済学部教授
(写真:ロイター/アフロ)

先般(2016年6月1日)、安倍首相は、2017年4月に予定している消費増税(8%→10%)の延期を正式に表明した。延期幅は2年半で、2019年10月とする方針である。だが、そもそも、今回の延期判断は、2014年11月の記者会見での安倍首相の下記発言に反する。

安倍内閣総理大臣記者会見(2014年11月18日、抜粋)

昨日、7月、8月、9月のGDP速報が発表されました。残念ながら成長軌道には戻っていません。消費税を引き上げるべきかどうか、40名を超える有識者の皆さんから御意見を伺いました。そして、私の経済政策のブレーンの皆さんから御意見を伺い、何度も議論を重ねてまいりました。そうしたことを総合的に勘案し、デフレから脱却し、経済を成長させる、アベノミクスの成功を確かなものとするため、本日、私は、消費税10%への引き上げを法定どおり来年10月には行わず、18カ月延期すべきであるとの結論に至りました。(略)

しかし、財政再建の旗を降ろすことは決してありません。国際社会において、我が国への信頼を確保しなければなりません。そして、社会保障を次世代に引き渡していく責任を果たしてまいります。安倍内閣のこうした立場は一切揺らぐことはありません。

来年10月の引き上げを18カ月延期し、そして18カ月後、さらに延期するのではないかといった声があります。再び延期することはない。ここで皆さんにはっきりとそう断言いたします。平成29年4月の引き上げについては、景気判断条項を付すことなく確実に実施いたします。3年間、3本の矢をさらに前に進めることにより、必ずやその経済状況をつくり出すことができる。私はそう決意しています。

この事実は、安倍首相も深く認識しており、先般(2016年6月1日)の記者会見でも、「今回、「再延期する」という私の判断は、これまでのお約束とは異なる「新しい判断」」である旨の説明を行い、7月10日投開票の参議院選挙で「国民の信を問う」としている。

安倍内閣総理大臣記者会見(2016年6月1日、抜粋)

来年4月に予定される消費税率の10%への引上げについてお話しいたします。1年半前の総選挙で、私は来年4月からの消費税率引上げに向けて必要な経済状況を創り上げるとお約束しました。(略)

今般のG7による合意、共通のリスク認識の下に、日本として構造改革の加速や財政出動など、あらゆる政策を総動員してまいります。そうした中で、内需を腰折れさせかねない消費税率の引上げは延期すべきである。そう判断いたしました。

いつまで延期するかについてお話しいたします。(略)2020年度の財政健全化目標はしっかりと堅持します。そのため、ぎりぎりのタイミングである2019年10月には消費税率を10%へ引き上げることとし、30か月延期することとします。その際に、軽減税率を導入いたします。(略)1年半前、衆議院を解散するに当たって、正にこの場所で、私は消費税率の10%への引上げについて、再び延期することはないとはっきりと断言いたしました。リーマンショック級や大震災級の事態が発生しない限り、予定どおり来年4月から10%に引き上げると、繰り返しお約束してまいりました

世界経済は今、大きなリスクに直面しています。しかし、率直に申し上げて、現時点でリーマンショック級の事態は発生していない。それが事実であります。(略)

ですから今回、「再延期する」という私の判断は、これまでのお約束とは異なる「新しい判断」であります。「公約違反ではないか」との御批判があることも真摯に受け止めています。(略)信なくば立たず。国民の信頼と協力なくして、政治は成り立ちません。「新しい判断」について国政選挙であるこの参議院選挙を通して、「国民の信を問いたい」と思います。「国民の信を問う」以上、目指すのは、連立与党で改選議席の過半数の獲得であります。

では、2019年10月に消費税率を10%に引き上げることはできるのか。将来のことであるから、完全に予測はできないが、増税のハードルは高まった、と考えられる

理由は2つある。まず一つは「景気循環」である。内閣府は、「景気動向指数研究会」(座長:吉川洋・東大教授)の議論を踏まえて景気循環の判定をしているが、2009年3月からスタートした第15循環の景気の山を2012年3月、谷を2012年11月に確定し、その資料を2015年7月24日に公表している。

これは現在の景気回復が安倍政権発足直前の2012年11月からスタートしたことを意味するが、この資料によると、過去の景気拡張期の平均は約3年(36.2か月)であることが読み取れる。つまり、景気拡張期はいつ終わってもおかしくない。もっとも、拡張期が6年近くに及ぶケースも過去にはあるが、それでも2018年11月であり、2020年まで拡張期が続く確率は極めて低い。

もう一つは「選挙」である。2017年4月の増税判断は、直近(2016年7月)の参議院選挙の後に行うこともできたが、次の増税時期とする2019年10月は、それは不可能である。確かに2019年10月は、自民党総裁任期(2018年9月)を超えるが、その前に、2019年夏の参院選が直前に控えている。

また、2019年度の予算編成するためには、税収の見積もりを固めておく必要があり、増税判断は最低でも2018年12月頃には行う必要があるはずである。さらに、2018年まで衆議院の解散がなければ、2014年12月の選挙で当選した衆議院議員の任期は4年であるため、最も先延ばししても、2018年12月には衆議院選挙がある。このような複雑な政治的要因も、次の増税判断には影響しよう。

以上の状況の中、2019年10月の消費増税も延期すると、財政再建計画はどうなるか。まず、政府が昨年6月末に閣議決定した「骨太方針2015」(経済財政運営と改革の基本方針2015)では、2018年度の国と地方を合わせた基礎的財政収支(以下「PB」という)の赤字幅を対GDPで1%程度にする目安のほか、2020年度までにPBを黒字化する財政再建の目標を盛り込んでいる。このうち、2017年4月の増税を延期したため、2018年度の目標は達成できないだろう。

では、2020年度までにPBを黒字化するという目標はどうか。内閣府は2016年1月の経済財政諮問会議において、「中長期の経済財政に関する試算」の改訂版を公表しているが、同試算によると、楽観的な高成長(実質GDP成長率が2%程度で推移)の「経済再生ケース」でも、政府が目標する2020年度のPB黒字化は達成できず、約6.5兆円の赤字となることが明らかになっている(図表参照)。

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しかも、この「経済再生ケース」は、2017年4月に消費税率を10%に引き上げていることが前提となっている。このため、2017年4月の延期だけでなく、もし2019年10月の増税も延期すれば、楽観的な高成長ケースでも、2020年度のPB赤字幅は約12兆円になってしまい、現在の財政再建計画は完全に崩壊してしまう。

その一方で、2020年度から2025年度にかけては、団塊の世代が75歳以上となっていき、医療・介護費が急増することが予測されている。厚労省の推計では、2015年度で約50兆円の医療・介護費は2025年度には75兆円に膨らみ、10年で25兆円も増加する。これは一種のダブルパンチ(増税再々延期に伴う財政再建計画の崩壊+社会保障費の急増)であり、それが財政を直撃する前に、財政再建を早急に進める必要があるはずだ。

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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