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ポイ捨てされた「タバコの吸い殻」はどれくらいの「毒性」があるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
タバコの吸い殻が生態系を脅かす。写真撮影筆者

 タバコが有害なのは周知の事実だが、ポイ捨てされたタバコの吸い殻はどれくらいの毒性があるのだろうか。これまでの研究から考えてみる。

小さくて軽い吸い殻の行方

 先日、京都市にある私立水族館で、屋外に置いていた水槽の魚類がほぼ死んでしまったという。水槽内を調べると、タバコの吸い殻が1本出てきたということで、これが原因だった可能性がある。同水族館では一時、展示を中止することにしたそうだ。

 海水浴場へ行くと、よくタバコの吸い殻を見つける。シーズンではない清掃前は特にひどい。こうしたタバコの吸い殻は、浜辺で吸われてそのままポイ捨てされたものもあるが、多くは繁華街などの街中でポイ捨てされ、それが排水口から河川を経て海へたどり着き、浜辺に漂着したものだ。

 タバコの吸い殻は小さくて軽く水に流れやすいため、雨が降った後などは特に海へ流れ、浜辺を汚染する。喫煙者はよく道路脇の排水口をめがけてポイ捨てするが、そのタバコの吸い殻がやがて海へ至り環境を汚染することを知っているのだろうか。

ポイ捨てタバコは、雨が降ると下水溝へ流れ込み、河川から海へ至る。図作成筆者
ポイ捨てタバコは、雨が降ると下水溝へ流れ込み、河川から海へ至る。図作成筆者

吸い殻の生物への影響は

 当然、こうしたタバコの吸い殻は毒物のかたまりだ。イラン、米国、ドイツの研究グループが、ペルシャ湾のハゼ(ムツゴロウに似た種類、Periophthalmus waltoni)に対し、タバコの吸い殻を浸した水溶液がどんな影響を及ぼすか調べたところ、喫煙後の吸い殻が最も毒性が強く、低濃度の水溶液でも血液中のヘモグロビンが減ったり白血球数が大きく増えるなど、ハゼを殺す危険性があることがわかった(※1)。

 イタリアなどの研究グループが、地中海のムール貝(ムラサキイガイ、Mytilus galloprovincialis)に対するタバコの吸い殻の影響を調べたところ、タバコ由来の化学物質(多環芳香族炭化水素など)や重金属の体内蓄積、免疫系の変化、抗酸化反応や神経毒性反応などの増加、ペルオキシソームという代謝などを行う細胞内器官の増加とDNA損傷といった変化が観察された(※2)。また、ムール貝にはニコチンを代謝する酵素がないため、ニコチンを吸収しても代謝せず、神経毒性が悪影響を及ぼすと考えられている。

 タバコの吸い殻による生態系の影響については、ここにきて多くの研究が出てきている。海の夜光虫の発光が減ったり、貝類の細胞の自死が増えたり、ゴカイのDNA損傷が増加し、生態が変化して穴を掘らなくなるなどの悪影響が報告されている。

ニコチンだけではない有害物質

 1本のタバコの吸い殻が環境中へポイ捨てされると、1リットル当たり2.5ミリグラムの濃度になるようだ(※3)。ニコチンは殺虫剤に使われるように毒性も強く、ヒトの大人の経口致死量は30ミリグラムから60ミリグラムとされているので(※4)、吸い殻1本でも小さな生物にとっては生死に関わる濃度になることが考えられる。

 冒頭の京都の私立水族館の事例が、タバコ1本でのことかどうかわからないが、タバコの吸い殻にはニコチン以外にも多くの有害物質が入っていて、ヒ素、重金属類、多環芳香族炭化水素といった有害物質が検出される(※5)。それは加熱式タバコの吸い殻でも同じで、水族館で魚が死んだ原因についても十分な可能性がある。

 また、加熱式タバコにも付けられているタバコのフィルターは一種のプラスチック繊維だ。自然環境中へ放棄されると分解されにくく、マイクロプラスチックとして長期間残存する汚染物質となるフィルターは、そのままの形で環境中に存在し続け、2年経っても38%ほどしか分解されず、完全に分解されるまでには2.3〜13年ほどかかる(※6)。

 毎年、世界で約6兆個のタバコの吸い殻が生まれ、そのうちの4兆5000億個がポイ捨てされ、タバコの吸い殻やタバコ由来の廃棄物は世界の海岸で清掃された総廃棄物の19〜38%と見積もられている(※7)。1年のタバコ生産量の3/4が吸い殻としてポイ捨てされるとすれば、日本の場合、年間1000億本以上がポイ捨てされているというわけだ。

結局は喫煙者を減らすしかない

 こうしたタバコの吸い殻問題には、諸外国も悩まされている。アイルランドはタバコ会社にポイ捨てされた吸い殻の清掃費用の負担を義務づけ、スペインではタバコ会社にポイ捨てされた吸い殻の撤去費用の支払いを義務づけるなどの動きがあり、これはEU全体の取り組みで他のEU各国にも広がる可能性がある。

 だが、前述したようにタバコの吸い殻は、小さくて軽く環境中へ急速に広がる。清掃するにしても限界があり、タバコ会社へ負担を求めてもポイ捨てが減るとは限らない。

 そのため、オーストラリアでは、プラスチック汚染の原因になっているタバコのフィルターを規制する動きがある。タバコにフィルターを付けられなくなれば、タバコの売り上げが減り、環境への負荷も減ると考えているからだ。

横浜市内の公衆喫煙所。喫煙所内は臭いからと外で吸う人も多く、周囲にはポイ捨てされた吸い殻も目立つ。写真撮影筆者
横浜市内の公衆喫煙所。喫煙所内は臭いからと外で吸う人も多く、周囲にはポイ捨てされた吸い殻も目立つ。写真撮影筆者

 タバコのポイ捨ては、いくら喫煙所を増やしても解決しない。街中の喫煙所へ行くとわかるが、喫煙所の周辺の植え込みにはたくさんのポイ捨てタバコを見つけることができる。根本的な解決策は、喫煙者に禁煙サポートをし、タバコをやめてもらって喫煙者を減らしていくしかない。

※1-1:Farshid Soleimani, et al., "Chemical contents and toxicity of cigarette butts leachates in aquatic environment: A case study from the Persian Gulf region" Chemosphere, Vol.311, Part2, January, 2023

※1-2:Farshid Soleimani, et al., "Toxic effect of cigarette butts leachates on blood markers of Periophthalmus waltoni species from the Persian Gulf region" Chemosphere, Vol.319, April, 2023

※2:Giulia Lucia, et al., "Toxicological effects of cigarette butts for marine organisms" Environment International, Vol.171, January, 2023

※3:Amy L. Roder Green, et al., "Littered cigarette butts as a source of nicotine in urban waters." Journal of Hydrology, Vol.519, 3466-3474, 2014

※4:Bernd Mayer, "How much nicotine kills a human? Tracing back the generally accepted lethal dose to dubious self-experiments in the nineteenth century" Archives of Toxicology, Vol.88, 5-7, 4, October, 2013

※5:Hiroshi Moriwaki, et al., "Waste on the roadside, ‘poi-sute’ waste: Its distribution and elution potential of pollutants into environment." Waste Management, Vol.29, Issue3, 1192-1197, 2009

※6-1:Giuliano Bonanomi, et al., "Cigarette Butt Decomposition and Associated Chemical Changes Assessed by 13C CPMAS NMR." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0117393, 2015

※6-2:Francois-Xavier Joly, et al., "Comparison of cellulose vs. plastic cigarette filter decomposition under distinct disposal environments." Waste Management, Vol.72, 349-353, 2018

※7:Thomas E. Novotny, et al., "Tobacco Product Waste: An Environmental Approach to Reduce Tobacco Consumption." Current Environmental Health Reports, Vol.1, Issue3, 208-216, 2014

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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