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シリア難民の入国禁じたトランプ大統領令 英国ではトランプ公式訪問中止を求める署名100万突破

木村正人在英国際ジャーナリスト
リオ五輪の男子陸上5千メートルで金メダルをとり、歓喜するファラー選手(写真:ロイター/アフロ)

「トランプの英国公式訪問を阻止せよ!」

トランプ米大統領が過激派組織ISなどに対するテロ防止策として打ち出したシリア難民の無期限入国禁止や中東・アフリカ7カ国からの90日間渡航中止の大統領令が世界を大混乱に陥れています。

メイ首相が米ホワイトハウスでのトランプとの首脳会談に手をつないで登場するなど英米「特別関係」の蜜月を演出した英国では、国賓としてのトランプ公式訪問を中止するよう求める電子署名がすごい勢いで集まり、ロンドン時間の30日午前10時現在で何と100万人を突破しました。

10万人を超えると英議会は署名について審議するかどうか検討しなければなりません。

トランプが金曜日の27日に署名した大統領令は次の通りです。

(1)米国の難民受け入れ計画を120日間中断する

(2)シリア難民の無期限入国禁止

(3)イラク、シリア、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、イエメンの7カ国からの渡航を90日間中止する

(4)母国で迫害にさらされている宗教的マイノリティー(筆者注:キリスト教徒のことを指すとみられる)を優先的に受け入れる

(5)今年の難民受け入れ枠についてオバマ前大統領が設定した11万人を破棄して5万人に減らす

(6)難民認定申請者の面談インタビュー免除手続きを中止する

(7)例外はケース・バイ・ケースで判断される

米連邦地裁はトランプ大統領令を一部差し止め

米国の空港で入国できずに足止めを食らったり拘束されたりした人は一時300人を超えたとみられています。米人権団体「米国自由人権協会(ACLU)」の集団訴訟を受け、連邦地裁は、大統領令の一部を差し止め、有効なビザ(査証)を持ち、すでに米国に到着している旅行者を本国に送還しないよう求めました。

これを受け、トランプ政権の高官が日曜日の29日にグリーンカード(永住権)を持つ人には適用されないと大統領の主要部分を早々と引っ込めてしまいました。

一方、トランプは強気のツイートでムスリム(イスラム教徒)に対する国境管理の強化を繰り返し訴えています。トランプ政治がまき散らす混乱がはっきり浮かび上がっています。「わが国は今すぐ強い国境と徹底した審査が必要だ。欧州全体や本当に世界で起きていることを見てみろ。恐るべき事態だ」

「中東のキリスト教徒は大規模に処刑されている。我々はこの惨劇が続くことを許すことはできない!」

金メダリストの叫び

2012年ロンドン五輪と16年リオ五輪の男子陸上5千、1万メートルで金メダル計4個をとったソマリア出身の英国人モハメド・ファラー選手(33)はこれまでの6年間、米オレゴン州に家族と住んで練習を重ねているだけに、トランプ大統領令によって受ける影響は深刻です。

ファラー選手はフェイスブックで窮状を訴えています。

「この正月、エリザベス女王からナイトの称号を頂きました。この27日、トランプ米大統領からエイリアンにされたようです。私は英国籍を持ち、過去6年間、米国で暮らしています。一生懸命トレーニングを積み、社会に貢献し、税金を納め、今は自宅と呼んでいる場所で4人の子供を育てています」

「今、私や私のような多くの人々はもう米国では歓迎されないと告げられています。これは非常に困ったことです。私は子供たちに告げなければなりません。お父さんは家に戻ることができないかもしれない、と。米国の大統領は無知と偏見による政策をなぜ導入したかを説明しなければならないでしょう」

「私は8歳のときソマリアから英国に迎え入れられました。そして英国は私の夢を成功させ、実現させるチャンスを与えてくれました。私はそんな英国を代表することを誇りに思ってきました。英国の人々のためにメダルをとり、ナイトの称号を受けました」

「私の物語は、もし嫌悪や孤立ではなく、思いやりや理解の政策に従うなら実現できる可能性を示しているのです」

支持率上回るトランプ不支持率

ファラー選手の訴えは、トランプが果たして米大統領として相応しい人物かどうかを改めて私たちに問いかけています。米世論調査会社ギャラップが就任前の大統領支持率を比較したところ、クリントン大統領以降4代ではトランプが40%で最低。しかも不支持率が55%と支持率を上回っています。

出所:Gallupデータをもとに筆者作成
出所:Gallupデータをもとに筆者作成

米大統領選の現行システムが米国の民意を正しく反映していないことはもはや隠しようがありません。

統合が進む英国のムスリム社会

英国のムスリム人口はパキスタン系やバングラデシュ系を中心に300万人。全人口の4.7%です。05年に起きたロンドン同時爆破テロの実行犯が英国生まれのイスラム系移民だったことから、ムスリムと英国社会の統合が一段と進められました。首都の市長にパキスタン系移民2世で弁護士のサディク・カーン氏が当選するほど、ロンドンでは多文化主義が根付いています。

キャメロン前英首相は15年末「トランプ氏の発言(ムスリムの米国入国禁止)は社会の分断を招き、愚かで間違っている。彼がわが国を訪れることになったら、英国は一丸となって彼に反対する」と批判しました。昨年1月、トランプの英国入国禁止を求める電子署名が57万6千人以上も集まり、下院で議員40人が3時間、審議を行ったことがあります。

審議には拘束力がなく、トランプは6月、スコットランドに保有するゴルフ場のリニューアルオープンのため訪英しています。英国では公序良俗を乱す人物を入国禁止にする権限は内相にあります。これまでイスラム教の聖典コーランを燃やした米フロリダ州の牧師やイスラム排斥を唱えるオランダの極右・自由党のウィルダース党首ら80人以上が入国禁止になっています。

大規模抗議はもはや不可避

メイ首相は国内の厳しい批判を受け、難民の入国を禁止したトランプの大統領令への「不同意」を鮮明にしました。しかし欧州連合(EU)からの離脱を控える英国にとってトランプ政権と自由貿易協定(FTA)を早期締結できるかどうかはまさに死活問題。

今年後半に予定されるトランプの英国公式訪問でトランプはエリザベス女王と一緒にゴルフがしたいと要望していると報じられています。英米「特別関係」を維持するため、トランプの公式訪問が中止されることは100%ありません。

英中「蜜月」時代を華やかに演出した15年10月の習近平中国国家主席の英国公式訪問では抗議活動を行ったチベットや気功集団「法輪功」の亡命者の数はまだ限られていました。トランプの公式訪問に際してはしかし、それをはるかに上回る大規模抗議が繰り広げられるのはもはや避けられなくなってきました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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