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「新・ガザからの報告」(22)(24年10月24日)―ガザ北部の危機的な状況―

土井敏邦ジャーナリスト
(テント暮らしの少女/撮影・ガザ住民)

【シンワールを「英雄」にしたメディア報道】

(Q・前回は、シンワールの殺害について、ハニーヤ暗殺と同じように6~7割の人が彼の死を喜んでいると報告してくれましたが、1週間調べてみて、何か新しい事実が見つかりましたか?)

 シンワールの殺害に対して人びとは2つの反応があります。喜んでいる人はハニーヤの場合と同じように60~70%だと思います。多くの人に聞いてみたが、そのほとんどは私がまったく知らない人たちです。

 一方、シンワールの殺害への反応を尋ねると、「今はジャバリアのことを考えている。シンワールはすでに死んだが、今はジャバリア難民キャンプの中で捕らえられている親族のことを考えている。だから今はシンワールのことではなく、ジャバリア難民キャンプのことを聞いてくれ」と答える人がいました。

 結論を言えば、シンワールの殺害を喜んでいる人は、半数を超えると思いますが、大多数ではありません。

 喜んでいる人たちの中には、シンワールの殺害によって停戦が実現し、この戦争に終止符が打たれると考えている人たちが多いです。それは、シンワールの死を悲しんでいる人たちでも、心の中では何らかの安堵感を抱いている人たちもいるのです。

 SNS(ソーシャルネットワークメディア)にアクセスして、アラビア語の投稿やコメントを英語に翻訳してみれば、ハマスの武装組織内部で疲弊している多くの人々にも喜んでいる者がいることがわかります。悲しみを抱きながらも、です。この2つの感情に矛盾はないと思います。ハマスのメンバーとして指導者を失った悲しみを感じながらも、同時に、もうすぐ戦争が終わるかもしれないという楽観的な気持ちもあるのです。

(Q・7月下旬に前最高幹部のハニーヤが暗殺されたとき、あなたは「もしシンワールが殺されたら、90%の住民は喜ぶだろう」と予想していました。でも実際は60~70%だった。なぜこの数字が少なかったと思いますか?)

 とてもいい質問です。ハニーヤが暗殺された後、私はシンワールもすぐ暗殺されると予言し、少なくとも90%のガザ市民がシンワールの死を喜ぶだろうと予測しました。しかしその予想は外れました。実際は60~70%でした。

 地元のメディアであれ、アルジャジーラなど中東全体のメディアであれ、メディア全体が、シンワールの殺害のニュースを「英雄的で勇敢な指導者」として紹介しました。つまりシンワールは自ら戦いながら殺されたと報じたのです。彼は地下のトンネルに隠れていたわけではない。地上で自ら銃を持って、イスラエル軍と対峙した。実際、イスラエル兵を銃撃し負傷させたと伝えていました。つまり英雄的で勇敢な死を遂げたというイメージを伝えたのです。それによってシンワールの死を称え、悲しむ人が増えたのだと思います。

(Q・それでも60~70%の人たちが喜んだ。その背景を教えてくれませんか?)

 断っておきますが、この数字はガザ地区のことであって、ヨルダン川西岸地区のことではありません。なぜなら、ヨルダン川西岸地区は大半が、シンワール殺害を悲しんでいたからです。

 私は自分でアンケートで質問、調査しました。その結果、シンワール殺害を喜んだのは、ガザ地区住民の6~7割でした。そのうちの何人かは、「お祝い」の気持ちを表現しました。ただお祝いに菓子もチョコレートを配る余裕がないから、その代わりにお茶を振る舞っていました。踊ったり、歌ったりして祝う者もいました。

 その理由は、彼らがシンワールこそ、第2の「ナクバ」(パレスチナ人の大惨事)の責任者だからです。それは1948年の最初の「ナクバ」よりもひどい。人びとは飢餓に苦しんでいます。ほとんどの人は1日1食しか食べていない。栄養失調で、食料も水も不足しています。布団も毛布もなしで眠っています。彼らはテントの中で生活しており、寝ている間に荷物や身体が雨水に漏れてしまいます。ジャバリア難民キャンプの包囲網で起こっていることを見れば、なぜシンワールに対して非難・攻撃する見方や意見をするのか、なぜシンワール殺害を祝ったり喜んだりするのかが推測できるはずです。

(Q・イスラエルの有力紙「ハアレツ」(英語版)は、停戦後もハマスのガザ支配は維持されるだろうと書いています。つまり、治安はイスラエルが維持するが、行政はハマスが担うことになると。ハマスには住民を支配する力があるだろうか?)

 去年の秋、この戦争の初期に、私は「ネタニヤフ首相がハマスにとどめを刺すという保証はまったくない」と言ったはずです。「ハマスの武装勢力を壊滅させた後でも、ハマスは支配を維持できるかもしれない」と。ハマスがガザを支配するために必要なのは、警察力だけです。軍事組織「アル・カッサム旅団」は必要ありません。だから、ハマスの軍事部門が壊滅されても、戦争が終わった後にハマスがガザを支配できる能力は維持されると思います。

 ただハマスがガザを支配するかどうかを決めるのは、ネタニヤフ首相らの政治的決断になると思います。ネタニヤフ首相がハマスの政権維持を望むなら、ハマスも政権を維持するでしょう。しかし、ハマスの政権を終わらせたいのであれば、ハマスという組織は壊滅するでしょう。

(食料配給を受ける少年/撮影・ガザ住民)
(食料配給を受ける少年/撮影・ガザ住民)

【停戦後はハマスがガザを統治?】

(Q・しかし、ガザの住民は、以前のようにハマスに統治されることを望むだろうか?というのは、ハマスがこの破壊の原因を作ったからです。もちろん、実際に破壊と大量殺戮をやったのはイスラエルによってですが、その原因を作ったのはハマスです。だから住民の60~70%がシンワールの殺害を喜んでいる。彼らが停戦後、ハマス政権を受け入れると思いますか?)

 ガザの住民が抑圧されてきたことは、あなたもよくご存知だと思います。この17年間、住民には意見を表明する自由がなく、ハマスへの反対を表明することも許されなかった。しかしハマスは権力の座にとどまり続けると思います。住民は無力です。彼らはハマスに反対できない。状況を変えることができない、ハマスに対して革命を起こすこともできないのです。

 でも、もしかしたら、予想もつかないけど、住民にとって別の選択肢があるかもしれません。2019年春に起きた「生きさせろ!」の大衆デモのように、権利や生活の向上を求める大きな動きがあるかもしれません。

 それでも、住民にハマスに対抗して革命を起こし、ハマスが再び支配者になるのを阻止するだけの力があるかどうかはわかりません。しかも現在のところ、ハマスやPA(西岸の自治政府)以外の独立した権力に代わるものはありません。

(Q・ハマスによる支配以外に代替案がないということですか?)

 ガザでは、2007年以降、ずっとハマスの独裁政権が続きました。敵対勢力にはハマスはその場所を与えなかった。敵対する勢力や、異なるイデオロギーを持つ人たち、ガザの人びとの生活に異なるプログラムを持つ、異なる道を歩もうとする勢力は、すべてハマスによって壊滅させられました。

 ハマスが強権的で、多くの人が刑務所に入れていたのはご存知の通りです。ハマスの治安当局は、人々に対して強圧的で、住民は沈黙させられてきました。ハマスを批判できないのです。ハマス体制に反対する姿勢を示すこともできませんでした。

 現在、時折、内紛が起こっています。一部のファミリー、窃盗団、商人たちが犯罪を犯し、ハマス関係者を殺傷しようとしています。ハマスは現在、彼らを抑える組織的な力を持っているとは言えませんが、しかしファミリーや窃盗団は断片化され、とても小さなグループです。彼らは団結もできない。だからハマスには、ガザでの権力を脅かすような組織的な敵がいません。ガザ内部でのハマスを揺るがす対抗馬がいないのです。

 PA(自治政府)について言うなら、ガザにいるPAの元職員のほとんどは引退していると思います。その大半は、PAの治安組織で働いた何千人もの職員です。その大多数、おそらく90%以上が、ここ数年で退職しています。17年もの間、彼らは実際に勤務していないのです。だからPAは、戦争が終わった後、ハマスの権力に対抗する力はないのです。

(Q・ハマスがまだハマス政府職員に給料を払っているということですが?)

 給料は毎月ではなく、40日ごとです。約300ドル、約1000シェケルです。この金額を40日ごとに支払っています。もちろん、ハマス系の銀行はすべて破壊されました。だから病院を通して給料を分配しています。各病院には1つか2つの給料を支払う事務所があります。銀行を失ったため、病院を通じて給与を分配しているのです。

 その金の出所は明らかです。西岸から輸入される商品から税金を取っています。一方、ハマスは援助物資を売っています。この戦争が始まったときからの援助物資です。住民にそれを無料で配布する代わりに、ハマスが多くの援助物資を手に入れ、それを市場に販売していたのです。

(Q・何人の人がお金を受け取ることができますか?)

 ハマスには常に2種類の予算があります。ひとつは政府、保健、教育などの省庁のための予算。もうひとつは、運動、戦闘員、アル・カッサム旅団、その他ハマス運動内部の組織のための予算です。

 私の知識や情報源によれば、戦争が始まる前は、2万5000人から3万人の職員がいました。その職員がハマス政府から給料を受け取っています。政府と運動組織の両方で、5万5000人から6万人の従業員に給与を支給しています。

 戦争が始まった当初は、宿舎や家、銀行などに蓄えがあったかもしれない。しかしイスラエル空軍は何十億ドル、おそらく20億ドルか30億ドルを空爆で焼却されてしまいました。

(Q・今後、どうなるでしょうか?前回、有力ファミリーや窃盗団、ギャング間の争いについてあなたは触れましたが、停戦後、ハマスが彼らをコントロールするだけの力を持つと思いますか?社会秩序の混沌をハマスは解決できると思いますか?)

 現在、ハマスは壊れ、血を流しています。私が言っているのは武装組織「アル・カッサム」旅団のことです。この戦争でハマスの武装組織は壊滅的な打撃を受け、ハマスがガザの治安をコントロールすることができなくなっています。

 時々、私は近くで衝突を目撃します。ハマスがごく少数の人員でそれを阻止しようとします。しかし何百人もの戦闘員の大きな衝突を止めるために、ハマスはたった5、6人を派遣しているのです。

 その衝突を止めるための大勢の戦闘員を今のハマスは送ることはできません。もしハマスがそうすれば、イスラエル空軍の標的になります。それは何度も起こっています。

 数カ月前、ヌサイラート難民キャンプとザワイダ村の間で起こった争いにハマスが数十人の戦闘員を送り込み、2つのファミリーのその争いを止めさせたことがありました。そのときイスラエル空軍は、そのハマスの武装集団を攻撃したのです。それによって何十人ものハマスの戦闘員が殺されました。

 もう1つの理由は、ハマスには人員、装備、車両、武器、弾薬などが大幅に不足しているからです。ハマスが弾丸や銃弾を持っていても、イスラエルとの戦闘のために使い、治安を維持するため使用することはあまりありません。

 それらの理由で、今のハマスはガザの治安を管理することも、内紛を止めることもできない状態です。

(Q・ハマスがガザを統治し続けることに、ガザの民衆はどう思っているのでしょうか?)

 私個人としては、もしハマスが再びガザを支配するようになれば、ガザから出て行きたいです。私だけでなく、多くの人たち、とりわけ若者が、「ハマスが再び政権を握るなら、すぐにでも移住してガザを去りたい」と主張しています。すでに戦争の前から、若者の多くは絶望を感じ、悲観し、憂鬱になり、より良い未来や状況、より良い生活を求めて、あらゆる手段を使ってガザを離れようとしていました。

 今のガザは廃墟です。ガザは、これから先、何年も、人が生きていくために適した地域ではありません。だから、人びとは、とりわけ若者は、合法的な方法であれ非合法な方法であれ、どんな方法を使ってでも移住しようとするでしょう。しかし、もしハマスが消滅し、別の勢力がガザの政権に就いたら、多くの人々は希望を抱いて残るでしょう。

(テントの子どもたち/撮影・ガザ住民)
(テントの子どもたち/撮影・ガザ住民)

【ガザ北部の惨状】

(Q・ジャバリア難民キャンプと北部のベイトラヒヤ町で何が起こっているのか、教えてください)

 ガザ北部は全体的に非常にひどい状況です。北部への再侵攻作戦は10月5日に開始されました。

 イスラエル軍が162部隊を派遣したのは3週間ほど前のことですが、この部隊は広範囲に活動し、作戦には長い時間がかかるだろうと私は予測していました。この部隊は以前、ハンユニス市で4ヵ月半、ラファ市では5ヵ月間戦い続けました。だから私は、ジャバリアでの作戦は長く続くだろうと予測しています。この部隊はイスラエル軍の中でもとても攻撃的で、残忍な部隊です。その中にはギバティ部隊、ナハール部隊などが含まれています。

 ちなみに、この師団の装甲旅団401の司令官がジャバリア難民キャンプで、ハマスの戦闘員が道端に仕掛けた爆弾によって殺されました。このイフサン・ディクサ大佐はイスラエルに住むドルーズの住民の一人です。イフサン・ディクサ大佐は、これまで戦死したイスラエル軍将校のうち最高階級の軍人です。

 イスラエル軍はイスラエルとの東部国境からジャバリアに侵攻し、その後、さらにベイトラヒヤ町へも侵攻しました。今はその東側のベイトハヌーンを戦車で包囲しています。

 現在のイスラエル軍の作戦は、ジャバリア難民キャンプの北部、「ベイトラヒヤ・プロジェクト」(ジャバリア難民キャンプから住民が移り住んだ新興地帯)内で行われています。

 この作戦はとても残忍で、千人以上が殺されたといわれています。多くの死体がキャンプ内に埋められたため、正確な数はわかりません。ジャバリア難民キャンプ内の道路や空き地に埋められた遺体はこの中には含まれていません。

 とにかくたくさんの死者が出ています。負傷者は数千人にも及ぶと言われています。ジャバリア難民キャンプ、「ベイトラヒヤ・プロジェクト」地区さらにベイトラヒヤ町の3つの地域から約2万人が避難しました。そして数千人が逮捕されました。この侵攻で、イスラエル軍は膨大な数の人々を拘束しています。

 イスラエル軍が居住区に侵入するたびに、彼らは女性や子どもたちをすぐに南部へ避難するようにマイクを使って命令しています。そして、18歳以上の男性には、通りに集まるように命令し、集まった男性たちを尋問します。その中の何人かは拘束されイスラエル軍のトラックでイスラエル国内に連行されていきます。現在、数千人が逮捕されています。イスラエル側は今朝ラジオを通じて、逮捕された人々のうち230人がハマスとイスラム聖戦の戦闘員だと発表しています。

 戦争が始まって以来、今回のジャバリア難民キャンプへの侵攻は最も残忍なものです。食べ物も、水も、薬も、キャンプ内には搬入させないのです。人びとは死体を埋葬するとき、イスラムの伝統では白い布で死体を包みます。しかし今、ジャバリアにはその布がありません。そのため、ナイロンや毛布で包んでいた遺体を埋葬しています。

 イスラエルのメディアによると、イスラエルの極右の勢力は、ガザの北部を占領し、ユダヤ人入植地を再建することを主張しているようです。「将軍の計画」という計画です。これはイスラエル軍の退役将官たちによって準備されました。その中で最も注目すべき将軍がギオラ・アイランドという人物です。

 ずっと前からこの人物は、イスラエル政府に「ガザを人のいない地域」にする提案をしてきました。この退役将軍が新しい提案をしています。つまりガザ北部にいるパレスチナ人をネツァリーム回廊より南部の地域に移住させる計画です。そのために食料、水など支援物資の搬入を止めているのです。

 そしてその後、ガザ市を含むガザ地区北部の全域を“浄化”する。つまりハマスとイスラム聖戦の工作員を皆殺しにする。そのためにもこの地域の住民を一掃しなければならない。その後、このガザ地区北部にユダヤ人入植地を造るという提案です。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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