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「免疫力」という言葉が不適切な理由…「トンデモ」健康情報に踊らされないために

峰宗太郎医師(病理専門医)・薬剤師・研究者
(写真:アフロ)

 新型コロナウイルスの流行以降、「免疫力」という言葉をメディアやネットなどでよく見聞きするようになりました。「免疫力」と言う言葉を検索してみると、「免疫力を高める」「免疫力を高める食べ物・飲み物」「免疫力低下」などいろいろ出てきます。

 2020年7月5日現在、Yahoo!ニュースで「免疫力」で検索すると1,912件も記事が出てきます。

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 出版物にも「免疫力」と言う言葉を使ったものが多く見られますし、テレビ番組などでも「免疫力」を冠したものがあり、多くのコメンテーターが「免疫力」と言う言葉を使っています。「免疫力」に対し効果があるとうたう商品もたくさんありますね、健康食品などのキャッチコピーでも見かけます。

 さて、私は研究者の端くれとして病理学・ウイルス学・免疫学の研究をしています。そういう立場から一言、お伺いしたいことがあります。「免疫力」ってなんですか…?

 

 学問の分野では「免疫力」という言葉は使われていません。むしろ、この言葉は不適切であると言えるのです。

 どういうことでしょうか。

 本稿では「免疫力」なる言葉とそれを取り巻く様々なビジネスを含む不適切な免疫に関する理解に簡単に触れるとともに、免疫とはそもそもどういったものであるかのごく基礎的な部分、そして、情報リテラシーについても簡単に考えてみたいと思います。

●心ある記事では「免疫力」は使っていませんし、「免疫力」に警鐘をならす記事もあります。

 ・新型コロナ予防に乳酸菌は効くか? エビデンスを見極める(前編)

 ・論文紹介:序列と免疫反応(似非科学への落とし穴)

そもそも免疫とはなにか

 「免疫力」というからには「免疫」と関係していることは間違いありません。

 さて、「免疫(Immunity)」とは何でしょうか。そこから考えていきたいと思います。

 免疫学(Immunology)というのは免疫について研究する学問分野のことで、非常に広くかつ専門性が高く、多くの研究者がしのぎを削って進めている医学の分野の一つですね。日本人の大きな貢献も有名で、利根川進先生や本庶佑先生は免疫学の分野でノーベル賞を受賞されていますし、数多くの大きな発見が日本人によってもなされています。

 私たちヒトの身体は、常に病原体の侵入や増殖の脅威にさらされています。細菌・カビやウイルス、寄生虫などは、私たちの身体に侵入して増えようとします。そういったものが身体の中で自由に増えてしまうと、病気、すなわち感染症が引き起こされてしまいます。

 そういったことが起こらないように常に働いているのが、免疫なのですよね。

 免疫の機能は様々な角度からみることができますが、重要なこととして「自己と非自己を見分ける機能」「病原体等を侵入・増殖させない機能」「一度さらされた病原体に即応する機能」「異常な『自己』を判別する機能」…などがあります。

 免疫というのは大きくは「自然免疫」と「獲得免疫」に分かれます。自然免疫系は病原体のパターンなどを認識して即応的に対応する免疫システムであり、獲得免疫系は病原体等に対してより特異的な反応をする細胞等の活性化や調整により成り立つ複雑なシステムです。

 とくに獲得免疫系では、ウイルスなどに付着して抵抗する「液性免疫」を担う抗体と、それを産生するリンパ球の一種「B細胞」や、「細胞障害性T細胞」を中心とする細胞性免疫があり、これらを調整する役割の細胞もたくさんあります。

 自己と非自己をみわけることは非常に重要で、自分の成分ではないものを攻撃する、というのも免疫の重要な役割です。病原体を攻撃する機能もさまざまで、細胞ごとに違う機能を用いて攻撃ができるようになっています。二度目にはおなじ感染症にかからないようにする機能は「免疫記憶」と言いますが、これも獲得免疫の重要な機能なのですね。

 さて、専門用語がたくさんでてきましたが…、詳細を説明しだすと一冊の本になってしまいますので、大事なところをごくごく簡単に一文で述べます。それは、免疫というのは「システム」であり多数の細胞などのネットワークによって担われた、「さまざまな機能」をもつものであるということです。

免疫は複雑なシステムであり、様々な「登場人物」がいる。図中の細胞なども一部の代表例。
免疫は複雑なシステムであり、様々な「登場人物」がいる。図中の細胞なども一部の代表例。

免疫とはシステムであり単純な「力」をもつと言えるものではない

 病原体が入ってくれば、自然免疫系は細菌やウイルスがもつ成分のパターンに反応をしてそれを排除しようとするとともに、獲得免疫系に情報を伝えます。獲得免疫系はより特異的な分子などを認識して排除を試みるとともに、「免疫記憶」を形成して二回目の感染が起こらないように備えます。

 免疫は自己と非自己も判別するのでした。身体のなかの細胞に異常が生じ、がん化などしそうになれば、そこも認識して排除することがあります。それはリンパ球の一種である「NK 細胞」等によって担われている面もありますし、T細胞等によって行われることもあります。

 このような機能はまだまだたくさんあって、免疫は非常に複雑なシステムなわけです。システムに対して、単純に「力」というのは何を指しているのか、全くわからないですよね。

「免疫力」とはなにか

 では、「免疫力」という言葉は一体なにを指しているのか。「免疫力」を使っている様々な記事や書籍、商品の説明をみても、…納得できるものはありません。「免疫力」を上げて強い身体を作る…雰囲気はわかりますが、システムのどの部分をどうすれば「免疫力」が上がったことになるのでしょうか。NK 細胞が活性化すれば、B細胞はくたばっていても「免疫力」は上がったことになる? いいえ、免疫はNK 細胞だけでは当然成り立たない複雑なシステムです。

 すべての免疫細胞が頑張れば「免疫力」が上がったことになるのでしょうか。今流行している新型コロナウイルス SARS-CoV-2 による COVID-19 では、多くの免疫細胞が広く強く活性化して「サイトカインストーム」という状態などが起こることがあります。「免疫力」が上がっているといえそうですね。しかし、これは、すなわち重症化していることを示しています。「免疫力」が上がると病気が重症化して時に死亡してしまう…。

 さらにアレルギーは免疫細胞が活発に活動することで症状がでる疾患です。これも「免疫力」アップの結果といえるのでしょうか。

 …この言葉はどこまでも不適切な感じがしますね。

 こう考えてみると「免疫力」とは結局、雰囲気で使われている、特に対象も定義もはっきりしない、概念さえ適当ではない言葉であることがわかってきます。免疫は雰囲気で解釈するものではありません。 

不適切な「免疫力」 医師が使うのはごく一部の例外

 このように「免疫力」というのは実際、非常に不適切な言葉です。

 免疫というシステムについて理解すれば使いようがない言葉です。確かに、数十年前の医学系の研究者も「免疫力」を使っていたことがあります(例えば1957年の論文「腫瘍の発育と全身免疫力」)。ただ、これは十分に免疫というシステムが理解されていなかった頃で、免疫システムが「整っている」ことを「免疫力」が強い、病気になるような免疫機能の乱れた状態を「免疫力」が弱い、と単純に考えた結果なのでしょうね。

 繰り返しますが、免疫には様々な顔があります。いろいろな機能があるのです。

 なので、免疫はシステムとして認識することが重要であり、単純に「免疫力」でまとめてしまうことは雰囲気としても不適切であると言えるのですね。

 冒頭でもみたように、とくに、健康食品や「健康法」などを扱う記事、書籍、商品では、「免疫力」をアップするという言葉を「イメージで」多用しているようです。しかし、いずれも言い切りますが、不適切です。「免疫力」を単純な健康食品、食事法、健康法で「アップ」するなんてナンセンスであるということは上で述べてきたように、…わかりますよね。システムをどうすれば「アップ」なのか全くわかりません。

 しかし時に、「プロ」も「免疫力」を使うことがあります。医師などが患者への説明において、免疫機能が低下しているからこういうことが起こったのですね、と伝える場面などですね。疲労やストレスなどが原因でヘルペスウイルスが再活性化したり帯状疱疹になったりすることがあります。これはなんらかの免疫システムの機能の一部がうまく働いていない状況であると捉えられますが、それを端的に「免疫力」が低下している、と雰囲気で伝えようとしている、そういう場合ですね。

 ●書籍、「休み時間の免疫学 第3版」(講談社)205頁のコラムにもシステムについて一言ありますね

「免疫力」はトンデモ・根拠なしのキーワード

 というわけでしつこく見ましたが、「免疫力」が医学のコンテキストで「学問的」に使われることはありません。何を指しているかわからず、定義もなく、そもそも概念としてそぐわないからです。

 そしてこの言葉が使われるのは、ごく一部の例外があるとはいえ「プロ」によるものではないことも明白です。

 要は、商品や情報を売るためのプロモーション用語であったり、雰囲気で何かを言っているように見せたいだけの不適切な言葉であったりということになりますね。

 そして使われている場面はほとんどがトンデモといっていいものです。

 単純な健康食品や健康法だけで、「健康」が増進することはまずありません。ヒトの身体は免疫ももちろんそうですが、非常に複雑かつ自立性・自律性の高いシステムです。これを整えることは重要ですが、ごく単純な一要素によってそれを整えるようなことはまずできないでしょう。

免疫機能が乱れることで様々な疾病も生じることがある
免疫機能が乱れることで様々な疾病も生じることがある

免疫機能が低下することはあり得る

 先に簡単に述べましたが、免疫機能の一部が機能不全を起こし機能が低下することはあり得ます。疲労・過労、睡眠不足、栄養不良、精神的ストレスなどにより、免疫細胞の機能に乱れが生じ、結果として身体に潜んでいる病原体が再活性化したり、病原体への感受性があがる(つまり感染しやすくなる)ことがあります。代表例は唇に出てくるヘルペスですとか、帯状疱疹などですね。先天性の免疫不全というものもありますし、後天性免疫不全症候群(AIDS)も有名ですね。

 さらには、医原性といって、医療行為に伴って免疫機能が抑え込まれているようなこともあります。代表的なのは臓器移植などで用いられる免疫抑制剤の使用などですね。これはT細胞などの機能を特異的に抑える薬を投与することで、免疫の機能も抑えられるために起こります。やはり感染症にかかりやすくなったりすることがあり、これも免疫機能の低下といえます。

免疫システムが「暴走」することもあり得る

 免疫は自己と非自己を見分けるのでした。しかし、この機能が上手く働かないこともあります。「自己免疫」と呼ばれる現象です。本来は自己として攻撃しない対象である、自分自身の成分を非自己、すなわち「敵」と見なしてしまい攻撃してしまうことがあります。こういうことがおこる疾患を「自己免疫性疾患」と呼んでいます。

 自分の身体を攻撃してしまうもので、免疫細胞は非常に活性化しますが、ターゲットとなった臓器などにダメージが起こりますね。

 また、先にも述べましたが、免疫の反応がいきすぎて、暴走することもあります。サイトカインストームと呼ばれる状態が起こると、免疫細胞が暴走して攻撃をすることで、炎症などが強くおこり病状が悪化することがあるのですね。

 このようにシステムは機能の一部が強く動くことで問題を引き起こすこともあり、安定的かつ効果的に機能していること、これがもっとも重要であるとも言えるでしょうね。

免疫機能を低下させないためには

 免疫機能を低下させないようにすることはできるのでしょうか。 

 ●●を食べることで、■■するだけで、○○サプリで、体温をあげる、自然的な暮らしをする…などは全部ダメです。全くダメ。

 免疫機能を低下させないためには、十分な休養、睡眠、栄養、ストレスの解消、適度な運動、規則的な生活などが重要です。単純なことですが、感染症対策としてもこういった「健康的な生活」にしかず、というところがあるのですね。こういったものは明確なエビデンス(科学的根拠)が示しにくかったり、数値化できなかったりしますが、しかし経験的によく知られている事実からも導かれる結論です。

免疫機能を「強化」することはできるのか

 健康を維持すること、と増進することは別です。より強く、より「健康」的にという考え方は医療に求められることもありますが、そういったことは可能なのでしょうか。散々述べてきたように免疫はシステムでした。そして人の身体は様々なシステムが機能しています。それが適切に調和して働いていることが重要なわけで、一部を強化してもそれが適切ではないことも多いのですね。

 そういったなかで、あえて「免疫機能の強化」に近いことができるものがあります。

 ワクチン・予防接種です。

 免疫機能の一つには免疫記憶があるのでした。一度感染した感染症には二度目はかからない、または、かかりにくくなるのでしたね。これを人工的に先に起こしておくことができるのがワクチン・予防接種です。これはある意味で免疫システムの一部を先に鍛えておくということに近いとは言えます。そういう意味では、特定の疾患に対する免疫機能を強化しておくことができる方法であると言えるでしょう。

不適切な概念や言葉に踊らされないために

 ながながと見てきましたが、「免疫力」という言葉、これでもまだ適切に使える自信がある方はいるでしょうか。そもそも定義もわからず、概念としても不適切ですよね。

 「免疫力」と言う言葉を使う人は、基本的には信用ならないと思った方が良いでしょう。プロが「敢えて」「免疫機能の低下」を説明する際や、健康的な生活による「免疫機能の維持」を図ることの大切さを話す場面で限定的に使うことはあるかもしれません。

 しかし、繰り返しになりますが、この言葉の多くは不適切な使用です。

 「免疫力」の正体…そんな単純な正体はありません。「免疫力」アップ、そもそも何をアップするのかわかりません。「免疫力」を鍛える…まぁ規則的で健康的な生活ですよね。

 これは情報リテラシー(情報を読み解き取捨選択・精査をする能力)の問題にもつながります。不適切な「医学っぽい」「雰囲気」の用語に踊らされ、変な健康法(体温を上げる?など)を実施したり、必要無い健康商品を購入したり、一部の食品ばかりを食べたり…これは「情報」に踊らされており、リテラシーが足りていないといえるでしょう。

 トンデモ医学・医療とも言うべき不適切な、特に自費診療などの行為もかなり広がっています。「免疫力」アップをうたった「医療行為」もよく見かけますが、不適切なことが非常に多いと言わざるを得ません。

 健康を守るためには、まずは情報を精査し、取捨選択することが重要です。情報リテラシーは今の世の中では健康維持の第一歩とも言えるでしょう。わけのわからない言葉に雰囲気で踊らされるのではなく、言葉の伝える内容そのものも、言葉の使い方もしっかりと見て、適切な情報を得ていきたいですね。

(※文中の図版については著者作成)

医師(病理専門医)・薬剤師・研究者

医師(病理専門医)、薬剤師、博士(医学)。京都大学薬学部、名古屋大学医学部、東京大学大学院医学系研究科卒。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、米国国立研究機関博士研究員。専門は病理学・ウイルス学・免疫学。ワクチンの情報、医療リテラシー、トンデモ医学等の問題をまとめている。

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