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自民党重鎮「関与否定」発言から明らかになった「1億5千万円提供の指示者」~関連書類「仮還付」は可能

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:つのだよしお/アフロ)

2019年参院選を巡る買収事件で有罪が確定した河井案里元参院議員の陣営に、自民党本部から、同じ自民党公認の溝手顕正氏の10倍の1億5000万円もの資金が提供されていた問題について、党重鎮の発言が波紋を広げている。

5月17日の自民党本部での記者会見で、二階俊博幹事長は、資金の支出について「私は関係していない」と述べ、林幹雄幹事長代理も「実質的には当時の選挙対策委員長が広島を担当していた。幹事長は細かいことはよく分からない」と説明した。

党本部が資金を支出した2019年4~6月、自民党の選挙対策委員長を務めていたのは、甘利明・税制調査会長だったが、同氏は、18日、記者団に「(1億5000万円の支出には)1ミリも関与していない。1ミクロンもかかわっていない。事件後の新聞報道を見て初めて知った」と述べた。

このような自民党幹部の発言に関して、岸田文雄前政調会長は、18日に出演したBS番組で、「1億5000万円を出したその後、それを何に使ったか、これを明らかにしてもらいたい。我々が申し入れをした論点と、昨日から騒ぎになっている論点、これはちょっとずれている」と発言した。

自民党本部から河井陣営に提供された1億5000万円に関して問題になっているのは、

(1)溝手候補の10倍もの資金提供は誰が決めたのか、

(2)何に使ったのか、

の2つの点だ。

(1)の点は、そもそも、自民党広島県連の強い反対・反発にもかかわらず、参院広島選挙区に2人目の候補として案里氏を公認したのは、いかなる目的だったのか、という点に関連する。

克行氏が公判で供述しているように「自民党の党勢拡大、憲法改正の発議のため」だけだったのか、安倍晋三前首相が「溝手氏への私怨」から同氏の落選を狙ったのか、或いは、菅義偉氏、二階氏らが、総裁選を見据えて、安倍首相の後継の自民党総裁の有力候補だった岸田氏の大番頭の溝手氏落選を狙ったのかなど、様々な見方がある。

いすれにせよ、1億5000万円の資金提供を決定した人物は、10倍もの資金提供の理由について説明責任を負うことになる。

一方、(2)の点は、資金提供の違法性、不当性に関連する。

結果的に、買収原資に充てられたというだけでも、その政治的・社会的責任は重大だ。もし、資金提供が、「案里氏を当選させる目的で」買収原資に充てられることを認識した上で行われたのであれば、公選法の買収目的交付罪に該当する可能性もある(【検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】)。

この点について最もよく知る克行氏は、自らの公判の被告人質問で、買収の資金について、「私の手持ちの資金で賄った」「衆議院の歳費などを安佐南区の自宅の金庫に入れ保管していた金で賄った。」と供述した。しかし、検察官から、日頃から議員活動のために「借り入れ」をしていることとの関係や、平成31年3月に金庫にあった現金の額について質問され、「覚えていない」としか答えられず、また、検察官から「自宅を検察が捜査した時点では大金はなかった。」と指摘されても「わからない」と述べるだけだった。

一方で、克行氏は、公判供述で、県連が溝手氏だけを支援し、案里氏の支援をすべて拒絶しており、「県連が果たすべき役割を果たしていない」ので、「やむを得ず」「市議、県議に県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げ」たと述べている(【「事実を認めた」河井克行元法相の公判供述は、広島県連・安倍前首相・菅首相にとって「強烈な刃」!】)。

克行氏は、5月18日の公判期日の被告人最終陳述では「1億5000万円の交付金の使途につき、いわゆる買収資金には一銭も使わなかった」と述べたが、弁護人の弁論では買収原資については全く触れておらず、「買収資金はポケットマネー」という克行氏の公判供述は弁護人にも信用されていない。

このように、上記(2)について、買収資金に充てられたことが明白になっており、上記(1)の1億5000万円の資金提供を誰が指示・決定したかが特定されると、責任追及が必至ということで、二階氏・甘利氏ら自民党重鎮が「関与否定発言」を行っていると見るべきであろう。

岸田氏も求めている、上記(2)の点についての自民党としての事実解明について、二階氏などは、これまで「検察から書類が戻れば、報告書を作成し、総務省に届ける」と述べて、「関係書類が検察に押収されていること」を、事実解明ができない「言い訳」にしてきた。しかし、河井夫妻の公判の状況からすれば、現時点では、その「言い訳」は全く通用しない。1億5000万円の使途を明らかにする関連書類の入手はすぐにも可能だ。

証拠物の押収というのは、捜査や公判立証のために行われるものであり、原則として、当該事件の裁判が終わるまでは押収物は返還されないが、刑訴法上、「押収物は、所有者、所持者、保管者又は差出人の請求により、決定で仮にこれを還付することができる。」(222条1項、123条2項)とされ、「仮還付」が認められている(仮還付を受けた者はその物を、証拠価値を変動させないように保管する義務を負う)。

案里氏の公判は終了して判決が確定し、克行氏の公判は、既に、検察官立証も論告弁論も終了し、判決を待つだけの状況になっている。関係書類の押収を継続する必要が全くなくなったとは言えないとしても、仮還付が行えない理由は考えられない。党本部が「任意提出」し「領置」(捜査機関が任意提出で証拠物を取得すること)されている関連書類については、党本部が仮還付を求めれば、すぐに仮還付されるだろう。また、克行氏が捜索の際に押収された資料は、克行氏自身が検察に仮還付を求めなくてはならないが、党本部が、克行氏に、総務省への報告のために必要だとして関係書類の仮還付を検察官に請求するよう要請すれば、克行氏が拒むことはできないはずだ。克行氏がその理由で仮還付を求めれば、検察官も仮還付を拒む理由はない。

つまり、現時点では、党本部にとって、1億5000万円の使途の全容の解明はすぐにも可能であり、上記(2)について岸田氏の要請に応じない理由はないのである。

では、自民党幹部の説明が食い違っている(1)の「誰が資金提供を決めたのか」という点は、どうなのだろうか。

この資金提供は、自民党の公式の政治資金によるものであり(原資の大部分は「政党助成金」と言われている)、自民党本部の会計責任者の事務総長が手続を行ったものと考えられる。その事務総長に対して、資金提供の指示を行ったのは誰なのか。

幹事長が関わるのが通常だろうが、もし、二階氏が言うように、「幹事長が関わっていない」とすると、自民党本部内で事務総長に指示できるのは、幹事長より上位の役職者しか考えられない。

そして、広島の選挙を担当していた選挙対策委員長の甘利氏が「1ミクロンも関わっていない」のであれば、「幹事長より上位の役職者」が、選対委員長を飛び越して、直接、事務総長に指示したことになる。

「首相動静」によれば、この合計1億5000万円の党本部からの資金提供が行われた前後に、克行氏と当時の安倍首相(自民党総裁)とは頻繁に単独面談を行っている。案里氏を公認した3月13日の前後の2月28日と3月20日、党本部から案里氏が代表を務める政党支部に1500万円を振り込んだ2日後の4月17日、3000万円を振り込んだ3日後の5月23日に安倍氏と克行氏とが単独で面会しており、6月10日に案里氏政党支部に3000万円、克行氏政党支部に4500万円が振り込まれた10日後の20日にも安倍氏と克行氏とが単独で面会し、その一週間後の同月27日に克行の政党支部に3000万円が振り込まれている(【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】)。

これらの単独面談の中で、克行氏から安倍氏に「広島県連が、案里氏の選挙への協力をすべて拒否し、果たすべき役割を果たしていないので、やむを得ず、県連に代行して市議、県議に、党からの交付金を現金で差し上げざるを得ない」という説明が行われなかったとは考え難い。

2019年参院選広島選挙区の買収事件で有罪が確定した河井案里氏陣営に提供された1億5000万円をめぐっては、依然として多くの「闇」が残されている。しかし、案里氏の夫で元法相の克行氏の公判供述によって、「党本部からの交付金」である1億5000万円が買収原資になったことは、もはや否定する余地はなくなっている。押収された関連資料も仮還付可能な状況となり、事実解明を拒否する自民党本部の「検察庁に資料が押収されている」との言い訳も通用しない。

では、資金提供を指示したのは誰なのか。

事ここに至って、にわかに自民党重鎮間で「関与否定発言」の応酬が起きたことで、それが誰であるかが一層明白となった。そして、その資金提供の指示が、地元政治家に、党からの交付金を現金で渡すことになると認識して行われたことも、否定することは困難となっている。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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