「どうやっても無理」と本音を言えば死刑にされかねない金正恩の農業政策
救荒食物のトウモロコシ栽培から脱し、麦と米の二毛作に転換することで、人民の食生活を改善する――1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」の前から今に至るまで、飢える北朝鮮の人々を救ってきたトウモロコシだが、日本のそれとは異なり、パサパサして甘みも少なく、美味しいとは言い難い。
そこで、北朝鮮で人気の高い麦、中でも小麦の栽培面積を増やし、よりよい食生活にするというのが、金正恩総書記の考えだったようだ。
しかし、コロナ鎖国による肥料などの不足、日照り、大雨など相次ぐ自然災害で、麦は不作に終わってしまった。かくして、小麦を中国からの輸入品ではなく、国内産で代替して食生活を改善するという目論見は当てが外れてしまった。それでも北朝鮮は、小麦に固執するつもりのようだ。
デイリーNKの内部情報筋によると、当局は今月初め、「穀物生産構造を変えるため小麦栽培に集中せよ」という通報資料を、各道の農村経理委員会、各市および郡の農村経営委員会に通知した。
資料は、今年の小麦生産は目標を達成できなかったとと不作を認めた上で、「農場イルクン(幹部)と農場員がそれぞれの責任を果たし、科学営農法を導入すれば、いくらでも難関を克服できる」と主張しているという。
一方で、「小麦栽培はわが国(北朝鮮)の実情に合わないとか、時期尚早の農業政策だとかいう批判をするものは、現代版宗派分子(分派主義者)と同様だ」と警告した。
そして、金日成主席は「鉄鋼を1万トンさらに生産すれば国が楽になる」と言ったが、宗派分子は国内生産より輸入した方が時間と費用の節約になると批判したとし、結局は12万トンの増産に成功したというエピソードに言及。宗派分子の無能さと無責任さを説明した。
知識や技術を持った専門家や技術者より、何の役にも立たない思想の専門家である朝鮮労働党が指導的役割を担うのが、北朝鮮の経済政策の基本構造だ。たとえ非科学的なもの、技術的に無理なものであっても、党が言ったとおりにしなければ「経験主義者」さらには、「宗派分子」などとして厳しく批判され、排撃される。そうなれば、下手をすると命を奪われかねない。
(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面)
そんな非合理な体制は過去にも様々な問題を引き起こしてきたが、改革されるどころか、むしろ強化されているのが実情だ。かくして、貴重な人命や財産が失われる事態となっても、責任は現場に押し付けるばかりだ。
だが現実は、小麦栽培に無理があることを示している。
先月に行われた小麦栽培の総和(総括)で、栽培面積の拡大目標を達成した地域もあるが、実際に計画(ノルマ)通りに生産できたのは、全国で1〜2カ所に過ぎないことが判明した。また、様々な肥料を使っても生産量が伸びず、コストをまかないきれなかった。
結局、小麦はロシアから輸入せざるを得なくなった。
内閣農業委員会は、そのような内容の報告書を提出したが、朝鮮労働党は黙殺し、小麦栽培を貫徹せよという今回の通報資料を下したというわけだ。
北朝鮮農業が専門の韓国・グッドファーマーズのチョ・チュンヒ所長は、「小麦はトウモロコシよりも地力の消耗が少ない」とし、小麦への転換そのものは北朝鮮の食糧問題の改善に寄与する指摘。その一方、何よりも重要なことは北朝鮮の環境に合った品種を導入することだとしながら、北朝鮮当局は科学的営農法を強調するが、優良品種導入への投資なくしては、生産量の増大は期待できないだろうと述べた。