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金正恩の「重要命令」が全く守られない北朝鮮の現実

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

 北朝鮮が最近、力を入れている温室農場。厳しい冬でも、様々な野菜が栽培・収穫できる、北朝鮮の気候に適した栽培方法だ。

 金正恩総書記は昨年10月、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の連浦(リョンポ)温室農場の竣工式に参加した。また、今年2月には、首都・平壌郊外の江東(カンドン)温室農場の着工式に参加した。

 金正恩氏の肝いり事業だけに、失敗すれば責任者は処刑もあり得る。そこで、担当者らは、金正恩氏の命令貫徹のため、彼の「重要命令」を破る選択を余儀なくされている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 咸鏡南道の情報筋は、白菜、キャベツ、キュウリ、キノコなどの野菜類が生産できる、ソーラーパネル付きの温室、キノコ工場などを建設せよとの指示が下され、工事に着手したと伝えた。正確な場所はわからないが、連浦とは別のところのようだ。

 だが、住民は建設費の負担に苦しんでいる。金正恩氏は、年明けすぐに、全国に太陽熱温室とキノコ工場を建設して、住民の食生活改善の改善に役立てよという指示を出している。

 指示そのものはいいのだが、毎度のように問題は予算だ。地方の党組織や地方政府に責任が丸投げされ、今年中に工事を終えるように言い渡された。そこで、咸興(ハムン)市の場合は、市内の機関、工場、企業所、人民班(町内会)、学校から労働力を動員して、資材の購入費用として1世帯あたり2万北朝鮮ウォン(約320円)を徴収した。

 工事に参加できない場合は、1人あたり1万北朝鮮ウォン(約160円)を支払うよう強いられる。不況で経済的余裕がないため、結局は動員に応じざるを得ない。

 このように、勤労動員の代わりに現金を払わせるやり方は、各地で広く見られる。

 咸鏡北道(ハムギョンブクト)の茂山(ムサン)にも、太陽熱温室を建設せよとの指示が中央から下されたと現地の情報筋が伝えている。

 当然工事は地元に丸投げ。1世帯あたり砂と砂利を1立米ずつ出すか、出せない場合は5万北朝鮮ウォン(約800円)を支払うように強いている。他の人と異なり、市場で商売する女性たちは、毎日動員されず、その代わりに1日あたり2万北朝鮮ウォンを支払わされるが、「商売をできなくして殺す気か」と文句たらたらだ。

 このような「税金外の負担」は、金正恩総書記が2021年1月の朝鮮労働党第8回大会の結語で、反社会主義的・非社会主義的傾向(風紀の乱れや違法行為)や権力乱用、不正・腐敗などと同様に、犯罪に当たるとの認識を示した。

 経済的負担が大きく、国民から不評を買っていることを意識したものと思われるが、地方政府は、このような費用を住民から徴収しなければ、予算が確保できない。「税金外の負担禁止令」は、他の非現実的な命令と同じく、うやむやにされてしまったようだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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