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挑戦のアイスショー(1)真央は「誰もやったことのないモノを」、大輔は「反応が気になる!」

野口美恵スポーツライター
浅田を中心に完成度の高い演技を披露する『BEYOND』 写真:スポニチ/アフロ

フィギュアスケーターにとって、点数や順位がつく試合だけが挑戦勝の場ではない。アイスショーもまた、競技会とは違った勝負の舞台だ。プロ転向したスケーターはセカンドキャリアの意欲をぶつけ、また、現役選手は新たな刺激と経験を得る。それぞれのショーを通して、スケーター達は何に挑戦し、どんな未来へと進んでいるのか。前編は、浅田真央、高橋大輔の2人が今季それぞれ魅せた、究極のアイスショーの世界について。

高橋がプロデュースした『アイスエクスプロージョン』
高橋がプロデュースした『アイスエクスプロージョン』写真:YUTAKA/アフロスポーツ

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今や多くのトップスケーターを輩出した日本では、数々のアイスショーが年間を通して行われている。国内外のトップスケーターが出演する「スターズ・オン・アイス」や「ファンタジー・オン・アイス」、老舗の国内ショー「プリンスアイスワールド」など様々だ。

多くのアイスショーは、各スケーターが自分のエキシビションプログラム(ショーナンバー)を単独で滑り、グループ演技も織り交ぜることで、華やかな舞台を構成する。そのショーでしか見られないコラボレーションや演出が、独創性のカギとなる。その中でも今季、浅田と高橋、それぞれのトップスケーターは、自らがプロデュースするアイスショーで新境地へと挑んだ。

100分間ノンストップ、セリフもアナウンスも無し

グループナンバーの完成度で観客を引っ張る

アイスショー『Beyond』は、座長の浅田と、オーディションで選ばれた先鋭、計11名のスケーターによるショー。同じメンバーで年間を通してグループナンバーを練習し、1つの世界観を創り上げている。

「誰もやったことのないアイスショーをやりたいとずっと思っていました。前回の『サンクスツアー』は引退後初めてのショーだったので、自分が何十曲も滑る挑戦をして、ありがとうの気持ちを届けようと決めていました。今回は『やるなら自分を超える』という強い決意を見せたいと思っています。一番の挑戦は、LEDの大画面映像と自分達が一体となって、ストーリーを演技と映像だけで表現していく、というところです」

100分間ノンストップで、セリフやアナウンスは一切ない。演技と音楽だけで、メッセージを伝えていく。演技と音楽だけという点ではバレエの舞台とも似ているが、典型的なストーリーがない中で、プログラムごとに喜怒哀楽を表現し、観客をラストまで引っ張っていくのは、簡単なことではない。それを可能にしたのは、浅田とスケーター達による練習と努力、そして心の一体感に他ならない。

出演者は公募し、浅田が審査して選んだ。

「ひとり3曲、即興で滑るという審査を入れました。選手時代は、コーチや振付師に言われた通りに滑ることが多いけれど、私が求めたのは、自分の表現ができること。恥ずかしがらず、対応力や度胸がある子を選びました」

結果、20代でアイスショー未経験のスケーターも選ばれた。浅田の中にしっかりとした「理想のアイスショー像」があったかたらこそ、知名度にこだわらず、共に同じ理想を追える仲間を集めたのだろう。むしろ、理想のスケーターを『自分が育成するんだ』という気持ちも垣間見える。

「私の抱く理想に向かって、それぞれが自分のスピードで進んで行っています。精一杯頑張っているみんなを見守り、信じること。私が全力の姿を見せていれば、みんなが着いてきてくれる。そういうアイスショーです」

浅田はリフトやスロージャンプにも挑戦

「気持ちは選手時代と同じ、自分を超えていく」

浅田は、自身の技術的な向上も目指した。柴田嶺と組んで魅せるペアの演技では、リフトやスロージャンプに挑戦。2人で愛を語るシーンでは、これまでの浅田のイメージを一新するような妖艶な演技も披露する。

「一人で滑るのも群舞も、どちらも良さがあります。1人で滑るときはお客さんの『待ってました』の気を感じるので、その緊張感と楽しさがあります。みんなと滑るとパワーを感じますし、息があった時の気持ちよさがありますね」

昨年9月の滋賀公演からスタート。今年3月までの全国ツアーを予定していたが、好評を受けて6月の愛知公演までの延長が発表された。ロングのツアーならでは、と言えるのは、公演ごとに内容をブラッシュアップしていけることだ。

「周りの意見やSNSの感想も聞いて、受け止めて改善できることは改善していきます。公演ごとに毎回、修正、修正ですね。フォーメーションは、3方向すべてに見えるようにかなり変更しています」

会場が変わるたびに、それぞれの会場からのメッセージ動画を作成して流すなど、ファンへの熱い思いが尽きることはない。

「人ができないことをやって驚かせたいとか、自分が目指したいものがあるのは、選手の頃と同じです。やるからには、常に自分を超えていきたい。氷に乗ったら選手の時とパッションは変わりません。自分の強い覚悟をこのショーで見せているんです」

浅田にとって氷の上は、さらなる高みを目指していく場。選手時代と変わらない情熱を、究極のアイスショーの探求へとぶつけている。

マッシモ・スカリと共に演じる高橋
マッシモ・スカリと共に演じる高橋写真:YUTAKA/アフロスポーツ

高橋がプロデュース「しんどさは考えず」

踊れるスケーター達が化学反応を引き起こす

また今年1月に行われた、高橋のプロデュースによる『アイスエクスプロージョン』は、かつてない個性派のスケーターが集まり、芸術の限界を突破するようなショーだった。ダンスの鬼才が集結することでどんな化学反応が起こるのかーー。そして予想以上の「エクスプロージョン(爆発)」が起きた。

オープニングは、マッシモ・スカリがリンク中央でスポットライトを浴び、スタートする。スカリはイタリアの元アイスダンサーで、3度の五輪を経験。コーチ・振付師に転向後は、マリナ・ズエワと共に村元・高橋組の指導にも当たっている。現役時代から個性的なキャラクターに扮する演技力に定評があったが、なんと日本のショーに出演するのは初めて。あえてスカリのソロ演技からスタートする演出は、高橋のリスペクトの現れだろう。

出演者はアイスダンサーを中心に、日本からは、パートナーの村元哉中に加え、荒川静香、宮原知子、本郷理華、村上佳菜子といった演技力に定評のあるプロスケーター、そして友野一希、三浦佳生、三宅星南など、自分の世界観を持つ選手ばかりだ。12月末に全日本選手権が終わり、1月6日の初日に向けて、全体リハーサルは3日ほど。それでも、レベルの高いグループナンバーが10曲も詰め込んだ。

「スケーターのしんどさは考えずに、一人でグループナンバーを2つ滑るなど、世界観を大事にしています。みんな楽しそうにエナジーを持って滑ってくれています」と高橋。

振付は宮本賢二だけでなく、出演者であるスカリ、ケイトリン・ウィーバー、ユラ・ミンも担当。高橋自身も、一部の振付に加わった。友野はこう振り返る。

「リハーサルの時から、新しいものをやっているという感覚で、今までにないショーです。高橋さんに振り付けてもらった部分もあり、新しいもの、それぞれの個性が詰まっています」

村元も同様に刺激を受けていた。

「グループナンバーで色々な曲や表現を見て『こういう表現をしたら素敵だな』と勉強になることが沢山あります。シーズン後半の試合にどう繋げていこうかなと、良いインスピレーションを感じています」

また個性的な演技に魅力があるジェイソン・ブラウンは、全米選手権の直前に来日。高橋とのコラボレーションナンバーなどで、幻想的な氷上芸術の世界を追求した。

「いつも大輔さんをお手本にしていました。一緒にスケートするのはとても特別で、幸せなことです」とコメント。帰国後の全米選手権では、美しい演技で2位となり、世界選手権への出場を決めた。

高橋の演出は、単に振付をピタリとそろえるようなグループナンバーではなく、あくまでも各スケーターの能力を引き出すことに徹していた。だからこそ、各スケーターは自分独自の解釈をし、共鳴しあい、世界観に広がりが出る。スケーター達からは、刺激しあうことで、自らが変化していく興奮が伝わってきた。

国内外の多くのスケーターが集まった『アイスエクスプロージョン』
国内外の多くのスケーターが集まった『アイスエクスプロージョン』写真:YUTAKA/アフロスポーツ

第2部はアナウンス無しで、ひとつの物語に

「オーダー表は先に出しました。反応が気になるところ」

そしてこの『アイスエクスプロージョン』で、より革新的だったのは、休憩を挟んだ第2部だ。スケーター名の紹介をせず、すべてのプログラムをひとつの物語のように繋げ、一気にフィナーレまで持っていくという演出だ。1つの演技が終わっても、次の出演者への「つなぎ」の演技があり、世界観を途切れさせない。

「僕自身が、1曲ごとに名前を呼ぶのではないモノを見てみたいという気持ちがあり、第2部は(名前の)コールなしという、今までにない演出にチャレンジしてみました。第2部の最後は、僕のソロからフィナーレに流れを繋げたりして『もう終わってしまった!』という雰囲気を作りたいと思いました」

ただ、これだけ豪華なメンバーで(名前の)コール無しという演出に踏み切るのは、勇気も必要なこと。そこで高橋は、「出演順、スケーター名、振付師」の一覧を、事前に発表した。

「お客さんからすると『何をやってるのかわからない、誰が滑ってるのかわからない』というのはちょっと不安だったので、誰が滑りますというオーダー表は先に出すことにしました。みなさんがどう感じるのか分からないので。どういう反応になるのか気になるところです」

最後は、高橋のソロ。アイスダンス転向後は、エキシビションでも村元と2人の演技を披露してきたため、ソロは3年ぶり。その滑りからにじみ出るのは、上質さだ。

「アイスダンスを始めたことで、スケーティングスキルを追求して、滑りのきれいさ、強弱のテクニックといったものが増えました。また、パートナーがいなくても相手の動きを想像しやすくなったので、自分の中で表現のディテールが作りやすくなったな、という違いを感じています」

ソロに選んだ曲は、以前にエキシビションナンバーで使ったアニメ『ギルティクラウン』のオーケストラバージョン。そこに思いを込めた。

「アニメのテーマは孤独感。周りに人がいるのに孤独になって勝手に自分を追い込むけど、最後は仲間がどんどん増えていって、希望に向かっていくというもの。この3年、コロナとかしんどい思いがあって、独りで追い込んだ時期もあったけれど、仲間を大事にして立ち上がってきたという思いを、この曲に込めさせていただきました」

「仲間を大切にして立ち上がる」というメッセージは、ショー全体のテーマにも繋がっている。プロデューサーとしての高橋が目指すものは、才気溢れるダンサー達をリスペクトし、個性を大切にすること。そのアプローチが高橋らしさでもある。

「シーズン中なので体力的には厳しいのですが、こうやってクリエイティブなことを考えることで練習での追い込みから開放され、次へのエナジーをもらいました。四大陸選手権そして、さいたま開催の世界選手権に向けて、全力で頑張ります」(高橋)

2月9日には5月の福岡公演の追加が発表され、同日から開催の四大陸選手権への弾みもついた。『アイスエクスプロージョン』で得たエナジーを、次の戦いの糧へーー。ショーを通して成長していく36歳の姿があった。

ショーで得たエナジーを四大陸選手権、世界選手権へとぶつける
ショーで得たエナジーを四大陸選手権、世界選手権へとぶつける写真:YUTAKA/アフロスポーツ

オリジナルのグループナンバーは10曲と、豪華な演出
オリジナルのグループナンバーは10曲と、豪華な演出写真:YUTAKA/アフロスポーツ

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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