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「プロジェクトX」的に楽しむのがおすすめ、宝塚歌劇雪組公演『Lilac(ライラック)の夢路』

中本千晶演劇ジャーナリスト
イラスト:牧彩子(『タカラヅカの解剖図鑑』より)

 現在、東京宝塚劇場にて上演中の雪組公演『Lilac(ライラック)の夢路』は何とも不思議な作品だ。

 19世紀前半のドイツにおける鉄道建設の始まりを描いた物語である。ドロイゼン家の長男ハインドリヒは「ドイツの人々のために鉄道が必要」との信念のもとに奔走する。そんな彼の周りには、資金調達、行政、メディア、そして技術者といった、その成功を左右する力を持った人々が集まってくる。降りかかる問題は解決されていき、鉄道事業の実現に向けて一歩また一歩と近づいていく。

 いつものタカラヅカのつもりで観ていると、誰に感情移入していいか分からず面食らう。話の進みも速いので、ついていくのも大変だ。そこで気持ちを切り替え、ドキュメンタリーを見るときの構えで観始めると、テンポ感の良さが心地良くなってきた。成功体験を描いたドキュメンタリーだと思えば、予定調和的な大団円展開も納得である。自分も一緒になって夢の実現を追体験できるのが、むしろ心地良い。

 つまり『ライラックの夢路』は「プロジェクトX」もしくは「情熱大陸」だと思って観たら、なかなか面白いのである。

 ちなみに、2023年は小林一三の生誕150周年にあたる。おそらく、そのことも意識した作品なのだろう。大々的には宣伝されていないのが奥ゆかしいが、ライラックの花とは別名リラの花のこと。タカラヅカの代表曲ともいえる「すみれの花咲く頃」の原曲タイトルは「リラの花咲く頃」である。このあたりからも、本作が小林一三を意識したものであることが推察される。

◆5人兄弟による「戦隊モノ」?

 本作のドロイゼン兄弟は実在の人物ではない。作・演出の謝珠栄がドイツの鉄道史をもとにして生み出したキャラクターだ。面白いのは、個性は全く違うが、鉄道事業の実現に必要不可欠と思われる専門知識や技術を持ち合わせた人材が兄弟を構成しているところである。

 長男ハインドリヒ(彩風咲奈)は夢に向かって皆を引っ張るリーダーだ。典型的な起業家タイプであり、強引と言われながらもいつしか周りを巻き込んでいってしまうパワーが彩風ハインドリヒからは感じられる。

 次男フランツ(朝美絢)は行政とのパイプ役となる公務員であり、財務も担う。さらに、鉄道事業実現に向けての鍵となる「ドイツ関税同盟」の調査も担当している。壮大な夢に向かって突き進む兄とは真逆の地に足のついた人物であり、等身大な幸せを望んで葛藤する役どころを実直に見せる。

 このフランツと銀行頭取令嬢ディートリンデ(野々花ひまり)の一筋縄ではいかない恋愛関係も見どころになっている。

 三男ゲオルグ(和希そら)は軍人であり、さらに製鉄所の運営の中心的存在である。この設定は「軍服を着た男役たちを見せたい」というタカラヅカ的事情もあるのかもしれないが、実際、プロイセンの鉄道には軍隊出身者が優先的に雇用されていたという史実もあるようだ。さらにゲオルグは、ドロイゼン家にまつわる悪しき「噂」の正体を突き止める役割も果たしていく。

 「国政を巻き込んで、助成金を出してもらうべし」となったときに力になるのが、ベルリンで官僚の秘書として働く四男ランドルフ(一禾あお)だ。このランドルフの存在には深い意味が隠されているように思う。結局、国からは武器の製造への協力を求められ、ハインドリヒはこれをきっぱりと断るが、このエピソードには戦争の否定、平和への希求というメッセージも込められているのではないか。そしてまた、「官」の意のままにならず「民」の力で産業を推進していこうとした小林一三の心意気も反映されているようにも思える。

 他の4人の兄弟たちと毛色が違うが、じつは兄弟たちを繋ぐ要のような存在だといわれるのが、音楽の才能に恵まれた五男ヨーゼフ(華世京)だ。これは、豊かな生活のためには産業の発展も大事だが、同時に文化芸術も必要という示唆なのかもしれない。

 そんな5人が次々と紹介される場面は、さながら「白浪五人男」か「ゴレンジャー」かと思ってしまう。「現実にはこんなにうまく人がそろうわけがない!」と内心で突っ込みを入れながらも、「そろってしまった」状態に心地良さを覚えてしまう。そんな私にも「戦隊モノ」好きの血が流れているのだろう。

◆最後に窮地を救うのは?

 だが、この5人の力をもってしても補えない大きな欠落がまだある。それがレールなどを作る「技術」なのだが、これに関しても優秀な技術者であるアントン(縣千)が絶妙なタイミングで登場する(しかもこのアントンには出生にまつわる秘密がある)。製鉄所の職人たちの場面は、謝珠栄の振付による力強いダンスが見どころだ。

 この時代はメディアの影響力も急速に増していたが、この分野の助っ人としてジャーナリストのアイヒタール(諏訪さき)がおり、印刷会社を経営するホフマン(真那春人)まで控えているのが心強い。

 また、ようやく女性の地位向上が叫ばれ始めた時代を象徴しているのが、バイオリニストを目指すエリーゼ(夢白あや)ということだろう。最後の最後、株式会社の設立に一役買うのもエリーゼ(夢白)とディートリンデ(野々花)という女性二人である。気持ちいいくらいの大団円展開である。

 ただし、鉄道建設という近代的な題材とは対照的な「夢人(魔女)」がおどろおどろしく登場するのは意外な感じがする。最後には彼女たちの「正体」も、悪しき「噂」の真実も明らかになるわけだが、これは「合理的な近代」の勝利を示しているようでもある。さらには、合理的に説明のつかない「不平等」や「排他性」の根絶への願いも込められているように思える。

 宝塚大劇場での公演を経て東京に来てからは、各キャラクターの人間味の部分も埋まってきて、舞台上に息づくようになってきた。特に長男ハインドリヒとエリーゼ、次男フランツとディートリンデ、陽と陰の対照的なカップルのドラマに艶っぽさが増してきたように感じる。

 作品の多様さはタカラヅカの醍醐味でもある。出演者たちの健闘に拍手を送りながら、この異色作を楽しみたいと思う。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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