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低価格競争で英酪農業、苦難 ー「牛乳は水よりも安い」

小林恭子ジャーナリスト

スーパーの値下げ競争が過熱化する英国で、農産物の生産者への負担が大きく増大している。

英国人は毎日飲む紅茶に必ず牛乳を入れる。牛乳1カートン1・39ポンド(約237円)が通常の小売価格のところ、ある大手スーパーは1ポンド、別のスーパーは89ペンスで販売する。酪農業にとってはたまらない状況だ。「牛乳は水よりも安い」とも言われようになった。

酪農産物の需要を取りまとめ、小売店と酪農家をつなぐ存在となる共同組合最大手「ファースト・ミルク」は、加盟している1000の酪農家への支払いを2週間遅延せざるを得なくなったと発表している。

牛乳価格の下落はグローバルな動きでもある。昨年の価格は前年比で50%下落した。良い天候が続いたことで余剰の牛乳を生産できたことや、ロシアが乳製品の輸入禁止を実施したことで通常は輸出製品となるチーズやヨーグルトがあまったことが背景にある。

こうした中、酪農業を止めてしまう人があとをたたない。英全国農業組合の調べによると、12月だけでも60の酪農家が市場から去った。このまま離職が続くようだと、現在1万6000人ほどの酪農家は10年後には5500人前後に減少する見込みだ。王立酪農業家協会によると、過去15年ほどで2万人の酪農家が消えていった。

イングランド北西部チェシャー州の酪農家は英ガーディアンの取材に対し、2月以降1リットルの牛乳を20ペンスで小売店に販売しているという。生産費用は24.5ペンスで、原価割れだ。スーパー側は牛乳を低価格にしても生産者側に払う金額は同じだと述べている。

英国の酪農業者の生き残り策として、米国モデルに習い、巨大なアグリビジネスとして再編する道があると言われている。ただし、そうなると、多くの英国人がこだわる「田舎の風景」が大きく変わってしまう可能性もある。

(週刊「エコノミスト」ワールド・ウオッチコラムの筆者担当分に加筆しました。)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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